律国の新たな始まり。穏やかな夜。
水道局の復旧をもって、律国王都は一応の復興を見た。
あの血戦から、実に一ヶ月の時が過ぎていた。
「助かった。この礼は」
「約束通り、教導お願いしますね」
「ああ」
臨時指令所にて、ヴェルグはドサからの使者と会談を取っていた。オウザの命令によって。
オウザは先日、ついに正式な律王として即位した。
「剣と魔に散った勇士達。尊き命を奪われた全ての人々。そして不安と悲しみを拭い去れぬ皆。今日からの日々を、私にも背負わせてほしい。嘆きがあれば聞こう。喜びがあれば祝おう。共に行こう」
勇者大通りに居並ぶ超満員の人々の目の前で。
「私が新たな律王だ」
オウザは立つ。
オオオオオオオオオオオオオオオ
雄叫びが、歓声が、歓喜の声がオウザを叩く。護衛のイルマを、ハセガワを、サモンを、そして律国戦士達を、人々の声が包む。
観衆の中には、剣王ユーベルと剣の一族。魔国代表ドロウ。更には魔法王スガモの姿さえあった。彼らは律国の用意した特別席に目立つよう座っている。律国の盤石の体制を象徴させるために。
そして律国全ての都市代表も出席している。律王による全都市遊覧のスケジュール決めのため、というのが表の理由だ。
裏には、律王の威容を見せ付け、独立の気運を根こそぎ消滅させるためというのもある。王を信じさせる。王制には、それが必要なのだ。
「どうよ、兄貴。あの威風堂々」
「うん。ヴェルグ殿と合わせて、律国はまだまだ健在のようだ」
貴賓席から見渡す群衆は、オウザを畏敬の念で見ている。オウザの後ろに控えるヴェルグをも。
世界最高の戦士、ヴェルグがオウザの守り刀となる。今後数十年は、律国を攻められる国など存在しないだろう。
剣王ユーベルはあの2人と戦う自分をイメージしていた。
恐らく負ける。が。
死ぬほど面白い戦いになるだろうな。血沸き肉踊り、己の全てを出し尽くさなくては数十秒も生き残れない、そんな死闘。
うむ。引退試合は、あの2人に申し込もう。
ユーベルは決めた。
スガモはあくびを噛み殺しながら、全周囲300キロ半径を索敵し続けていた。要人が一堂に会するこの場。魔王にその気があるのなら、格好の襲撃の舞台だ。ゆえに走行の波動を探っているのだが、まるでその気配はない。
今回は来ないのか。
スガモに弟子を案じる心は少ない。メイストームの死を聞いても、おやつにとっておいた菓子が少々欠けた程度の悲しみしか感じられない。
が。スガモは自分のものに手を出されて黙っているほど、出来た人間ではない。
ヴェルグ、オウザをサポートしつつ、魔王を倒す。
魔王には、私の見立てもコケにされている。私は、倒したと判断を下したのに。
今度こそ、きっちりこの世から消えてもらいましょう。
各人各様の思いをあぶり出しながら、慰霊式と律王即位式はつつがなく終了した。
各都市、各国の代表は、新たな律王オウザを祝福し、全ては大団円となった。
勇国と魔王を除いては。
次は新造した水道局の除幕式だ。ドサの技術者を招聘して作ったピカピカの建物の前で、テープカットが行われる。これもまた大勢の国民の前で進行されるイベントだ。
オウザは常に凛々しい、きちんとした振る舞いとなるよう心がけ、この一日を過ごした。
そしてオウザは家に帰る。
と言っても、もちろん元の家ではない。もうオウザは、そこへは戻れない。律王になったから。
かつての軍修練場が存在していた場所で、王城の崩落に巻き込まれず残存した建物の内、最も強固な指令所。それが現在のオウザの住居だ。
修練場周囲には、見栄えの良い軍服を着用した護衛が何人も警戒している。生き残った戦士隊から選抜した精鋭だが・・・。正直、実力はかつての近衛の半分もない。彼らは護衛というより、王様が現在ここに居て健在ですよ、ちゃんと守ってるから国民は安心して下さいねアピールのためだけに居る。
律王を失った律国民のための、目に見えるガードだ。王を守るためでなく、国民の心を守るための。
ヴェルグがドサやアサギリの代表と会談の場を設けていた頃。
オウザは剣の一族、そしてドロウらと話し合っていた。
「なんなら、ウチからも作業員を出そう」
「良いんすか!?それは本当にありがたいっす!でも、賃金は正規のものしか出せないっすよ」
「寝床さえ用意してもらえれば大丈夫!剣国民なんだぜ」
ショーティアからの、新王城建築のための剣国での作業員募集提案。労働者は剣国から馬車で送る事になるが、寝泊まりする場所は当然必要。それをベリルは確認した。
