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勝負の終わり。

「スガモ。この勝負、おれに預からせてもらいたい」


「・・・」


 それは越権えっけん。とは言わず、スガモはヴェルグの顔を真っ直ぐ見つめた。そこに何かがあるかのように。


 見上げるスガモと見下ろすヴェルグ。一見すると大人と子供のにらみ合いだが、両者の力関係は真逆。


 スガモが上で、ヴェルグが下だ。


 ゆえにヴェルグは、スガモの瞳を大真面目に見つめていた。


 師弟の情におぼれたわけではない事を信じてもらう必要がある。し、スガモを裏切るわけでもない。



 スガモが即答を返さなかったのは、自身一度はそれを考えたからだ。


 一度倒れてよみがえった魔王。では、次は?今度倒せば、復活しないか?それともまた蘇る?


 だが考えても仕方のない事と割り切った。それに、復活した魔王は弱かった。死ぬたび弱まるのであれば、そのイタチごっこに付き合うのも悪くない。いずれ、そこらの下位魔獣並みになれば、もはや生きていてもどうでもいい存在になるのだから。


 だから、最後には相手次第。


 ヴェルグは何の譲歩じょうほを引き出したのだ?


「条件は?」


 スガモは率直に聞いてみた。


 最低でも魔王の首だけはもらわないと、沽券こけんに関わる。


「無し」


 ヴェルグは真っ直ぐ言った。


「全て、終わりだ。今回は、おれ達は魔王一味を殺さない。次の機会があれば別だが。そして魔王一行は、人を襲わない。人界への手出しをしない」


「ネイキッドは主犯じゃないわよ」


 ヴェルグが譲歩を引き出した相手。それはネイキッド以外には居ない。だが、相手の頭脳はあくまで魔王。ネイキッドはその手足でしかない。


 スガモは、ゆえにヴェルグの提案に難色なんしょくを示した。


 まあ。本音としては、何も無しはちょっと受け入れられなかった。


「いや。受ける」


 2人の会話に真剣に聞き入っていたユーシアが発言。


 仮に次の戦いがあるにしても、それは数百年後。


 ヴェルグと剣王がこの世から消えてからだ。剣国と律国の戦力が地に落ちてからにしよう。


 それに。


「スガモ。あなたは何故か、地上からの魔力収拾を止めている。このままであれば、あなたの命をわざわざ狙う必要はない」


「・・・別に」


 スガモは、事態が魔王の思惑通りになっているようでブチ切れそうだったが、なんとかこらえた。火の付いた火薬庫であるスガモが、わざわざ我慢した理由はある。


 氷王と魔王。この2人は確実に殺れる。


 だが、ネイキッドの倒し方が分からない。


 スガモの理性は、ネイキッドと戦うべきではないとの答えを出していた。


 もしここで魔王を倒してしまえば、ネイキッドが仇討ちに来るか?分からない。五分五分と言った所か。


 魔王から開放されて、感謝に来るか。それとも怒り心頭、有無を言わさず殺しに来るか。


 分からない以上、スガモは冷静に判断してしまう。


 即ち、ヴェルグの、強者の言に従う。


 ネイキッドは恐らく、本当にヴェルグに負けたのだろう。だから話が付いた。




 半死半生のネイキッドを前に、ヴェルグは膝を折り、座した。そして腰裏に回していたウエストバッグの中から、2本のドラゴンドリンクを取り出し、自らの前に置く。


 1本を開封し、そしてネイキッドの顔を上向ける。


「か・・・」


「動くな。死ぬぞ」


 何事かをつぶやきかけたネイキッドの動きを制し、ドラゴンドリンクを飲ませてやる。口を開かせ、少しずつ飲み込ませる。肺に入ったら終わりだが。意識がある今なら、なんとかなるか?


