父と子と、家族と。
水国の新たな門出、新王即位式と新たな国号の発表はおよそ一ヶ月後。
それまでにショーティアは水国議会を把握する必要がある。なぜなら、新国誕生と同時に、旧王と旧議会の処刑が行われるからだ。
支配者層には、魔国に戦争を仕掛けた罪を償ってもらう。でなければ、わざわざ新国まで作って人心を一新しようとしている意味が無くなる。
失われた勇を惜しむのも良い。
だが、今持っている、水を使いこなせる己らの強さを再認識してもらいたい。知恵と知識と行動力と実践と。全てが揃わなければ、勇国は成り立ってはいないはずだ。
きっと良い国だ。
ショーティアはほんのわずかな滞在期間ながら、人への優しさと思いやりに満ちた国造りに触れながら思った。
どうしてこの水が濁ってしまったのか。それは事情聴取で明らかになるだろうか。
だが、芯さえ戻れば、立て直せる。その芯に、私が成る。
その責務に重圧を感じないでもない。しかし。
それ以上に、面白いと感じる己が居る。
父が、そしてイルマが治めるであろう剣国。我が友オウザが治める律国。そして新たな友、ドロウ殿が治める魔国。そこに、新国、水国が集う。
皆の幸せに暮らせる、豊かな時を、皆で作る。
この世界の明日を見たいと、そう思う。
そしてショーティアの元には、何人かの剣の子らも残る。護衛兼武者修行。イルマと同じだ。新たな世界、知らないものに触れて、自らの剣技を磨き鍛える。
水国はその新王と共に、新たな時代に加わる。
魔王など頼らずとも良い国を構築する。
そのためには、父も兄弟も友も、全てを頼ろう。
そうして、人の世は続いて来たのだから。
が。
その父は、少々、忙しかった。
時間は少し巻き戻る。
場所は剣国王都。
イルマが勇国王都に切り込みをかけた、まさにその瞬間。
ゴ オ !!!!
王城に雷が落ちた。
自然の落雷でも及びもつかない、人の目が潰れるほどの輝きをまとった、天の怒り。
魔王の電撃だ。それも本気で、最大限に力を込めた状態で撃った。先の律国の被害など比べ物にもならない。王城がそのまま砕け散るのではないかという一撃。
だが。
「健気なものだ。もう一度負けるために蘇るとは」
声が上空高くに待機していた魔王にまで届く。
城から飛び出し、無傷の王城の屋根に飛び上がった男が放った言葉は、それ以上の衝撃を魔王に与えていた。
ユーシアは微量の焦りと戸惑いに襲われていた。
・・・なぜ、剣国の城がここまで頑丈なのだ?剣の強度ならともかく、なぜ守りが固められている。一体、いつから・・・。
魔王のその悩みに対する答え、ユーベルは持っていたが、答える義理はなかった。
「下りて来い。斬ってやる」
魔王ユーシアは応えず、追加の魔法をお見舞いした。走行、広範囲。王城周辺全てを攻撃。いかな剣王と言えど、逃げられるものではない。
オ!!!
木々が花壇が街灯が建物が、全てが押し潰され、原型を留めぬグシャグシャ状態になって行く。
しかし。
「かっ、フ・・・」
魔王の喉首から空気が漏れた。ユーベルの投げ放った短刀が喉元を貫通。
なんと、ユーベルの投げた短刀は魔王全開の走行さえ突き破り、数百メートル上空の魔王に直撃していた。
「下りて来い。そのまま的になって死にたいのか?」
更には、剣王本人にも走行の影響が見られない。
・・・なんだこの化け物。
「・・・」
首の骨すら真っ二つにスライスされていたユーシアは、傷の再生を確認しつつ、考えていた。
流石は剣王。剣の王を名乗るだけの事はある。短刀であっても、剣でありさえすれば、その真価は発揮されるのか。
しかも私の走行をいつ斬ったのか、見えなかった。
遠距離では埒が明かないか?近付いて凍らせるより他ないか。
ユーシアは接近戦で剣王に勝てる自信もなかったが、負けるとも思えなかった。
こちらは、戦士ヴェルグをも凍らせた実績があるのだ。いかな剣王ユーベルと言えど、ヴェルグに比べれば落ちる。
なんとかなる。
「その覚悟や良し。地上で殺してやろう」
あくまで精神的に圧倒しているのはこちら。そういうポーズを示さないと不味い。精神的なものは勝率に少なからず影響する。
遠距離で勝てないから、のこのこ下りて来た、と察せられてしまうのは困る。
こちらが格上。その姿勢を崩してはならない。
「さっさと構えろ」
下りるや否や、戦いの準備をしろと、敵に言われてしまった。
・・・バカには、威圧も虚勢も効かないのか。
それとも。
「・・・二度は言わん。本気を出せ」
剣王は、待っていた。
