灼熱と氷壁。
ア ア ア ア ア
灼熱。ヴェルグとユーベルは、声をかけられるまでもなく、即座に退避。熱波から逃げおおせた。スガモを軸に、ネイキッドらと距離を取り、まず生き延びる事を優先した。
「せっかく興が乗ってきた所だったが」
ユーベルは残念そうに剣を収め、その場で丸薬を食べ始めた。
ヴェルグは薬ではない、ただのお茶を飲みながら、ユーベルにも水筒を渡した。
「理由は分からんが、スガモが本気を出しそうだ。一時的にでも逃げておかないと、あの女はおれ達が相手でも平気で巻き込むからな」
「ああ。分かっているつもりだ」
スガモとの付き合いはそんなに長くないユーベルだが、あの女性がまともな人間だと思った事は一度たりともない。
ヴェルグもユーベルも、この時しかない機会を逸失した形だが。
今日は、スガモの護衛役で来ている。自分達のための戦いにのめり込むわけにも行かなかった。
これは燃焼。それを周辺一帯にかけているに過ぎない。そう分かってはいても。
ボウッ
岩が燃え始めた。表面のコケの水分が完全に蒸発しきったのだ。そして。
オ オ
岩が、灰に。
岩石が一定温度を超え結合を保てなくなり、崩壊して行く。
既にこの周囲半径1キロは、人間の領域ではない。火竜ですらが燃え尽きる、生まれたばかりの地獄であった。
その熱量を頭上に感じているユーシアは、完全に出るタイミングを失ったのを痛感していた。
本来、元の姿に戻した氷王との連携で、一気にスガモを殺害するはずだった。スガモの魔法と言えど、魔法には違いない。氷王には効かない。動揺するスガモを挟み込むつもりであった。
だが現実には、頭上の氷壁を挟んでいなければ、ユーシアもまた燃焼してしまう。魔法の威力が、ケタ違いすぎる。
そして、確かに氷王は魔法を受け付けないが、間接的に周囲の気温を上げられれば、どうにも防ぎようはない。現在は周辺の気温を押し下げ、自分のテリトリーを維持するのに全力を尽くしているのだろう。攻撃の気配がまるでない。
久しぶりに動かす自分の右腕の確認をし終えたユーシアは、それでも表に出る。
例え氷王との連携が上手く行かなかろうと、自分にはスガモを殺す以外の選択肢は無いのだから。
剣王の姿も、ヴェルグの気配も、近くにはない。
「守りは任せた。おれは踏み込む」
それしか出来ない。し。
ネイキッドは、諦めではなく、選択の結果として、ユリストに援護を求めた。
この戦いが始まる前であれば、それは消去法によるものだった。ユリストの接近戦技能では、ユーベルに及ばないから。
だが今は違う。
ユリストの魔法技能なら、ユーベルを脅かせる。
戦力になっている。
だから、まずスガモを消す。
それからヴェルグを倒す。
天下の魔法王スガモを、邪魔な石ころ程度の扱いだが。
臆するよりは良かった。
燃焼を全力行使中のスガモは、ある意味隙だらけだったが、それでも攻撃するのは難しい。
単純に、今スガモの魔法領域に侵入すれば、燃えてしまう。
ユーシアとの距離が離れ、視認が効かなくなってしまった以上、結界の維持も難しい。ユリストの結界だけでは、流石に心もとない。
ゆえに、この場では、ネイキッドの実力が試される。
バキ
その音は、スガモの数百枚の結界の内、たった1枚が破壊された音に過ぎない。
それでもスガモは、全力警戒を怠らなかった。
ヴァ ア
電撃、全周囲。範囲は100メートル半径、全て。アリの通る穴さえ無い、空間全てを埋め尽くす雷の嵐。
「流石。雷王より上の雷とは、恐れ入る」
ネイキッドは心からの尊敬を込めて、スガモの結界を破壊し続ける。
空に位置するスガモに攻撃を当てるには、結界に穴を穿ち続け身体を固定し続けなければならないので、これは一石二鳥でもあった。
・・・こいつ。
スガモは、目の前に居るネイキッドに向け、廃滅を撃ち込んだ。タメなしタイムラグなしの速射。
が。
「・・・フッ」
握り潰され、鼻で笑われた。
挑発と分かっていながら、スガモはキレた。
ス
極薄の刃と化した走行が、無数に走る。魔力体でありながら、ユリストの魔剣と同じく物理実体を斬り裂く能力があるので、ネイキッドがいかに魔法を無効化しようと意味はない。そのまま切断出来る。
グシャア!!
