苦闘の予感。
ユーシアに気を取られれば、氷王に凍らされる。かと言ってあまりに地上から距離を取りすぎれば、ヴェルグやユーベルへの流れ弾が行ってしまう。ヴェルグを敵に回す気のないスガモに、その選択肢は取れない。
結果、スガモは苦戦を強いられていた。
どちらかなら、殺れる。氷王だけなら、溶かせる。魔王だけなら、消滅させられる。片方だけなら、力づくで押し潰せる。
だが両方同時は、流石にキツい。
いかにスガモが世界1でも。世界で5番以内に入れるだろう魔王と氷王の連携の相手は、大変だった。
こんな時のために、護衛を雇ったのに。
内心でグチグチ言っていたスガモには残念だが。
その護衛も、大変な所だった。
スガモらからはるか離れた地上。
軽く身じろぎしただけで魔王の本気の拘束を振りほどいたヴェルグを見て、ネイキッドは決断した。
「場所を移す」
「構わないぞ」
ネイキッドはヴェルグの同意を得て、ユリストらから離れた反対側の山まで飛んだ。
これでネイキッドの結界維持は不可能。ここからは、完全な地力で挑むしかない。
それでも、ネイキッドはヴェルグを過小評価したわけではない。単独でなんとかなるとまでは思い上がっていなかった。
ある意味、剣王は安全な存在だ。その剣技は完璧にコントロールされ、無駄な斬撃というものがない。つまり、自分が狙われた瞬間、それは決してユリストやリスティアには向かわないという事。
しかしヴェルグは違う。戦士ヴェルグは、敵の全てを殲滅する。
もしネイキッドとユリストが同一線状に並べば、それだけで2人共滅殺される。
それに、今のネイキッドには自信があった。
ヴェルグ、そしてスガモ。この両者の攻撃を完全に回避してのけた己に、多大な自信を抱いていた。
そういう事情で、ネイキッドはヴェルグとの1対1を望んだ。
死地だとしても、スガモを倒すまでの時間稼ぎはやってみせる。
ザ
大地を蹴立てる足は、軽い。
体が動く。ついさっきぶった斬られた肉体が、昨日までと同じように。いや、もっと調子が良い。ほぼ最高状態と言って良い。
両の手を軽く前に。ヴェルグの全ての打撃を防ぐために。
右足を後ろ、左足を前に。重心をやや右足よりにかけて、後退を早く。ヴェルグの全ての打撃を躱すために。
まず、ヴェルグの攻撃に慣れる。
でなければ、先の攻防と全く同じ結末をたどってしまう。
そんなネイキッドの様子を見、ヴェルグは最後の手加減を外す。
どうやら。
本当におれと戦える。
トン
ネイキッドは両の手の間に差し込まれたヴェルグの右拳が軽く胸に当たるのを、打たれてから気付いた。
ゴ!!!
ネイキッドの後ろの空間が破裂。オウザやスガモの本気の走行が発動した時のように、世界の割れる音がした。
これが、ヴェルグの突き。
だが。
ザッ!
ネイキッドの足が地面をこする音が、ヴェルグの真後ろから聞こえた。
そして先ほどと全く同じ構えを取る。
地上最強の戦士の打撃を受けて、ノーダメージ回避。
ネイキッドは図に乗って良いし、目の前の敵に挑発をかましても良い。
しかし、そんな余裕もなかった。
目の前の男の初めて見る本気。
それがネイキッドから、戦う事以外の意識を奪っていた。
対するヴェルグ。
ここで並みの戦士なら、敵の強さに苦境を思い、苦闘への挑戦に心を引き締めている所だろうか。
が、この男は違った。
既にネイキッドの能力の8割を見抜き、対処法を考え付いていた。
実行もいつでも出来る。ネイキッドが守勢に回ってくれているから。
全く未知の技を目の前にして、ヴェルグには焦りも戸惑いもなく、平常心による打倒のみがあった。
今の彼は、純粋な戦士であった。
ト
ネイキッドの前で、ヴェルグは右手を大地に付けた。まるで地面の温度を測るかのように。
その動作の意味が分かりかねたネイキッドは、疑問を抱きながらも防御の体勢を維持。なんだか分からんが、相手のペースに巻き込まれたら終わる。それだけは分かっている。
ボゴォッ
・・・。
ネイキッドの構えに、若干の緩みが生じた。目の前の非現実的な光景のために。
ネイキッドの視線が徐々に上向く。それもそのはず。
ヴェルグの掌が、大地を掴み取り、そして持ち上げている。巨大なサイコロ状にカットされた大地・・・一辺の長さ、50メートルはあるか・・・をまるで空のバケツでも持っているように、軽々と。
こ、れ、は・・・。
ネイキッドの頭の中で、一つの答えが出た。
天風「異風同道」。確か、あの天風はヴェルグの触れた武器、道具をヴェルグ並みの能力に引き上げる天風だったはず。
地面にも適用可能なのか・・・?
もしもネイキッドが、ヴェルグの魔将ツメクサ戦の模様を詳しく聞いていたなら、即応も出来たろう。あの時は、空気さえ固定して戦ったのだ。
土で出来ぬ道理は無い。
だがヴェルグは、ネイキッドにとってトラウマに近い体験となっているだろうあの戦いの詳細を語らなかった。
現在の世界で魔将レベルの魔法使いを想定した事態というのも考えにくかったし、何よりスガモとの修練があれば、それで十分だった。
ゆえに初見となってしまったこの遭遇。
挨拶代わりの一撃は、王城すら木っ端微塵にする豪打であった。
ゴ オ オ オ オ
直線距離にして1キロ以上離れているはずのネイキッドらの戦闘音が聞こえる。しかも、轟音として。
静かに魔力結晶からの回復を行っていたユリストは、ネイキッドの持久力を心配した。
これほどの音圧を発生させる攻撃。きっと巨大化を全開したに違いない。ネイキッドが攻撃に回っている。しかし、十全な威力が込められているという事は、そのままネイキッドの無事の知らせでもある。
安堵しつつ、ユリストは娘の戦闘をじっくりと見ていた。
我が身では割り込めない、化け物同士の戦いを。
剣王の姿が消える。と同時に、アニムの真正面に現れ、攻撃範囲に踏み込んでいた。
ゴ!
肩部魔剣が襲いかかり、腰部魔剣が正面の防御を固める。
だが。
ギイン!
アニムは背中に受けた衝撃に反射的に脚部魔剣を振り回し、空から小魔剣を突っ込ませ、なんとかユーベルを後退させる事に成功。
硬い。
本気そのものの一撃を加えながらなお斬れない相手の魔装に、ユーベルは驚嘆していた。
選剣ならいざ知らず。ヴェルグの剣以外に斬れないものが、まだこの世にあったとは。
世界は、広い。
意識せずとも、体が熱を帯びる。
ザ!
アニムは瞬時に後退した。
相対しているモノの浮かべた、嬉しそうな笑顔を見たために。
ドクン
?
アニムは選剣を右手に移し、左手で胸を押さえた。
気味の悪い鼓動。それに肌にぶつぶつが出来ている。背中も寒いし、病気だろうか?
無論。
恐怖である。




