魔国会議。剣の行き先。ヴェルグとオウザ。
「補給ラインを殺すな。賊になられては面倒だ。勇国に無事に帰させろ」
ドロウは勇国兵を監視している配下の魔法使いに、勇国兵の無事の帰還を見守れ、との指示を出した。退路を絶たず、補給の馬車と共に帰るのを見送れと。
無論、魔国民に手を出すようならその場で処理せよ、とも。
本来であれば、全滅を狙っても良い。侵略者共を痛快に蹴散らし、自国兵の士気を高めるのも重要な戦略。
だが、その働きのメインは、剣国王族。彼らをこれ以上働かせては、剣王に対しての申し開きが出来ない。
彼らを便利使いする度胸は、現魔国最強のドロウにも無かった。
魔法使い達が追走するのを見て、ショーティアも魔国防衛線陣地に戻った。認識した答えと共に。
「ベリル。兄弟を集めてくれ」
「あいよ」
弟妹らは、陣のあちこちに散らばり、護衛役を担っていた。それももう要らないだろう。敵は退いた。
「私とベリルは尋問に立ち会う。お前達は魔国の方々のお手伝いをしていてくれ」
オオ!
皆からは快い了承の声が聞こえた。
王族のやる仕事では絶対にない。しかし、戦場で敵はこちらを優遇してはくれない。なら、こちらもそうする。
最も身体能力に秀でている者が運搬作業に加わる。そして肉体は鍛えれば鍛えるほどに応えてくれる。
それを現実が証明してくれる。
まあ・・・何より、とっとと終わらせて帰りたい。寒いし。なんか、この氷、ゾクゾクするし。
剣の子らは、次々にお片付けに加わって行った。
取調室内には、一般兵2名が警護として立ち会っている。別室にて話を聞いているのが、ドロウ、ショーティア、ベリル。
尋問官はドロウ配下の魔法使いが。無論、抵抗され次第取り押さえられる実力者だ。
「勇国特別攻撃隊隊長、シイナ。父は勇国議会議員を務めている」
案外と捕虜は従順な態度であった。泣きわめきもせず、怒鳴り散らしもせず。立派な態度と言って良いだろう。
「特別攻撃隊とは、なんだ?特殊任務だったのか?」
それにしては正面からの侵略だった気がするが。
「勇国特別攻撃隊とは。次代の勇国を担うエリート部隊の事だ。我々は皆、優秀な成績を収め、高い忠誠心を買われた、勇国最優秀戦力なのだ」
言い訳も出来ないほどの潰走をした軍隊の人間のセリフとは思えないが、ドロウらはその言葉を本気だと理解した。
そしておおよそを察した。
勇国内部のイザコザか、と。
彼は若手エリートにして選抜された兵を率いた名門の出。
「彼ら」を疎ましく思った者の謀略か。
面倒な。
「で、任務の目的は」
陰謀、謀略。なんでも良いが、いずれにせよ軍務として本物の動き。補給部隊が順次輸送していた程度には。
勇国側も使い潰す前提でありながら、戦果も欲した。贅沢なものだ。
「魔国制圧。そして来るべき剣国との戦に備え、砦を構築する」
「つまり、君達の部隊が魔国を抑え、同時に律国にも別働隊が向かっているのか」
律国も魔国と条約を結んでいる。律国側から勇国に攻め入り、戦争の中断を求める事は十分に考えられる。それを事前に潰す部隊が動いていて当然。
「いや?そんな話は聞いていない。動いているのは私達の部隊だけだ。後は、補給部隊の方々も動いてくれていたが」
ここで尋問官は、心中で首をかしげた。
勇国は、そこまで絶対の自信を持っている?
