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終わる勇国。

 勇国特別攻撃隊隊長シイナは崖っぷちに突っ立っていた。


 勇国は交渉に応じない。魔国関係者からそう伝えられた時、頭が真っ白になった。


 自分は祖国の命により戦ったはずだ。勇国でも壮大なパレードが行われ、華々しく出陣した。


 なぜ・・・?なぜ、おれは見捨てられた?


「シイナ様。ここは静かに機を待つのが得策かと。魔国総戦力は言うまでもなく脆弱ぜいじゃく。それに剣国が加わろうと、勇国本国には敵いますまい。我らの敗北で、本国は本気になるはずです。きっと救援部隊が秘密裏に動いています」


 副官がシイナに進言する。彼は幼少期よりシイナの家に仕えて来た、勇国では珍しい武門の出。勇国議会直属の近衛すら務めた実績のある家柄だ。


 そこからシイナの家と縁を持ち、今に至る。ゆえにシイナからの信も厚く、副官からの忠誠心も高い。


 その副官の言葉を、シイナは鵜呑うのみにした。


 普段の彼ならば、もう少し熟考する所だが、今は寄りかかれるものが欲しかった。


 そうだ。本国はこちらに戦力を傾けるために、交渉に応じなかっただけなのだ。


 ・・・交渉を行っておけばその時間稼ぎにもなるという事実を、頑張って考えないようにして。



「彼らは大人しくしているんですね」


「いささかの動揺はあったようですが。今は落ち着いているようです」


 出立しゅったつ、1時間前。


 国境付近に整列した剣国王族と、対面するドロウら魔国総軍。


 シイナの処分は、この戦争後になる。それまでに自害する程度の自由は許されている。



 今回の作戦目的は、勇国完全制圧。王族、議会員を捕縛し、国民の眼前で退位をさせる。そして3国の息のかかった人物で王位と議会を占めさせる。


 全世界で最も多くの人口を抱えている勇国を屈服させるのは、容易い業ではない。しかも、勇国王にはカリスマが全く無い。王を捕えた所で、果たして素直に降伏してくれるか?そういった疑念も、合同軍にはあった。


 ゆえに、重きを置くべきは、人ではなく王城。その地下にあるとされる、最新研究所。


 勇国の核を支配下に置く。


 更には王都水道管理システムも早くに掌握したい。そこにこちら側の兵を配置しておけば、人の意識はいとも容易く伝染する。何かが変わったのだと。



 正直、大変だ。ショーティアはこの一ヶ月に考案した策略の数々、そして却下された無数の謀略の数々を心中で撫でてやった。


 暴力を使わない支配とは、こんなにも大変なものなのか。剣の一族とて、初めて知った。


 例えば剣王の支配する剣国で、剣王の威光を知らない者など存在しない。その剣王を倒したとなれば、即座に誰もがその者から目を離せなくなる。決闘の申し込みは後を絶たないだろうし、剣王への就任も簡単に出来る。なにせ、剣王を倒せる腕前ともなれば、剣の一族をまとめて葬り去る事も出来るのだから。


 かように暴力というのは素晴らしい役割を果たすものだ。


 人を傷付けるという側面から目を逸らせば。


 勇国民の反乱を望んでいない以上、やり過ぎは出来ない。恨みを買うのは最小限にしたい。


 しかも、勇国のシステムはそのまま温存し、次の新国のために使うのだ。脅迫として水動機関の破壊を申し伝えるが、全くそんな気は無い。


 国を支配者層のみ取っ替える。


 この難題に挑んだショーティアは、それなりの悩みと充実感を味わいながら、この日を迎えた。


 この遠征が終われば、また剣の日々に戻れる。ここしばらくは、剣を握るより作戦案の練磨にかける時間の方が長かった。楽しくなかったわけじゃ、ないんだけど。


 心の揺れを面白がりながら、剣の子は立つ。



「魔と手を組んだ4ヶ国の逆賊、勇国を討つは今!!民に手をかけぬ我らにこそ正義あり!難攻不落の勇国と言えど、我ら一丸となりて突き通せば、通らぬ道理が無い!!行くぞ!!!」


オオ!!!!


 魔国領域より、馬車群が走り立つ!