「・・・なにを」
それ以上、言えなかった。
無防備、ではなかった。ユーシアの、魔王の本気の結界を張った上で、走行用の魔力を全身に充填している。完全臨戦態勢。
だが。
ゴロン
視界が、回る。
頭がコロコロと転がって行く。やけに高い位置に、剣王ユーベルの顔が見える。
ユーシアの首は、まるで初めからつながっていなかったように、その頭部を自然に胴体から滑り落ちさせた。
「え・・」
これが、ユーシアの最後の言葉だった。
ユーベルに踏み潰されたために、もう口がきけないから。
「さて。まだ生きてるんだよな」
魔王の頭蓋骨、竜の骨より堅いそれをいとも容易く粉々にしたユーベルは、頭を失ったというのにバランスを失わない、倒れずにいる魔王の肉体を観察していた。
だけでなく。その右手には、いつの間にか剣が握られていた。
名を星剣。夜空に光る星すら斬れる。そういう謳い文句を許されている剣だ。もっと言えば、代々の剣王が所持している、由緒正しい、人間の作り出した中での最強の剣。
ユーシアを斬ったのは、これだ。
ちなみにユーベルがこの剣を握るのは、かのエリュティシオン戦以来となる。
キン
・・・ゴトン
ユーベルはおもむろに短刀を投げた。すると、魔王の右腕が動き、剣を弾いた。
が。その瞬間には、星剣が魔王を腹から上と下とに分けていた。
右腕が空をもがくが、上半身のみではこらえきれない。下半身と共に倒れた。
「聞いた通りだな」
ユーベルは勝ち誇るでもなく、淡々と血のりを振り払い、納刀。
残るは右腕の始末だけ。
しかし。
「流石は剣王」
「ほう・・・」
「お久しぶりです」
ユーベルは、久方ぶりの顔を眺め、感心した。
強い。
イルマの足元まで来ている。
「念のために聞くが。お前の最後の相手がおれで良いのか。ヴェルグでなくて」
ユーベルは目の前の強者、ネイキッドに問いかけた。
その間に、首を失くした魔王の上半身が、じわりと動くその右手に引きづられ、逃げて行く。
その先には。
「・・・」
ユーベルは、魔王の胴を抱きかかえる娘の姿を認めた。
「ふむ」
息を大きく1つ。それでユーベルは娘を敵と認識した。
「・・・お父様。この者が、私の夫です。それと、子を産みました」
ユリストは、震える声でも、はっきりと言ってのけた。
「名は?」
「リスティア。可愛い女の子です」
「ふん・・・」
ユーベルは、さぞかし可愛いであろう孫を抱きたくて仕方がなく、手がわなわなと震えさえしたが、ぐっと我慢した。流石は剣王である。
ネイキッドは、一瞬剣王の威圧感が薄れたのを親子の情だと考えた。近いが、ちょっと違う。
そしてユリストはユーシアを抱いたまま、後退。剣を引き抜く事もなく。
その様を見て、ユーベルは、我が娘が、我が手には残らなかったのだと寂しくなった。
この寂しさ。
娘の夫にぶつけても、まあ良かろう。
ネイキッドが聞けば全力で首を横に振るであろう事を考えながら。
剣王はネイキッドに向き合う。
「おれはヴェルグほど優しくない。お前がこの世の何者であろうと、敵するなら、斬る」
「承知の上です。よろしくお願いします」
対ヴェルグ。そう仮想して良い相手。
それが目の前の、地上有数の強者。剣王。
ネイキッドは恐怖しつつも、この時を楽しみにしていた。
ユーシアをあっさりと戦闘不能にした顛末から見ても、あの時の自分とでは天地ほどの差がある。
あれから成長していなければ、一合で死ぬ。
さあ、お前はどうして来た!どれだけ修練して来たと思っている!!おれよお!!!
ゴ!!!
ネイキッドは全力の巨大化で剣王を叩き潰しにかかった!右掌が真上から剣王を襲う!!
ギッ・・・
「お?」
剣王の訝しげな声。それもそのはず。
ネイキッドの掌を完全に回避しつつ、剣王の横薙ぎはネイキッドの首に直撃していたのだから。
にも関わらず、斬れていない。先ほど、魔王を結界ごと無抵抗に斬り裂いた星剣が、止められた。
ネイキッドは首の骨にヒビが入ったのを知覚しつつ、まだ生きている、呼吸可能である事を確認していた。
多少、成長したようだな。おれも。
少し、自信を付けながら。
それでも。
漏らしそう。
今の掌打、どうやって避けられたのか、全然分からなかった。
まだ本気を出してない状態で、ヴェルグに匹敵する速さだと。
ネイキッドは震えそうになる足を必死で大地に縫い付けながら、剣王の一挙手一投足を注視していた。
死なないために。生き残るために。
おれの家族のために。
・・・・・・・・おれの、嫁の家族を、殺す。