「・・・・ああ」


 少しすると、ネイキッドの吐息に活力が戻っていた。それを確認したヴェルグは、自身も一息ひといきに飲み干した。


 体力の半分を消耗した疲労が、一瞬でいやされる。全くすごい薬だ。だが、こんなものに頼り切りでは体力配分が下手になり、上達には実は遠回り。美味いだけの話はないな。


 少しして、むくりと体を起こしたネイキッドは、首を振り振り、ヴェルグに問うた。


「・・・なぜ助けた?」


 気負いもなく。ヴェルグは平静に答えを返した。


「終わったからだ。おれが勝って、お前が負けた。そして、それでもお前は生きていた」


 別に、助けるべくして手加減をしたわけではない。ヴェルグは本気でネイキッドを攻撃し、その上でネイキッドは生き残った。


 ・・・トドメを刺さなかったのは、わざとだが。



 あえて理由を探すなら。


 ネイキッドを倒した後。粉砕した右肩から流れる血を見た時、あの時の光景を思い出していた。灰になった人々を。己が守れなかった人々を。


 ローネは、またも血に塗れた。


 血は、流れたのだ。


 今回、ヴェルグは二度ネイキッドを殺した。


 もう良いだろう。


 1万の律国民には悪いが。おれは満足した。してしまった。


 そして。


「それに。お前はまだ弱い。おれを殺したいのであれば、もっと修練を重ねる必要がある」


「・・・」


 耳が痛いネイキッドは、うつむいてその声を聞いていた。


 仇討ちに来て、その仇に命を救われた。


 これが他人の行いであれば失笑してしまうだろう、冗談のような出来事だ。


 それをやったのが、我が身とあらば。情けなさのあまり、ネイキッドは苦笑すら出来なかった。表情を作る余裕もない。


 頭を抱え込んで悩むネイキッドを眺めながら、ヴェルグは立った。


「悪いようにはしない。おれに任せておけ」


「・・・・・・・・」


 殺しにかかった相手に、何もかもを任せる。


 ネイキッドはこの世に身を置けない気持ちになったが、ため息を吐いて、諦めた。そして。


「・・・身勝手な話で悪いが、子供2人の助命を願いたい」


 流れるまま、ネイキッドは己の願いを口に出した。


 無論、受け入れられる確率が低いのは承知の上で。


「上手く行くかどうかは、お前次第だ」


 スガモの戦闘が終わった頃に来い。そう言い残し、ヴェルグは歩き出した。



 1人残ったネイキッドは、考えていた。それしか出来る事もなかったので。


 負けた。


 完全に、負けた。


 ・・・どうしよう・・・?


 はっきり言って、負けた後の事なんて考えてなかった。


 勝てば、ユーシアを中心に王道楽土を建設すれば良いと思っていた。全てはユーシアの思いのままに。


 そして負けたなら、それでオシマイ。敗北イコール死のはずであった。ヤヨイ王、勇者メイストーム、そして数え切れない人々を殺し尽くした己らの命が守られるなどと、ネイキッドは夢にも思わなかった。


 死以外の結末など、有り得ないはずであった。


 それが、敵に生き残らされるとは。



 ネイキッドは、ある程度世の中を見て来たと思っていた。この世で最もすごい魔法使いや、最も強い戦士。それに無双の剣士達。


 だが、こんな事態には初めて出会った。


 ネイキッドが初めてじっくりと味わうそれこそが、敗北の苦味だった。



 痛みや疲労のない、完調状態の肉体で終わった戦場を歩く。これもまた初めての経験。いや。


 魔国を思い出す。オウザとの旅を。母国を守れなかった彼らの痛みは、今のこれよりも遥かに重いものなのだろうな。


 魔国民はよくも再び立ち上がったものだ。


 ・・・おれもまた立てるだろうか。



 ユリスト達の居た場所に戻って来ると、そこには突っ立ったままの剣王と並び立つアニムの姿が。


 正直。負けて帰って来た自分の姿を見られるのは、かなり恥ずかしい。


「無事か」


「うん」


 それでも。


 娘と生きて会える喜びは、何物にも代えがたい。ネイキッドはアニムの温かな命を抱きしめた。


 敵親子の再会を邪魔しなかった剣王は、剣も抜かずに時を待っていた。剣友の動きを待っていた。


 そして、目の端で親子の光景を眺めながら、おれが次にユリストと斬り合うのはいつになるだろう?とも考えていた。


 そして数分。


 ユーベルの感覚に、スガモらの動きの気配が乗らなくなった頃。


「そろそろ行くか」


「はい」


 ユーベルの号令に、ネイキッドは従順に返事を返した。


 意気を発しなくて良いのであれば、ユーベルは経験も強さも遥かに上。普通に敬意を表するに異の無い相手だ。


 アニムと手をつないだネイキッドは、悠々とした足取りのユーベルを追いかける。


 と。


「ネイキッド」


 振り向いたユーベルに話しかけられた。


「ヴェルグを相手に出したお前の本気。今度は、おれに出してもらいたいものだな」


 太い笑み。つい先ほどまで勇者と削り合っていたにも関わらず、覇気がありすぎる。


 ネイキッドは、剣王の名の大きさを初めて理解した。


「・・・あなたが相手では、死んでしまいます」


 この男相手に避けきる自信は、まだなかった。


 苦笑をたたえるネイキッド。不思議そうなアニム。今後の楽しみに笑みを深めるユーベル。


 一堂は、地に下り立ったスガモの下へ到着した。



「時は1ヶ月後。魔王在りきの世界を検討する。場所は水国議会」


 話はかなり進んでいた。


 ユリストの出したお茶を手に、各自の意見が出し合われ、そしてヴェルグが締める。


 この場を支配しなければ、ヴェルグの意見は通らない。スガモに一瞬でも主導権を握られれば、この場で魔王一行は皆殺しになる。


 それでは、次の犠牲者を防げない。次に復活した魔王が動く時、おそらく自分は戦力から外れているだろう。それでは戦えない。


 もう、メイストームの二の舞いは、要らん。



 ヴェルグが情に流されて、ではないのは本当だった。



 情がために、スガモに異を唱えているのだ。


 かつての弟子も、この世界の全ての人も。


 全てを守るのが、戦士であるがゆえに。

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