第96話 術
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アーガスさん達も手伝ってくれて集められた子どもは、なんと9人だった。
子ども達の泣き声と、親の慟哭が教会の中に響いて、数組の親子が壁に力なく凭れてる。司祭らしき男の人は悲しげで、シスターさん達も親子に寄り添って泣いていた。
今までこんなに悲しい現場に来たことはない。お世話になった親戚の葬式だって、長生きしたね、ゆっくり休んでねって雰囲気だった。感じたことのない胸の痛みに鼻が痛くなってくる。
泣きじゃくる子どもを抱き締めていた母親と目が合った。躓きながら、床を這うように近づいてきて、膝にすがりつかれる。それに気づいた他の親達も駆け寄ってきて、あっという間に囲まれてしまった。
「ちょ、何? なんで?」
「あにゃたが〈水神の掌紋〉の保有者だと知ってるからですよ」
囲まれる寸前に肩に飛び乗ってきたニャルクさんが言った。
「神の加護を授かった人間。神の力を使える存在。この方達にとって、最も頼れる人がニャオさんにゃんです」
「そんなこと言われても……」
どうしたらいいかなんてわからない。でもなんとかしないといけないんだよね。私にできるのか?
「下がれ」
教会の中に入れなかった漣華さんが、魔法陣から首だけ出してきた。親達が一斉に飛び退く。膝にすがった母親だけがしがみついてきた。
『✕✕▽✕! □▽✕✕▽?!』
膝から離れた母親が、祈るみたいに握った両手と額を床に擦りつけた。土下座みたいだ。他の親達も同じ格好になった。
「ニャオさん、何か手立てはありますか?」
「いや、正直何も……。水神さんにもどうお願いしたらいいのかわからないし……」
「魔虫を殺してほしいと頼めばいいのではにゃいのか?」
足元にイニャトさんが来た。仔ドラゴン達もぞろぞろついてくる。
「いや……、それは駄目です」
「にゃぜですか?」
ニャルクさんが首を傾げた。
「私がいた国の神々は、自然を神格化したものが多いんです。アタナヤは成虫になる過程で人間と関わってしまっただけ。しかもそのきっかけをつくったのは人間です。私達が牛や豚を食べるのと同じように、アタナヤは他の生き物を利用する。自然そのものである神に、自然の摂理に沿って生きてるアタナヤを殺してなんて頼めないし、きっと聞き入れてはくれないと思います」
思ったことを正直に言えば、ニャルクさんは黙ってしまった。イニャトさんがアーガスさん達に伝えると、2人は渋い顔をして、親達は泣き崩れてた。
「では、助ける術はにゃいと?」
ニャルクさんが耳をぺたんと倒してしまった。方法は絶対ある、と言いたいけど、わからない。どうしたらいいんだろう。
「ねーねー」
緑織が靴をカリカリ掻いてきた。
「あのこたちのおなかにいるいもむし、わるいやつー?」
「そうよ。そいつらがおるけぇ、パパもママも泣きよるんよ」
緑織達にはよくわからんかな。ん? 今なんて?
「緑織、今芋虫って言ったよな? なんでわかるん?」
卵なのか幼虫なのか蛹なのか、子ども達を見ただけじゃわからないのに、なんで言い切った?
「おなかのとこでねー、うねうねうごいてるよー」
「あっちのこはたまごだよー」
「むこうのこたちにはねー、なんかカッチカチなのがいるよー」
緑織に続いて、黄菜と橙地が教えてくれた。この仔ら、見えてる?
そういえば、青蕾と紫輝は初めて卵を見た時、ゴミとは思ってなかったよな。最初から、あっちいけって、あいつらって言ってたよな。
生き物だって気づいてたってこと?
「お前達、あの子達をさ、卵の子と幼虫の子と蛹の子にわけられる?」
「できるよー」
「いってくるねー」
ぴゃーっと駆けていった仔ドラゴン達に、親達が悲鳴を上げた。急いでニャルクさんに説明してもらって、指示にしたがってもらう。結果、卵持ちが4人、幼虫持ちが2人、蛹持ちが3人だった。
子ども達だけで、3組にわかれて立ってもらう。みんな泣き過ぎて目が真っ赤になってる。その内の1人に目を見開いた。
「ジアーナちゃん?!」
ダッドさんの姪っ子のジアーナちゃんだった。親達の列を見れば、放心状態のタロゴさんと、青ざめたダリアさんを支えて涙を流すマーカドさんがいた。壁際にいたのか、今まで気づかなかった。
「ジアーニャ……。腹は痛くにゃいか? 苦しくにゃいか?」
イニャトさんが聞けば、しゃくり上げながらジアーナちゃんは頷いた。バウジオが近づいて頬を舐めると、黒い毛並みに顔を埋めて、声を上げて泣き始めた。
ジアーナちゃんが並んでるのは、蛹の列だった。