だが、ドロウとショーティアには、理解出来た。
なるほどな。
シイナと副官はそれぞれ別室にて事情聴取をなされた後、客人待遇にて魔国に軟禁。勇国との交渉が終わるまで、このまま。監視兼護衛は付くが、悪くはない環境である。
一夜明け、兄弟全員が招かれての祝勝会を終えた後、ショーティアとベリルはドロウに呼ばれ、作戦会議に参加した。
窓辺から差し込む明るい太陽が、魔国の今日を祝している。
「長々とお引き止めしてしまい、申し訳ありません」
ドロウは深々と頭を下げ、謝意を伝える。
援軍に来てくれた事。命をかけて戦場に突っ込んでくれた事。そして勇国の完全撤退まで、魔国にて待機してくれた事。
「いえ。こちらも魔国との連携として得難い経験を積ませて頂きました。それに下の弟妹達には、良い実戦練習となった事でしょう。我々は剣の一族を名乗っておりますが、現代では流石に戦場に事欠いております。我らを呼んで頂いた事、感謝しておりますよ」
ショーティアはあくまでにこやかに、ドロウの手を取り、強く握った。
「続いての勇国討伐。魔国領域より攻め入る事となりますが、よろしいでしょうか?」
これは質問ではなく、確認。
念のため、ではある。が、ショーティアは言葉を取り交わし、魔国側の了解を得ようとした。これを魔国が断るなど有り得ないが、それでもお伺いを立てるのがショーティア。
「無論です。可能な限りの支援をさせて頂きます」
「ありがとうございます」
無事に。ここまでで、一応の儀礼は終わった。
王族が命がけで援軍に向かい、そして救った。この事実はそのまま、剣国の威信を極上に磨き上げる。
本当なら密室ではなく、王都官邸を使って民衆の前でやりたい所ではある。だが、王都までの侵略は許してしまった。ゆえに魔国民の前では、あまり偉そうには出来ない。ドロウすら、間に合わなかったとの謗りは免れないだろう。いかに仕方のない事と言えど。
そのために、この場にはショーティア、ベリル。そして魔国の中でも、ドロウの信厚い部下と議員が参集している。
部下の前で頭を下げる事により剣国への真剣な配慮を示し、対外的には話し合いの場として機能させる。ドロウなりの努力だ。国を守るための。
「それで。勇国の方は随分素直でしたな」
全員の落ち着きを見計らい、ベリルが話を始める。
早速本題へ。
「はい。我らも意外でしたが、彼らは隠すべき情報を持たされてはいなかったようです」
特別任務。と言いつつその実態は戦争の先陣を切る一番槍。ひどく言えば、使い捨ての捨て駒。
それにしてはやたらと整った装備、補給は流石の勇国か。尋常な物量ではない。
答えたドロウは更に言葉をつむぐ。
「結論として、勇国は魔王と結び付いている。民間人や、シイナら派閥違いの人間は知らされていないようですが。律国を警戒しない、魔軍との連携を前提とした軍事行動。勇国に、魔王の上手を行く間者が居るとはとても思えません。そんな真似が可能なのは戦士ヴェルグなどの人類の例外のみ。勇国は魔王と組んだ。そう断じて良いかと」
ショーティアも頷き、同意を示す。前日からずっと考えていた事だ。
「報酬は、魔王支配下の世界での勇国の安堵。もしくは人類社会の統治権、でしょうか」
「そこら辺りでしょうな」
勇国が、完全に人類の敵に。
もしくは魔王、魔族と手を組む。
どちらにせよ、勇国を生かしてはおけない。
「勇国国民は、いかが致しましょう」
ドロウがショーティアにたずねる。これは流石に一朝一夕に片付く問題ではない。
勇国には消えてもらう。
しかし、国民までも皆殺しにする必要はない。
王と議会。それらに死んでもらえれば、それで良い。そして国名と国主を取り替える。
「ヴェルグ殿の参戦が適えば、我らとヴェルグ殿、それにオウザ殿で、勇国を奇襲する事は可能です。民衆に一切の傷を負わせず」
少し嘘。王宮に務めている者共らに被害が出ないとは言い切れない。が、押し切る。
勇国防壁など、ヴェルグの前では無に等しい。守備兵が動こうと、剣の一族が斬り払う。さすれば、王城制圧など1時間もかかるまい。