 剣の一族だけなら、もっと早くに行けるが、それでは意味がない。剣は人を殺傷する事は出来ても、事態を収める力はない。兵数によってしか、治安は維持出来ない。


 勇国王都まで、2週間と言った所か。歩兵を休ませながらなので、多少の時間は必要だ。


 それでも先行する魔法使いによる斥候せっこうが完全に成功しているので、進軍の苦労はまるでなかった。あたかも自国領地を進むがごとく、合同軍の進撃は止まらなかった。



「王都に全ての兵を固めている?」


「でしょう。王都でのみ、斥候が迎撃されました」


 あまりにも順調過ぎる進軍をいぶかしく思ったショーティアは、王都手前の街で軍議を図った。ドロウと共に。


 ここまでの全ての都市で、一切抵抗されなかった。都市長との面会を行っても、暖簾のれんに腕押し。警戒心や恐怖心も見えなかった。民は多少の怯えを見せているというのに。


 そして王都でだけ、抵抗が。当たらなかったとは言え、火砲による雨あられの攻撃を受けたとの報告が。


「なんで、勇国は必死で抵抗しねえ?そこまで敵を信じているのか?」


 ベリルには、それが最も不思議だった。


 確かにこちらの軍は略奪をしていない。だがそれは、こちらの都合。今後に差し支えが出るからしていないのであって、勇国側から見れば合同軍は侵略者でしかない。なぜもっと手前で戦わない。オウザから聞いた話では、勇国には精兵が居るはず。先日の戦いでも、ショーティア兄貴が兵の練度を買っていた。


 弱兵だから、ではない。何か、意味がある。ではそれは、なんだ。


 魔国との交渉を断った時点で、戦争の構えは十全だったはずなのに。


「・・・・どうやら、ショーティア殿のお言葉が正しかったようです」


 走り来た伝令の説明を聞いたドロウが、剣国勢に伝える。


「新機軸の部隊訓練のため、この街の防衛部隊は王都まで出張っているそうです。そして都市議会の話によれば、魔国などとの合同訓練を予定しているため、彼らを素通りさせよとの命令も下っていたそうです」


「・・・つまり。勇国は王都決戦を望んでいる」


 新たな訓練とは、恐らく口実。戦力を王都に集中させるための。そして国民を混乱させないために、こちらの軍勢が通過する事さえ事前に通知してある。


 大胆かつ最小限の被害で済ませる見事な作戦だ。勇国の大将が何者かは知らないが、これは一筋縄では行かなさそうだ。


「でもよ。これほどの計略を打ち立てられるような奴が、この戦力差で降伏しないのはなぜだ」


 ベリルは納得出来ない。


 本当に被害を最小限に抑えたいのであれば、降伏すべきだ。勇国の勝率など、万に一つも無い。ゼロと断言出来る。


 にも関わらず、徹底抗戦のための兵力集合。


 何を考えている。


「王命が下ったのだろう。王都を守れと。将軍はその指揮をしているに過ぎない」


 言ってしまえば無駄死にでしかないが。それも、兵の生き方か。


 ショーティアは少しの寂しさを覚えた。


 これだけ頭の回る奴が、魔王と手を組んだ暗愚どもの盾となって死ぬ。残念でならない。


 それもまた、戦争の常道。仕方のない事ではある。



 歩兵を休ませ、合同軍は更に二日を待機についやす。


 律国側からの連絡を待ちながら。




 律国はその失った戦力をまるで回復出来ていない。ゆえに出せるものは数少ない。


 例えばそう、剣客イルマと魔法使いハセガワだとか。


「では、行って来る」


「行ってらっしゃい」


 イルマとハセガワは、律国側から勇国へと進入、全ての関所を通らないように山越えを実行。ハセガワによる低空飛行でここまで来た。


 そしてハセガワは反対側の街で待機しているであろう魔国剣国合同軍に連絡を入れに行く。到着した、と。


 本来、ここに来るのはヴェルグだけだった。


 ヴェルグなら単騎であっても楽に勇国を落とせる。


 しかし、新王を迎えたばかりの律国の防御を手薄にするのは、いくらなんでも出来ない相談だ。


 ゆえに律国最強のヴェルグは王の側に置いておく。同じてつを踏む気はない。


 それに、勇国相手なら、イルマ単独でお釣りが来る。ハセガワはあくまで連絡要員として随伴ずいはんしているに過ぎない。オウザからも、自分の身を第一に守れと言われている。


