家族の時間。魔王と勇者。
魔界・・・。そう言って差し支えない世界が、今のネイキッドらの住み家だ。かつての魔城地下数キロメートルの地底。そんな想像も出来ないような場所に位置する、これまた恐ろしいほど広大な大地。
ネイキッドは一度、ユリストやユーシアと共にこの空間を隅々まで周ってみたが、一日飛び回っても全ての地形を見終える事は出来なかった。
不思議な事にユーシアの魔力、自然な魔力が充実しているはずのこの地下世界では、魔獣の姿を見かけない。
例え魔獣が生まれても、彼らは脇目も振らず地上を目指す。地下河川をたどり、土中を進み、ただひたすらに、人の沢山居る、魔獣の住みにくいはずの世界を求める。
魔獣すら住み着かぬこの土地が、ネイキッドらの安息の地であった。
ガチャリ
扉を開くユーシアの後から、両手にお盆を抱えたアニムが入って来る。ネイキッドは、それを楽しみにしていた。
ユリストから、アニムが料理を作っていると聞いていたのだ。
横たわっているネイキッドには、それが唯一の楽しみだった。
「はい。お父さん」
「ああ。ありがとう」
何気ない、当たり前の会話だが、ネイキッドは娘の声を聞く度に心が震えていた。
おれにも、家族が出来た。
「まだ痛むか」
アニムの配膳の様子を見ながら、ユーシアが聞いた。
「もうほとんど大丈夫だ。動かすと痛いけど」
「それは大丈夫とは言わん。・・・私の魔法でも、ここまで治癒が進まないとは」
「流石は勇者メイストーム。知っていた事だ。大丈夫」
気に病むユーシアに、ネイキッドは気にするなと返す。滋養強壮に良いとされる食事、つまり肉魚野菜盛り沢山オードブルをつまみながら。
ネイキッドの肉体は、治っていなかった。
魔王の結界が機能しながら、巨大化を完全に発揮しながら、それでもメイストームの刃は、ネイキッドに深刻なダメージを与えていた。
治らない。まるで呪いのように、ネイキッドの肉体は気を抜くと出血し、骨折の一歩手前まで体を痛め付ける。ユーシアが毎日の治癒を怠れば、その時点でネイキッドは戦えない体になってしまうだろう。
「多分、全開の巨大化の反動も来ているんだと思う。治りがやたら遅いのは、そのせいだろう」
そしてネイキッドは、ソファでリスティアを見ているユリストの方を向いた。
「お前のおかげで、師匠に勝てた。自信も付いた。ありがとう」
ユリストはただ薄く笑って、リスティアを抱き直した。
夜。
子供達の寝静まった時間。
大人の時間だ。
「勇国はここまでだ。次はガラ空きの剣国を狙う。剣王の首を獲る」
「勝てるか?今のおれ達で」
既に60になるかならないかという老齢。それでいて圧倒的な強さにいささかの衰えのない化け物。
間違いなくヴェルグ級の腕前だが。
「・・・やめておけ。放っておけば、寿命で死ぬ。藪をつつく必要はない」
ユーシアとネイキッドの会話を聞いていたユリストは、そう言った。
親子としての義理。そういったものも確かにあろうが。
アレに手を出せば、間違いなくこちらも誰か1人、首ぐらいは飛ぶ。
せっかく手に入れた家族を、ユリストは失いたくなかった。
「その心配は分かる。剣王ユーベルは私の記憶にもくっきりと残る実力者。だが、所詮は剣士。私なら魔法で一方的に打ち倒せる。大丈夫だ。お前達は護衛をしてくれれば、それで良い。剣を交える必要は、ない」
ユーシアは、それでも優しく押し切る。
勇国を使った策はこれでオシマイなのだ。
魔国にちょっかいを出させ、剣国、律国の実力者をおびき出す。
律国はこちらが何もせぬ内から、ヴェルグ、オウザが国を離れてくれたので、かなり助かったが。それは結果論。
今回の剣国律国合同軍による勇国討伐は必ず成功する。ゆえに次は無い。
剣王を討ち果たす機会は、今回をおいて、他にないのだ。
次なる剣王、イルマの君臨を待っても特に意味はない。やはりイルマの剣の冴えが研ぎ澄まされるだけ。
それに、勇国へと剣の一族が出張っている状況こそ、剣王が単独で存在する勝機。
だが。
ああ言いはしたが。
剣王は、魔剣士エリュティシオンと引き分けた男。
本当に、魔法だけで封殺出来るのか?