「オウザ殿とヴェルグ殿。それに我が妹、イルマらは今、こちらと同じく防衛戦。無論、オウザ殿であれば無事でしょうが」
そう、無事でもなかった。
「キンク。無事だったっすか」
「無事っちゃあ無事なのかな」
仮の王城に移るまで、オウザはいつも通り、我が家に帰って来た。兵の人気取りのためには臨時テントにでも泊まった方が良いのだが、真面目に人手が足りないし、機材も足りない。なので王都の家が無事だったオウザは、普通に帰宅した。護衛と共に。
「ウチんとこは皆、無事だったけどさ。おじさんは帰って来なかったし、隣の区は火事になっちゃったし。オウザ、ここは大丈夫なの?」
キンクは親の手伝いで周辺住民を訪問し、点呼を取っていた。その帰りにオウザと会ったのだ。
「大丈夫っすよ。攻めて来た奴は逃げたっす。それに今はヴェルグ師匠が居るっす」
「でも」
そのキンクの不安。今のオウザには拭いきれない。
実際に王都への侵攻を許した。そして民間人にまで大勢の被害者を出した。その現実を無かった事になど、オウザにだって出来はしないのだ。
だが。
「大丈夫。もう、こんな真似はさせないっす」
意を示す。
個人としてのオウザ。律王としてのオウザ。そのどちらもが思っている。
魔王を討伐すると。
ゆえに次の被害は、絶対に出ない。
元凶を始末しさえすれば。
「うん・・」
キンクは、オウザがここまで力強く言葉を発するのを初めて聞いたので、その勢いに納得させられた。
心底に不安を押し込めながら。
オウザが律王となる事を公表するのは慰霊式での話。まだ一般人は誰も知らないし、誰も気にも留めない。
オウザの家に急に客人が増えたとて、それは災いに合った避難民とみなされる。はずだ。
「オウザ。寝室の前に1人、置きたい。良いか」
「廊下は冷えるっすよ・・・。居間で雑魚寝で良いんじゃないっすか」
ハセガワの守備提案に対し、オウザは適当に返した。
もし万が一、敵襲があったとして、この家の中はガチガチに結界で固めている。生半な実力者では突破出来ない。そして強者であっても、何の抵抗もなく、とは行かない。結界を斬り裂く、破り抜く際の衝撃音で皆の目も覚めるだろう。
オウザはそこまで心配していない。
魔王と実際に対峙した事がないのもあるが。現魔王、もしくは魔軍が自分を狙うとは、オウザには考えにくかった。
ヴェルグほどの、魔王を倒しうる実力者なら。それは魔王にとって最優先排除対象だろう。だからヴェルグに護衛を付けるのは至極真っ当。
が、オウザはまだ何も実績を出していない。
律国全権大使は、戦力としての名ではないのだ。単なる使者でしかない。魔軍が狙う理由がない。
ゆえにオウザは自分の事は全く心配していなかった。なので雑魚寝で良い。護衛の負担を減らすためにも。
昔はネイキッドと同じようにさらわれると震えていたのに。いざ襲われたのが王都となれば、もう安心している。
我ながら現金なものだ、とオウザは1人ごちた。
王都周囲の警戒網が完成。兵のローテーションも組み上がった。
ここでヴェルグが動く。
戦ではなく、補給のために。
「おれの結界で編んだんで、多分大丈夫っす。でも本気は出さないで下さいっす」
「分かってる。仕事を増やしはしないさ」
王都の食料庫は、その半数を燃やされた。生鮮食品の生育している田畑や牧場はなぜか攻撃された気配もないが、倉庫群は壊滅。王城地下に備えてあった非常食はヴェルグとオウザの力によって持ち出す事に成功。少しの足しにはなるが。
王都の民の腹を満たすには、少々足りない。
ゆえにヴェルグが運ぶ。
長期的には兵が牛車を使う方向で進めるが、今は急ぎだ。アサギリとドサを回り、王都への緊急援助物資を受ける。ヴェルグとオウザの名を使い、後日へのつなぎも作りつつ。
そして最も簡単で速い輸送方法。ヴェルグが荷台を引っ張る。この方法を用いるには、ヴェルグ、オウザの王都2大戦力を使う必要があるが、数十分の事だ。その間はイルマ、ハセガワらに踏ん張ってもらおう。