 人目を引かないように隠れて来たので、少々時間がかかったが。無事に到着したので良しとしよう。



 そしてハセガワが帰って来た。


「あちら側は完全に準備を整えている。二日早く来ていたそうだ。予定通り、君の切り込みから始める」


「承知。一番槍の名誉、ありがたく頂きましょう」


 最も危険なはずの任務を背負って、イルマは可愛らしく微笑んだ。


 少女のようなその笑みを見て、ハセガワは背筋に冷たいものを感じた。


「・・・茶でも入れようか」


 イルマと仲が悪いわけではない。オウザの護衛として数年来の信頼をつちかって来た同僚だ。


 が、魔道を極めんとするハセガワにとって、本物の剣士の威圧感は、近距離で耐えられるものではなかった。


 イルマはそれに全く気付かず、ハセガワさんは気が利くなー、と素直に思っていた。


「決行は午前10時。馬車のピークが過ぎて、人波が落ち着いてから」


「委細承知。ハセガワさんはお怪我をしないよう、それだけを考えていて下さいね」


「分かっている。律王にもそう言って頂いた。・・・が、結界だけは張らせてもらいたい」


 これはハセガワ自身の修練。


 実戦の中で魔法行使の経験を積み、実力を伸ばす。魔獣退治だけでは、とても足りない。


 いつか魔王と戦うには。


 ハセガワに、魔王と向き合えるなどという過信は無い。そこまでバカなつもりはない。


 しかし、自身が律国魔研の生き残りである自負はある。


 志半ばで倒れた仲間のため、律王と戦士ヴェルグのサポートだけは、己の全てを懸けて成し遂げる。


 実力が足りないから伸ばす。勇気がないから、強い仲間の手助けをする。


 そうして魔王を倒す。


 ・・・絶対に許さない・・・。


 ハセガワにも、その程度の怨念おんねんはある。



「それは心強い。よろしくお願いしますね」


 イルマは一切の躊躇ちゅうちょなくハセガワの提案を受けた。


 ハセガワの結界はオウザには遥かに劣るものの、まるきり無駄でもない。火砲一発程度なら止めるだろうし、投石や弓射も防いでくれる。思わぬ怪我をする可能性が低くなる。率直にありがたい事だ。


 自分には決して攻撃が当たらないとしても。


 その気合が、心強い。



 勇国王都エストン。入場ゲート正面。


「では」


「武運を祈る」


 ハセガワに見送られながら。


 剣客イルマが歩む。



 正面入口は既に砲戦仕様の水動馬車で埋め尽くされていた。全ての水動砲が充填完了しており、いつでも放てるように準備万端。迎撃の備えは十全。


 時は満ちれり。


 イルマは涼しい顔で、敵陣の真ん前に出た。



ゴ オ !!!!


 勇国陣営は、イルマを視認した時点で複数の水動砲を放射。一個人に対しての火力では、まるでなかった。


 噂に聞く剣国の達人を想定した備えだ。



 気構えは、良かった。


 相手が、想定の遥か上の化け物だというだけで。



「ふむふむ」


 抜刀すらせず、イルマは水動機関の威力を見物していた。水動車の真横に立ちながら。


「・・・?」


 勇国兵は、数十メートル先に居たはずのイルマが、自分達の懐に入っている事実を、まだ受け入れられていない。


 誰も迎撃出来ずにいる内に、イルマは手を動かしていた。



 その抜き打ちが見えた者は誰一人として居なかった。勇国防衛の最前線に立っている者ですらが、イルマの通常の剣撃を目視出来ない。


「ふうむ。鋼板こうはんよりは堅い。しかし、実質的には対魔力防御に偏りが見られる。魔国と事を構えるつもりでしたか」


 と言うより、律国や剣国に、勇国に対しての有効な遠距離攻撃が存在しない事からこのような構造になったのだろう。


 律国戦士隊の弓矢は、水動砲を超える火力では決してない。それへの対処は基本的な車体強度で持ちこたえられるとの想定なのだろうな。


 水動馬車を真っ二つに割り開いて、ふむふむと品定めしていたイルマに、ついに勇国兵が反撃を企てる。


オオオオオ!!!


 水動機関が馬力を絞り出し、駆動音が刃を走らせる!超圧水そのものが刃を構成、斬り下ろしのスピードなど必要としない、地上に無二の絶対攻勢がイルマを襲う!!


ドウ!!


 それは火砲の発射音に似ていた。未だ悠然とたたずむイルマに向かい、刀身を構築していたはずの水流が一瞬の内に飛びかかった。


 それは水しぶきなどという悠長なものではなく、刀剣そのもの。直撃すれば鉄板すら容易に切断可能な必殺の飛び道具。


パチパチパチパチ


 柔らかく優しい拍手の音が響く。


 先ほどまで立っていたはずの場所から、一瞬にも満たぬ時間に勇国兵の真後ろに回り込んでいたイルマが、両の手で勇国兵装を賞賛する。


「素晴らしい威力ですね。当たれば、私でも危険でしたよ」


ゴ オ!


 兵はもはや、戸惑わなかった。相手がこの世のいかなる化け物であろうが、目の前に居て敵対しているのだ。ありったけの水圧砲をイルマ目掛けて、撃ち放った。


 そしてイルマも、もう遊ばなかった。



キン



 鍔鳴つばなり。剣が収まった音だ。


 イルマは勇国防御門に向かう。


 入場口に集結していた勇国兵の無数の死骸を残して。



 イルマへと結界の届くギリギリの距離で隠密に徹していたハセガワには、全てが見えていた。


 イルマの腕がブレると同時に、兵の首が飛んでいた。しかも数百人の敵兵、ほぼ全員同時に。


 ハセガワは、律国に生まれて来た自身の幸運に感謝していた。


 ・・・あんな怪物に勝てるか!