鋼を両断、竜を分解するスガモの走行ではあるが。
ネイキッドの巨大化の前では、そよ風にも等しかった。
掌打一撃で結界ごと握り込まれたスガモは、やっと理解し始めた。
目の前の「少年」は、もう少年ではなくなっていた。
守ってやらなければならなかった弱者では、なくなっていた。
この私に、肉薄するとは。
フウ
スガモは落ち着きを取り戻し、一つの魔法を放った。
名は拘束。
ギ・・・
ヴェルグさえ縛りつける、基本にして究極の対戦士魔法である。
ネイキッドはスガモを包む右掌以外、全身を縛られ、身動き一つ出来なくなっていた。
「褒めてあげる。ここまで成長していたのは、予想外よ」
私の予想を超えた事を、光栄に思いなさいな。
ボウッ!
自ら組み上げた拘束に直接、燃焼を。捕われているネイキッドは、絶対に避けられない。
バキィ
避けられない・・・と思いながら、スガモは自分の背後で結界を壊しているネイキッドの存在を知覚していた。
なんで?
苦戦しているようだ。
ヴェルグは世にも珍しいスガモの近距離戦、そして接戦を興味深く観察していた。
「そろそろ頃合いか?」
「ああ。気温も下がって来た」
ユーベルの問いに首肯を返し、2人はもう一度前線へ戻る。今回の本来の仕事をしなければならない。
空気中の温度が下がって来たという事は、スガモが自分の意思で燃焼を解除したという事。ヴェルグ、ユーベルの参戦を求めている。
「おれはユリストに向かう」
「ではおれは、スガモに張り付こう」
お互い、先ほどまでの続きに。
結局スガモの単独行動は結果を結ばなかったが、良いものは見れた。
思ったより、強くなっている。
ユーベルは、娘と義理の息子、どちらも欲しくなった。
ヴェルグは手塩にかけた弟子と初めて本気で仕合えるのかと思うと、正直嬉しかった。
2人の最強は、幸せを感じていた。
・・・熱が下がった。氷王の勝ちだ!
ユーシアは、スガモと氷王の力比べの結末をそう感じた。かなり近くにネイキッドも居るが、戦闘中である事以外は分からなかった。まあ、生きていればそれで構わない。
ネイキッドの対魔法能力は、私の想像以上らしいな。頼もしい事だ。
そしてユーシアは動く。
魔法は拘束。
ユーシアはその現場を見ていないが、やり返した形となる。
魔法の発動先は、地上全て。スガモには効かずとも、一時的な目くらましにはなる。そしてヴェルグ、ユーベルなら切り払える。が、その瞬間には、手がふさがっているはず。
今のユリストとネイキッドなら、攻撃するに十分な一瞬。
行くぞ!!
ギ!!
?魔法?
なぜ?
剣王ユーベルは、自らの動きの邪魔をされ、純粋な疑問の渦に飲まれていた。
ゴ!
眼前には勇者アニムの選剣が閃き、背後にはユリストの魔剣が飛来している。そして自身は身動きもままならない。
ユーベルは、純粋な疑問を抱いていた。
こいつらは何故、おれの天風を警戒しない?