正確な所は、ユーシアにすら分からなかった。
「ユリスト。お前の父を奪う事、許せ」
「・・許せと言われても困るぞ」
ユーシアの大真面目な発言に、ユリストは苦笑を返した。
ただ。
「父ならば、恨みはすまい」
それが強者であるなら。
命ぐらい。くれるだろう。
父なら。
あの人なら。
剣国での決戦を前に、ユリストは魔剣の調子を確かめていた。ユーシアから受け取ったこの2刀。強い事は強いが、イマイチよく分からない。
そもそも、なんなんだ。この斬れ味。
自身、卓越した魔剣士であるユリストは、その2本の剣の異常さに気が付いていた。
通常、魔剣というものは、仰々しい名前こそ付いていようが、魔力強化、魔法刻印が為されている以外、普通の剣と何も変わらない。
斬る度、劣化するし、手入れもしなければ斬れ味を保てない。
名剣であろうと魔剣であろうと、それが剣の宿命だ。
しかし、動来子、植来子は違う。
幾度振ろうが、勇者の使う宝剣と刃をぶつけようが、刃こぼれもしない。魔力を通すその都度、新品になるようだ。
ユーシアには、当然、この剣の持ち出し元は聞いた。魔国の秘蔵品なのかとユリストは思っていた。でなければ、スガモが気まぐれに作った物か。
だが答えは、拾い物。
なんだそれは。
この世に2つは無いであろう魔剣を、2つそろって帯びている。その高揚感、悪くはない。ないが。
ユリストは、出自のはっきりしない物を信じるほど、能天気な人間でもなかった。
どこで限界が来るのか分からないのだ。
なので、もう一度聞いてみた。
「この剣は、信じるに値するのか。本当に」
ユーシアもまた、修練場にて魔力を開放し続け、魔力強化の鍛錬を行っている。もっと言えば、ユーシアは日常的にこれを行う。瞬間的に全ての魔力を開放し、地下王国全土に魔力を行き渡らせる。そして自身へと再循環させる。ユーシアそのものが、この魔城周域の魔力機関なのだ。
そのユーシアは、そろそろ良いかと考えた。
「それは魔剣だが。ただの魔剣ではない」
唇を舐め湿し、言い回しに気を付ける。うっかり言葉を誤れば、自分以外の家族が敵になってしまう。それはユーシアも望んでいない。
「選剣の源となる、4本の剣の内の2振り。動物の化身、動来子。そして植物の化身、植来子だ。使いこなせる人間は、この世に10人も居ない」
「選剣・・・・!」
それは、伝説の剣。
かの勇者メイストームだけに使用を許された絶対不滅の聖剣。
「同じ存在である水来子や土来子以外では、相手にならん。それだけの剣だ。・・・私は、お前なら使いこなせると見た」
「・・・・・・・・・」
ユリストは即答出来なかった。
剣の王であるユーベル、我が父ですら使いこなせない選剣の源。
そんなものを、この私が。
ユリストは、その身の内に灯る優越感に酔った。
そして飲み干した。
「だが。それは私が魔法を使えるからだ。選剣は、結局私の手元にはなく、そして扱えないのだろう?」
ユリストは父に対しての初めての勝利にも関わらず、一瞬で平常心を取り戻し、客観的に剣を見ていた。
こと剣に関し、己を見失うなど有り得ない。
そのように育てられたから。
「ああ。私にもネイキッドにも使えない。選剣は、アニムのものだ」
「そう、か」
それは予想の範囲外ではない。
だが、選剣がアニムの元に来るという事はつまり、時代がアニムを必要としているという事。
アニムは戦場を駆ける事となる。メイストームのように。
だが、その敵は・・・・。
ユリストの不安げな顔を見て、ユーシアは快活な笑顔を作りながら言った。
「アニムは私を討つのではない。勇者は世界のために戦う者。人の独占物ではないのだ」
ユーシアは、その意と心と想いを込めて言った。
「アニムの敵は、魔法王スガモ。あの者を倒し、世界に魔力を取り戻し、この世の正常を取り戻す」
「・・・本当に、勝てるのか」
スガモを相手取るに不審は無い。以前から聞いていた。
が、そのユリストはかつて単独でスガモに挑み、そして完敗した。いや、勝負にもなっていなかった。スガモの実力の1パーセントすら引き出せなかった。
はっきり言って、ヴェルグより強いのではないか。
いかにアニムが選剣を用いようと、あれは戦って良い相手なのか?
「勝てる、はずだ」
ユーシアとても楽観視は出来ない。しかし、それでもスガモに勝てないとは思わない。
過去の己と比較しても、スガモはやる。
だがそこまで。
それなら、勇者の天風を持つアニムで、確実に勝てる。
あの時、メイストームと戦った自分は、控えめに言っても今のスガモより強かった。ならば問題ない。
スガモは強くなりすぎた。
このままでは、魔に連なる者達が全滅してしまう。
天と地に成り代わり、私が誅する。
世界の守護者たる、魔王として。