それに。
恐らく、もう魔軍は来ない。
どういう侵略意図があったのか知らないが、あそこまで徹底的にやっておいて、律国を滅ぼしはしなかったのだ。ヴェルグの帰還を恐れた。それはあろうが。
あの絶対のチャンスを見逃して撤退した以上、次回襲撃は遠い。ヴェルグもオウザも、そう判断した。
ただ、それが正解かどうかは魔王にしか分からない。ひょっとしたら大間違いかも知れない。ゆえに一応、臨時詰め所に居る必要はある。兵に余裕を持たせるためにも。
「積み終わりました!」
「ご苦労。この礼は必ず」
「このぐらい、お安い御用ですよ!」
ヴェルグらの持って来た牛車用荷車に満載された食料は、王都民を1ヶ月食わせる事が出来る。それだけの時間があれば、次は戦士隊が通常ルートを用いても間に合う。ヴェルグやオウザの手が空くというわけだ。
そしてここアサギリの農業組合に務めている職員の中には、ヴェルグの教えを受けた元戦士らの姿もある。話はスムーズに進んだ。
アサギリ市長らも見守る中、ヴェルグの引っ張る荷車が空を飛ぶ。異風同道を使って強化した荷車ごと、果敢を使って走る。オウザがあらかじめ浮遊をかけていたので、重みは一切感じない。怖いのは軽すぎる事によって、引っ張るヴェルグにぶつかって壊れる事だが、ヴェルグが握っている荷車の持ち手にも異風同道はかかっているのだ。ちゃんと付いて来る。更に各荷車の連結はオウザの結晶で編み上げた魔力ロープを使う。オウザ以上の魔力か、それ以上の力を用いない限り、決して千切れない。
大型荷車を計10台連結。総重量2000トン。それを王都まで、揺らさず壊さず、10分で駆け抜ける。
オウザは師のサポートをしながら、その常識の外の業を思い知っていた。
魔法を使えるオウザでも、同じ事は出来ない。改めて、人間のレベルを超え過ぎている。そう実感した。
だが、その師より強いメイストーム師匠は、死んだ。魔族に殺された。
律王も、勇者大通りにて潰えた。つまり、戦闘状態にあったのだ。
この2人が戦ってなお、敵は勝利した。
そもそも勇者メイストームが負ける相手など、この世に居るはずもないのに。
そして戦場にはネイキッドの攻撃の跡。洗脳されて敵に回った?
なんにせよ、師匠は全力を出せずに負けた。なぜなら、勇者の天風の発動した師を傷付けられるのは、ヴェルグやスガモなどのケタの違う怪物のみ。今の魔王は、その中には含まれない。つまり、実力で師が破れたわけではない。
では、おれ達はどうする。
あのメイストームを、人類最強の男を出し抜くような狡猾な相手に、どう立ち向かう。
オウザは、まだ答えを見付けられていなかった。
アサギリからの食料は、無事に王都に到着。防壁手前に下り立ったヴェルグはそのままゆっくりと王都内に入り込み、臨時詰め所に到着。
この大量の食料を仕分けるために便利な場所であり、そして大勢の民が目に出来る位置。これで多少は物質的にも精神的にも人々に余裕を持たせられるだろう。
各市、各自治体の関係者らと連携して、戦士隊が各避難所まで運ぶ。そこからは各自治体から分配が始まる。これも適切に済ませなければ、時間がいくらあっても足りない。役人、兵には頑張ってもらおう。
丸薬を噛み砕き、茶を飲み干し。オウザと共に一息ついたヴェルグは、またも飛ぶ。今度はオウザに手を引かれながら。
次はドサ。加工食品や魚介類を受け取りに向かうのだ。
空で弟子に手を引かれながら、ヴェルグはつぶやく。
「・・・お前も強くなった」
「?そうでなきゃ、困るっすよ」
しみじみとしたヴェルグの言葉に、オウザは戸惑いながらも笑って応えた。
「おれは、ネイキッドを取り戻すんすから。魔王を倒して。協力して下さいよ、師匠」
「ああ。無論だ」
そうだ。その通りだ。
それでも。
オウザの笑顔を見てさえ、ヴェルグはこの先の苦難を、人類の危機を思わずにはいられなかった。
勇者メイストームが倒れた世界。
まだ、新たな勇者は見付かっていない。
人の希望は、どこに。