「ぐう・・・・」
「お母さん!」
天風「剣華刀乱」の発動。その効果によるアニムの反射神経でも捉えきれない剣撃の数々を迎撃したユリストは、限界を超えてしまった。
かつてネイキッドとユリストが同時に戦闘不能に追い込まれた一閃万光。
その攻勢をゆるめさせるために、ユリストは魔剣を対応数だけ生み出し、撃ち続けた。その総数、実に三千本を超える。
ユーベルの肉体にはスガモの強固がかかっていると見るのが妥当。その強度たるや、ユリストの通常の斬撃を防ぐと想像出来る。
ゆえに切れ味鋭い刃を、しかし強度は一切与えずユーベル向けて射出した。どうせ直撃は不可能。ユーベルに防御しなければならない、とだけ思わせられれば、成功なのだ。
しかし。
父は、予想をはるかに超える怪物だった。
魔王の魔法に捕われ、勇者の天風が効力を発揮している中で、私とアニムの連携を上回るなんて。もう、その強さに、形容する言葉も浮かばない。
こんなにも強い父を。私は知らなかった。
何をやっていたんだろう、私は。
私じゃなく、イルマなら。イルマなら、きっと本気の父とも戦えるんだろうな。あの子は、天才だから。
本物の剣才を持ち合わせて生まれながら、誰よりも修練を積み重ねて来た、剣国を形にしたような生き物。それがイルマ。
私ではなく。
キン
「ほほう」
ユーベルは空を斬り裂きながら、感心をあらわに孫を見つめていた。
「もう負けない」
ユリストが自省の念に駆られていた頃、アニムはユリストの魔剣を真似ていた。
アニムの現時点での魔力量は既に現在のオウザにすら匹敵している。勇者に生まれた魔王の子。生まれた瞬間、最強を決定づけられてる最高の血統。
更には勇者の天風での自己回復により、魔法も無尽蔵に使いこなせる。もっとも、その総量は己の魔力回路に依存しているので、生後2年の経験では大した事は出来ない。
せいぜい、親の真似ぐらいだ。
ゴ オ
魔剣発動後、更に展開するは、真紅の魔装。
巨大な手にも見える肩部展開魔剣2対。腰部展開魔剣1対。脚部展開魔剣2対。そして空に浮かぶ、無数の小魔剣。その全てに走行が刻み込まれ、攻撃速度はアニム自身の選剣と同等。
真っ赤な巨大サソリになったアニムを見て、剣王は見た目だけではないと判断。
本気になる。
オ
アニムは二度の戦闘経験から、目の前の大男(父親より大きい)を、見た事のない化け物だと思っている。
生まれた瞬間から魔王たる母や、戦人である父、そして剣士であるもう一人の母を見ながら育った己の、見覚えのない怪物。
「天井」を目指していく生き物たちの中にも、あれだけの存在感のある者はなかった。
この人。
すごい。
叶うなら、このような者と、何も考えずに打ち合いたい。
父と母の言う事をよく聞いて育ったアニムの、初めての想い。
自我の芽生えであった。
あなたはどう思う?リスティア。
「んん・・・」
起きたか。
鞘に収めた2対の魔剣を守り刀として構えていたユリストは、背のもう1人の娘の目覚めを感じた。
・・・大丈夫。スガモからの牽制は来ない。何故かは分からないが。
まさか魔力切れではないだろう。自分のような、地上にいくらでも居るような魔法使いならともかく。スガモにそれはない。
今なら、私だけを狙い撃てるのに。
なぜスガモは攻撃しない?
答え。
そんな暇はなかった。
バキイ!!
ちっ。
スガモは内心で舌打ちしながら、追加の新たな燃焼を撃った。が。
「走行!!!」
空気がかき回される。空気に対して効果を発揮していた燃焼も同じく吹き飛ばされ、スガモのコントロール下から離れた。
更に。
ゴ!
スガモは自身に走行を発動、空中を高速移動した。
そしてスガモの居た位置には次の瞬間。
バキイ
氷像が打ち立てられた。空間そのものが氷漬けになり、氷壁が生まれた。
「・・・面倒くさいわね」
「逃げるのなら、追わんよ?」
顔をしかめながらつぶやくスガモに、ユーシアは見下すようにして応えた。実際、スガモより高空に位置している。でなければ、氷王にまとめて凍らされてしまう。
そして言うまでもないが、ユーシアにスガモを逃がす気など全く無かった。ただスガモの精神に揺さぶりをかけているだけであって。
ここで殺さなければならない。
スガモの本拠地・・・莫大な、それこそ新魔王城ですらが比べ物にならないほどの信じがたい量の魔力を蓄えているスガモのフルパワーを発揮出来る場所・・・から離れた好機など、ここしかない。
この千載一遇の時を逃すようなら、スガモを倒すなど夢のまた夢。
地下に引きこもって、永遠に地上を恐怖するしかなくなる。
そんなのは、イヤだ。
私はこの世界を歩きたい。
私と、私の祖先と、数え切れないほどの命が皆で形作っているこの世界を、私は私の思いのままに生きたいのだ。
勇者が来るなら相手になろう。人が来るなら倒そう。
だが、スガモにだけは消えてもらう。
こいつは、一方的に奪うだけ奪う。
魔王のやり方ではない。人でもない。
スガモは、魔法使いの枠を超えすぎた。
恨みも憎しみも無いが、死んでくれ。
私のために。




