第97話 兆し
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イニャトさんが話を聞いてみると、ここにいる子ども達と遊んでる時に喉が渇いて、誰の家からも離れてたからつい飲んでしまったらしい。それを聞いたダリアさんが両手で顔を覆って泣き始めた。他の親達の泣き声も大きくなる。
「どうしよう……」
困った。本当に困った。夜はすぐそこなのに、時間がないのに、何も思い浮かばない。
「ニャオー、ニャーオー」
マジックバッグを引っ張られて下を見れば、橙地が後ろ脚で立ち上がって爪を引っ掻けていた。
「どしたん橙地?」
「あいつのとこいっていーいー?」
器用に尻尾を動かして、卵持ちの子を示した。人間の男の子。妹らしい女の子の手を握ってしゃくり上げてる。
「いいよ。でもあいつなんて言ったらいけんよ?」
「あいつはあいつだもーん」
そう言い残して、橙地は男の子の方に駆けていった。橙地、あんな言い方してたかな? と思っていたら……。
「はぐっ!」
『!! ~~~?!』
「こらぁっ!!」
なんと噛みつきやがった! 何やってんの!
「離さんか! 離せ!」
「ぅぅうぅうううっ!」
橙地の体を持ち上げて離そうとするけど離れない。男の子が火がついたみたいに泣き出してしまった。妹にも、他の子ども達にも伝染していく。そこにまさかの赤嶺、黄菜、青蕾が参戦して、残りの卵持ちの子らに噛みついてしまった。
親達が悲鳴を上げる。だけど近づいてこない。アーガスさんとオードさんと、司祭さんっぽい人が止めていた。なぜ?
「ニャオ。好きにさせてみよ」
漣華さんが言った。
「けど、子どもら泣いてんのに!」
「いえ、ニャオさん。この際そっちはどうでもいいです」
ニャルクさんまで、一体どうしたって言うのさ?
「ニャオよ。お前さんはわからんじゃろうが、セキレイ達は己の魔力を子どもらに注いでおるようじゃ」
ふむ、と頷きながらイニャトさんが言った。どゆこと?
「魔力をって、大丈夫なんですか?」
「儂は聞いたことがにゃいからわからんが、あやつらは大丈夫と判断したんじゃろうにゃあ」
あやつら? あ、アーガスさん達か……。でも本当にいいのかな? 子どもらギャン泣きぞ?
それからしばらく噛みついてた橙地達だったけど、満足したらあっさり口を離した。ほっとした子ども達が、揃ってえずき始める。アーガスさん達を押し退けて駆け寄った親達が背中をさすると、一斉に戻してしまった。
泡立つ胃液にまみれた、小指の爪サイズの異物。大きさが違うけど、アタナヤの卵だ。
「は? 出た?」
声が上擦った。イニャトさん達が目を丸くする。卵を吐いた子の親達はぽかんとしてたけど、アーガスさん達が声をかけると狂ったみたいに喜んだ。
「橙地! 今の他の子達にもやれる?!」
「えー? やってみないとわかんないけどぉー……」
「じゃあやって! 早く! 緑織達も、やれるなら手伝って!」
「もうつかれたよー」
「頑張ってくれたら林檎でお花作っちゃるけぇ!」
「「「「「「「はーい!」」」」」」」
現金な奴らめ。だが許す! リード外してやるから頑張ってくれ!
▷▷▷▷▷▷
赤嶺達が頑張ってくれてる間に、漣華さんが教えてくれた。
アタナヤの卵時代と幼虫時代が極端に弱いのは、他者から浴びる魔力に極度に反応してしまって、負けてしまうかららしい。成虫になるのは勝った個体と、魔力を浴びなかった個体だけ。その2種類が交配して次の世代が生まれるから、種が強くなりにくいんだと。水路にはろ過用の魔石があるけど、魔石から放たれる無機質な魔力と、生き物が持つ有機質な魔力は別物なんだとか。
子ども達が吐き出した卵と幼虫は、王都で調べるからと、ギルマス達と一緒に合流したエルゲさんが回収した。イヴァさんが子ども達の体調を確認してる。アタナヤから解放された子ども達には笑顔が戻って、親達はそんな我が子を抱き締めて泣き笑ってる。
反対に、蛹持ちの親子は暗かった。仔ドラゴン達が疲れ切った顔で団子を作ってる。蛹にまで成長したアタナヤに、赤嶺達の魔力は効かなかった。
『✕……、□✕△▽、✕△?』
ふらつきながら、タロゴさんが漣華さんに近づいた。消えそうな声で何かを言えば、漣華さんが首を横に振る。頷いたタロゴさんは、涙を溢しながら膝をついてしまった。
「どうしたんです?」
「タロゴ殿がレンゲ殿に、ジアーニャに魔力を注いでくれんかと頼んだんじゃ。仔ドラゴンでは無理でも、ユルクルクスにゃら蛹にも勝てるんじゃにゃいかとのう」
「確かに妾の魔力であればアタナヤを殺せる。しかしそれはできん」
タロゴさんを見下ろしていた漣華さんが目を瞑った。
「子どもらはセキレイ達の魔力には耐えられても、妾の魔力には耐え切れん。蛹が死ぬ前に、子どもらが死んでしまう。試すまでもない」
タロゴさんの泣き声が大きくなる。漣華さんの言葉を聞いていたマーカドさん達も、他の親達も、体を震わせて嗚咽を漏らした。抱き締められてる子ども達に、表情はない。泣き疲れて、諦めてしまっていた。
両手の掌紋を見る。殺せなくても、解決する方法なら見つけられるかもしれない。
“乾き知らず”を取り出して掌を濡らす。私の行動に気づいたアーガスさん達が近づいてきた。
掌を握り締めて、目を閉じる。今までで一番、真剣に願った。
水神さん水神さん、子ども達を助ける方法を教えてください。
掌が熱くなる。閉じた瞼の内側で光がはじけて、何かが見えてきた。




