ヴェルグの動き。
スガモは己の身に湧き上がる、一点の不安要素に気付いていた。
飽きて来た。
はっきり言って、魔王は許せない。氷王も始末するべき。ネイキッドもまあ、一応消しておきたい。ユリストとアニム、それにもう1人の子供はどうでもいい。
この5名を倒すなり封じるなりするために、地上の戦力の全てをかき集めて来たが。
そろそろ家に帰りたい。
魔力を無駄遣いしすぎている。
もったいない。こんなザコ共相手に、この私が。
・・・?
ほんのわずか。ほんのわずかにだが、スガモの魔法の連発が弱まった?
ユーシアは自身にかけ続けていた走行を即座に浮遊に切り替え、攻勢に転じる。
「走行ァ!!」
ガクン
スガモは、地上に叩き付けられんとしている自分を感じながら、やはりと思っていた。
こんな間抜け共に時間を取られているなんて。
私も、耄碌したものね。
トン
辛うじて、着地時の走行が間に合い、スガモは両足で無傷で着地出来た。
が、スガモが下り立った場所には、既に氷王が待ち構えていた。
ビキ・・・・
地に足を付けたスガモの衣服が凍り始める。氷王が直接手を触れているがために。
その様子を見ていた魔王は、小さな疑問を抱いた。
結界は?
「ふう」
スガモの吐息に感情は込められていなかった。日常の雑務をこなしている間の、わずかなため息に過ぎなかった。
氷王を倒すための手間とは、つまりその程度の事だった。
オ!!!!!
氷王は身動きも取れぬまま、灼熱地獄の中にもだえていた。スガモの守護結界がそのまま氷王を閉じ込めるために用いられ、脱出は不可能。氷王の温度低下能力よりスガモの本気の燃焼の方が上回っている以上、この結末は一つ。
ドロリ
スガモの衣服を掴んでいる左手をのぞき、氷王の身体は溶け始めていた。永久氷塊によって構築されているはずの氷王の肉体が。
氷衣、そして人の姿を形作っている仮初めの体。真っ白な汚れのない女体が、グズグズの泥になって行く。
さて。
それでもスガモは油断していなかった。
上空に居る魔王は、とりあえず放置で構わない。何かしらの大破壊魔法を使えば、弱まっている氷王にも命取り。積極的な策は取れないはずだ。
だが、氷王は違う。
この竜種最強最悪の王は、生存のためならなんでも利用する。
今現在も、恐らくは地下に逃れようと、肉体をバラけさせている最中だろう。
そうはさせないけれど。
ザクンッ!
氷王の体が流れ込もうとしていた地層ごとスガモの走行が削り取り、またしても結界の内側に取り込まれた。
これでもう逃げられない。氷王はもはや、鍋の中の水滴も同じ。
蒸発するのみ。
が。
ヴァキイイイイ!!
氷王を追い詰めていた所を、背中から刺された。正確には、数百枚の結界の上からだが。
スガモは、ちょっとびっくりして、思わず全方位に走行を撃ってしまった。いつもの癖で。
もしもここに居たのが常人であれば、肉の一欠片も残らない粉微塵になっていただろうが、そこに居たのは魔法使いだった。
ギィッ!!
氷王を閉じ込めてから再度張り巡らされた結界が、大音量を立てて壊れて行く。
スガモはうっとうしそうにその相手を見ながら、今度はユリストの首だけを狙って走行を撃ち込んだ。背の幼児は生き残らせる必要がある。そういう約束でユーベルの剣を借り受けた以上。
パン
しかし。稀代の大魔法使いの魔法も、この剣には防がれる。
ユリストは左手に握った植来子で走行をかき消し、右の動来子をスガモの結界に突き入れ続ける。
「あー!」
背の子供の歓声を浴びながら、ユリストは回復した魔力の限りに魔剣を振るう。
アニムが剣王を抑えている間に、スガモを倒さなければならない。
必死の形相。私の結界とぶつかる衝撃余波を抑える腕力、魔剣を用いるためにフル回転する魔力回路。全てを使っている。
それに、この状況で笑う子供か。
良い資質ね。
スガモは、少し、ユリストとリスティアに興味を持った。
「よう」
「ん?」
ゴ!