 畏怖と恐怖の入り混じった感情を飲み込みながら、イルマの後を追う。万が一には連れて逃げるために。


 そんな心配は、全く必要無いのだろうが。



「イルマ殿も、ご兄弟に負けず劣らず、尋常な腕前ではありませんな」


「出来が良すぎて困る妹です。兄弟の内でも最強に近いがために、剣国で落ち着いてはいられない」


 偵察に来ていたドロウと、ドロウに連れられたショーティアは、イルマの活躍を上空高くの特等席で見物していた。イルマもハセガワもそれに気付いてはいたが、合図もなかったので普通に作戦を遂行していた。


 もう少し。イルマが王都内部に侵入して、5分で十分か。


 そこに合同軍が乗り込み、一般兵が王都を抑えている間に、王宮を剣の一族が一気に制圧。これで一般人の血は流れにくいはずだ。


 わざわざイルマが単独で入って行ったのは、民間人の避難をさせるためなのだから。



キン


 再度の鍔鳴り。その時には、既にイルマの視界に敵は存在しなかった。


 首から上を失った敵の死体のみが、次々と転がり行く。


 運悪くその光景を目撃してしまった勇国人の中には、卒倒してしまう者まで居た。出来れば、後続の兵が介抱してやってくれれば良いが。


 イルマは地獄絵図を作り出しながら、勇国兵の集結を待っていた。



 通じない。


 知っていたはずのその光景に、勇国将軍アマホコは絶望を甘んじて受け入れるしかなかった。


 入場口に集めていた迎撃部隊が、出入り口付近に置いておいた精鋭が、人形のように手折たおられる。


 たった1人の剣士に。


「砲火を、通りに。狙いは付けず、通り一面を撃て」


 城門に向け、真っ直ぐに来る剣士を、大通りごと穿うがつ。狙っても当たらないのなら、広範囲の砲撃でラッキーを願うしかない。


 アマホコの指揮に、間違いはない。それこそ、かつて律国が魔王に対してやったのと同じ戦術だ。


 問題は、その結果どうなったか、だ。



 個体でありながら無数の砲撃を加えなければならないと思わせる敵が果たして、その砲で有効打を与えられるのか。


 難しいのではないかな。


 火砲直撃の寸前に通りを脱し、一瞬の内にアマホコの隣に位置したイルマは考える。


「どう思われますか?」


「・・・化け物め」


「失礼な」


 ここまでの30分間で、1500人ほどの首を落としていた美女はそう思った。


 城門周辺をガチガチに固めていたはずの守備兵で生き残っているのは、もうアマホコだけだった。


「では、降伏して下さい。私がこの国の人間全てを斬る前に」


「・・・・・」


「任務に忠実で真に結構な事ですが。あなたの忠誠心によって、民草は死にますよ。王族を殺すか、それとも民間人を皆殺しにするか。お好きな方を選んで下さい」


 イルマは感情を見せず、ただ淡々と降伏勧告を述べた。


 圧倒的な勝利のようにも見えるが、勇国戦力はまだその9割を温存している。正面が最も分厚いのは確かなのだが、あらゆる侵入経路を防ぐため都市内部に散らばった部隊は、ほとんどが手付かず、無傷のままだ。もしもこれらと正面からやり合ってしまったら、イルマですら疲労する。剣の一族の中にも怪我人が出るだろう。合同軍歩兵に至っては、おそらく半数が戦死する。


 イルマだから、なんとかなっているのであって。


 勇国は、通常戦力として比するなら、律国や剣国、そして魔国のそれを上回る。まともに戦争をすると、実はこちらの負け戦だ。


 ゆえに超常戦力が前に出て、勇国の士気を完全にくじいた。


 指揮権を持つ将軍を生かしたのも、こちらの被害を出さないための安全策。


 アマホコも、そこら辺が分からないわけではない。伊達に勇国戦力を育ててはいない。


 だが、イルマをの当たりにして、それでも抵抗する気は失せていた。


 こちらの思惑通りに善戦したとしよう。その時、敵合同軍は、遠慮なく民間人を狙う。こちらはそれを防がざるを得ず、敵は息を吹き返し、結果として王都は完全な地獄と化す。


「・・・降伏する。伝令を待って頂きたい」


「承知致しました」


 イルマは将軍に背を向け、堂々と戦場を去った。


 隙だらけのその姿に攻撃を仕掛けられる者は、その場には居なかった。




 3時間後。


 正式な降伏が合同軍に伝えられ、勇国は武装解除。合同軍の指揮下に入った。


 戦争は、終わった。


 そしてこれから、王族と議会の血をもって、和平は成る。

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