恐怖。
魔王ユーシアの魔装が、自身の魔力を固めて作った装備である事は既に述べた。
ユリスト自身の魔剣もまた、同じ理屈で作り出したものだ。
それは従魔を作るに似た道理。
結晶にて己の魔力を刀剣の形に生み出す。そして刀身に走行と強固を刻み込む。従魔がそうであるように、近距離ならばユリストの思い通りに操作可能。
先ほどはこれを父の周りに走らせ、アニムへの斬撃を妨害。
そしてスガモからの魔法も、魔剣から花蜜を発動させる事により、電撃を誘導。避雷針の働きをさせた。ただ本当にスガモの魔法を防御出来る自信は無かった。上手く行ったのは、あくまで運が良かっただけだ。
だが、それでも。
スガモの魔法を妨害してのけた意味は大きい。
今まで魔法使いとして地力がありながら、世界の名だたる魔法使いの中に決して挙がらなかったユリスト。
なぜなら、彼女は魔剣士だった。
それが剣を握らず、純粋な魔法行使のみでパーティーに貢献している。
吹っ切れたか。
ネイキッドと対峙しているヴェルグは、ユーベルとアニム、ユリスト組の戦いを興味深く見ていた。
ヴェルグ自身、何度かユリストとは手合わせした覚えがある。当時は王子様という触れ込みだったが。
決して無力ではなかったが、腕の良い剣士レベルを超えてはいなかったはずだ。長所がある分、ショーティアやイルマの方が目立ってさえいた。
家族を作って、化けたか。
「・・・どうした?次はお前の先手で良いんだぞ」
そうヴェルグはつぶやいた。ユーベルの方向を向いたまま、ネイキッドの方を見もせずに。
その侮りに憤りが無いではないが。
ネイキッドは襲わなかった。
「本気でないあんたに勝つ意味は無い」
その言葉に、ヴェルグはゆっくりと振り向き、言った。
「勝つ?誰に?」
ゴ!
今度は、躱せた。
ヴェルグの右前蹴り・・・一発で竜の肉体を粉砕する・・・を躱したネイキッドは、眉間にしわを寄せながら構えた。
確かに避けれはしたが。
組み合えなかった。
完全に逃げてしまった。
・・・戦うと決めて来たはずなのに・・・!
今度は見えたはずの攻撃から距離をとった心理。それは無意識下のネイキッドの恐れ。
どれほどに心が踊っていようと、肉体は先の衝撃を覚えている。
奴の間合いに踏み込むと、死ぬ。誇張でなく。
意識、理性では乗り越えているはずの師への畏れが、体に刻み込まれた恐怖で塗り潰されたのだ。
そしてヴェルグは、その胸中を見抜いていた。
自身、経験があるので分かる。初めてスガモの魔法を直撃で受けた時は、その日一日、怖くて踏み込めなかった。死なない、手加減してくれていると分かってからは、なんとか慣れて行ったが。
だが今日は訓練ではなく、実戦。
ネイキッドは怯えたまま死ぬしかない。
怖い?
死ぬ?
そうか。
目の前の男は、そんなに強いのか。
ネイキッドは、己の恐怖を、解き放った。
ギャッ!!
ヴェルグの左回し蹴り。その音は、とても人体が起こしたものとは思えず、空と地面とを抹消してのけた。
だが、ネイキッドには当たらなかった。
「どうした?まだ手加減してくれているのか?」
再び姿を取り戻したネイキッドはそう語る。
挑発。
師の、己をはるかに上回る男の戦力を、100万分の1でも良いから削るための、命がけの口と顔。
無論、ヴェルグの心はそんなものでは毛筋ほどの動揺も無い。が。
大喜びではあった。
だからネイキッドは、その顔を見ただけで極限の恐怖を味わった。
ヴェルグは満面の笑みを浮かべていた。
ネイキッドにも見覚えのない、真の強敵に出会えた時の笑顔だった。
消えた。おれが見ている前で。
勇者、じゃない。確かに一瞬で消えたが、それはネイキッドの娘の天風のはず。勇者は時代に1人のみ。
ならば、今の現象は、ネイキッドの巨大化の応用か。
そして最も重要な事実。
おれが、ネイキッドを見失っていた。
もしもあの時、ネイキッドにその気があれば、死んでいた。
手加減をされていたのは。おれだったのか。
弟子から受けた挑戦状に。
ヴェルグは、実に10年ぶりのときめきを感じていた。
・・・この勘違いによって、ネイキッドの致死率は1万倍にも到達してしまったが、まあどうでもいい事だ。
100パーセントが何倍になろうと、何も意味は無いのだから。