剣王ユーベルは剣劇の真っ只中に話しかけられ、完全に隙だらけでアニムの魔剣総攻撃を受け。
フ
ようとしたかに見えたが、完璧に回避した後、ヴェルグの下に飛んだ。
「危ないだろ」
「すまん」
笑い合う2人に、アニムは攻撃を断念。
戦力差が大きくなりすぎた。
それを本能的に察したアニムは、撤退を決意。母、ユーシアの下へ駆けるのが得策か。
いや。
父は、どうした?
「剣を収めてくれないか。お前を殺せば、ネイキッドが悲しむ」
無表情の下で静かに思考を進めていたアニムは、ヴェルグに話しかけられた。
そして。
「・・・」
アニムは無言のままに、納刀。選剣は完全に鞘に収まった。同時に魔装も解除され、後には幼い顔立ちの少女が残った。
アニムはヴェルグとはこの場で初めて会った。確かに大柄な肉体は強靭さの化身のようではある。だが素手だ。選剣なら、いかようにでも斬れそうに見えなくもない。
それでも、はっきりと理解出来ていた。
目の前の生き物は、次元が違う。今戦っても、どうやっても敵わない。勇者ゆえに、自身の強さのゆえに、相手の超常的な強さもまた、知覚してしまっていた。
ユーベルはこの話の流れが理解出来ていない。だが割り込みもしなかった。
ヴェルグの戦のケリが付く前に仕留めきれなかった以上、文句を言う筋合いも無い。弱い方が悪い。
「ユーベル。彼女に付いていてやってくれ」
ヴェルグは軽くそう言うと、選剣をいまだ使用可能な無傷の勇者を置いて、スガモらの戦場に向かった。
剣王は、友の言葉を違えなかった。
逃さず、殺さず。果たして剣友の真意がどこにあるのかは分からなかったが、ユーベルはその意に従う事にした。
その方が、面白そうだったから。
ユーシアは隙を狙っていた。スガモがユリストの背のリスティアを傷付けられない以上、必ず不自然な動きをする必要がある。例えば、全方位放射系の燃焼は決して使えない。どうやら、予想通り。
心苦しいが、リスティアにはこのまま盾の役割を担ってもらおう。
ピンポイントのフルチャージ電撃を用意しながら、ユーシアは地上を見つめていた。
ら。
ギ
「ちょっと良いか」
死んだ。
と、ユーシアは思ってしまった。氷王の「手」が無い以上、この声の主、ヴェルグへの対抗手段が思い浮かばない。
微動だにできぬまま、ユーシアは無抵抗でヴェルグの次の動きを待っていた。
ユーシアの結界に左手を差し込んで掴まっていたヴェルグは、右手でほおをかきながら、なんとも奇妙な表情で喋った。
「停戦を申し入れたい。どうだ?」
「・・・?」
?
どうだ?
・・・???
ユーシアは、完全に思考をバーストさせていた。
この100パーセント勝利確定の状況で、この男は何を言っているのだ。
「受けてくれるのなら、スガモはおれが止める」
「・・・・・・・・」
ユーシアは長考に入った。今度は、ちゃんと頭が回る。
この場でスガモ一行を倒せる確率と、こちらが全滅する確率とを計算していた。
だが。
「ネイキッドも無事だ」
この言葉に、ユーシアの心は折れた。
人間を信じるなどという狂気を持っていないユーシアでも、かつての勇者一行だけは信じている。というか、重要視している。
スガモを心底恐れているように、ヴェルグを部下に欲しいと思ったのも本心だ。
この男の人格は、信じられる。
ユーシアは溜めていた魔力を開放し、静かに地上に降りて行った。ヴェルグを連れたまま。
スガモはその様子に気付き、厳しい表情でヴェルグを待った。氷王を閉じ込めたまま。
ユリストも同じように、降下してくるユーシアを見て魔剣を収め、スガモから距離を取りつつ2人を待った。
どうなる?