砕かれた激突門も、応急修理が済んだだけ。出来れば早く完全に修復したい。
「結界修復のための魔法使いも、可能な限り派遣しましょう」
ドロウは、自身も加わる前提で、オウザに提案した。
「それは嬉しいんすけど。・・魔国は魔国で守りを固めなくて大丈夫なんすか?」
魔国の戦力増強は簡単には進まない。魔法使いの絶対数が増えるためには、時を待つしかない。
「国境付近で、剣の方々が守ってくれておりますから」
ニヤリ
ショーティアはさわやかに、ベリルは満面の笑みで、ドロウに応えた。
実は、警備を買って出た剣国の王族らが、国境付近の街に張り付いていた。無論、魔国との約定のゆえ、ではあるが。剣王としても、ここで子供らに実戦経験を積ませないと、対人戦闘を知らぬまま成長してしまうとの懸念もあった。ザコとの戦いは返って腕を鈍らせる恐れもあるが、実際の戦争を知らないのはもっと怖い。
剣王は、自分の過去を想う。魔軍との実戦を経験出来た幸せな日々。斬り殺して良い敵が居た、幸福な毎日。
親心として、子供らにもそれを味わわせてやりたい。
・・・真面目な話をすると。
殺した経験の無い者は、弱い。
人は内臓が飛び出ても、骨がバラバラになっても、それでも生き残る事がある。剣国内にも、腕や足のない常人はいくらでも居る。病弱だろうがなんだろうが、今の平和な世の中であれば生きられる。
そして生きていれば、反撃が出来る。
殺したつもりで背を向け逆撃を食らい、死亡。
我が子にはそうなってほしくない。これは、ユーベルの純粋な親心。
強い己と強い相手で、生を感じられる殺し合いを生存してほしい。
それだけだ。
夜。
以前なら、王都の夜は、ライトアップされた結界が街を包み込み、暖かな情景を醸し出していたものだが。
肌をなでる風を感じる。夜間はそれこそ結界に阻まれ、強風など有り得なかったのに。
この風。お前に似合いそうじゃないか?
ヴェルグは1人、勇者の墓の前でたたずんでいた。
先代律王ヤヨイ、それに勇者メイストームには一般人らとは別の墓石が用意されていた。高さ2メートルを超える巨大な墓標は、人々を見守るように悠然と立ち尽くしている。
ガ、リ
メイストームの名の刻み、その彫りの浅い箇所をヴェルグは素手で深く刻み直した。彼の名を、誰も忘れないように。
人類史上最高の偉人の名。そして、最高の友人の名を。
ヴェルグは無力感に苛まされていた。
自らが鍛え上げた兵士が、魔王に壊滅させられた。仕方がない。自分やヤヨイ、スガモ、そしてメイストーム。そういった人類の規格外でなければ、簡単に対応出来るものではない。
それでも、兵には自分が練習相手としてずっと付き合っていたはずなのだ。
おれには、教官の資質が無いのか?
近衛を、戦士隊を、惨たらしく殺されたヴェルグは、我が身を傷付けられるより遥かに深い痛みを味わっていた。
直弟子のネイキッドを失った事と相まって、ヴェルグは嫌というほど辛酸を嘗めていた。
イセが無事であったのが、唯一の救い。もしイセまでを失っていたら、ヴェルグとて立ち直れなかっただろう。
「邪魔をするぞ」
「・・・邪魔などではないさ」
ヴェルグの後ろから参拝に来たのは、剣王ユーベル。
ヴェルグを通り越し、ヤヨイの墓の前で一礼をする。そしてメイストームの前でも同じ事を。
「ユーベル。ありがとう」
ヴェルグは純粋な謝意を表した。
「それこそ、礼を言われる事ではない。友好国として結んだ仲だ」
そして、ユーベルには、勇者パーティーに対する畏敬の念があった。間違いなくユーベルより強いであろう魔王と対峙し、討伐に成功した。尊敬に値する強者。彼らに対する憧れにも近い感情は、ユーベルの修練に更なる熱を加えてくれた。
戦いたい。そう本気で思わせてくれた人間は、メイストームとヴェルグだけ。
本当に、惜しい。ユーベルもまた、喪失感を味わっていたのだ。
「今夜はイセ殿を連れて来い。少々だが、剣国の食べ物などを持って来ている」
「そうか?なら、お邪魔しよう」
ユーベルは妻を誰一人連れて来ていない(スガモと同じく、戦場になる可能性も見込んでいた)ので、相手は剣王とその子息らに限られるが。
ヴェルグは自身と妻の息抜きになるであろう機会をありがたく頂戴した。
今夜は穏やかな夜になりそうだ。
勇国征伐、一週間前の出来事であった。




