魔国防衛。剣の一族。
ショーティアは勇国の足の早さを警戒していた。
魔国から剣国に知らせが届く前に、王都が落ちている。
確か技術立国として名高い勇国。よほど性能の良い馬車と忠勇たる歩兵を用意したな。練度の高さがそのまま戦果につながっている。
「勇国は士気高く兵は恐れを知らない。少々、歩兵を斬り飛ばしても、止まらんだろう。指揮車を狙い、一気に崩す。雑兵の相手はしなくて良い」
背後を付いて来る弟妹らにそう言い聞かせる。その後ろには、置いて行かれないよう必死で飛ぶ魔国からの使いも。
そして王都メアの領域近くで、魔国側の軍勢を発見。援護に向かう。
「ドロウ殿はどこか!」
突如として走り来た剣士数十名。全員が達人。その者達は名乗る前から、剣国の王族と認めさせた。
そして最前線に向かう。
魔国防衛軍はその総戦力をメアの手前に固め、その総合魔力で結界を構築。勇国戦力を完全に足止めする事に成功。
「戦力差は100対1、か。よくも持ちこたえられるものだ。流石は七星刀魔のドロウ殿」
ショーティアは率直な感想を述べた。一応、世辞を言うだけの知恵は持っているが、これは本音だ。
よく、これで守れる。流石としか言いようがない。
「いえ。こちらも勇国の特徴だけは掴んでおりますので」
ドロウは控えめに謙遜した。
今現在のドロウは魔国の代表と言って差し支えない存在ではある。律国とのパイプもつなぐ事に成功した。
が、相手は剣国の王族。しかも血統だけでなく、本人らの実力も父親と同じく、人外のそれ。
彼らを相手に戦果を誇れるほど、ドロウも若くなかった。
それに、結界で防いでいると言っても、正面から止めているわけではない。そんな数の魔法使いは、まだ魔国には居ない。
勇国戦力の要は、より進歩した馬車と機械砲。どちらも大型かつ車輪が無ければものの役には立たない。
ドロウは、ゆえに地面に結界を敷設。常時であれば攻撃を防ぐ結界表面でもってツルツルの路面を実現。あたかも氷土を走っているように、勇国の足を止めさせた。重量のある馬車で滑ってしまったら、ブレーキは効かず、ただ壊れるまで突進するのみ。
勇国はゆっくりとしか進軍出来なくなってしまった。
魔国はその隙に、奇襲の電撃を雨あられと撃ち込み、勇国側に更なる防御意識を固めさせた。
魔法使いが飛行可能とは言え、オウザやユリストのレベルでなければ、肉眼でも視認出来る速度までしか出せない。奇襲はあくまで奇襲。ドロウはその引き際を知っている。図に乗らず、一度の成功で牙を収めた。
深追いすれば、相手も覚悟を決めて反撃して来る。ゆえに一撃を食らわせただけで後退。相手方に、強引にでも前に出るか、それとももっと後退して結界を抜け、別の進軍ルートを開くべきか。その思考時間を与える。
考えれば考えるほど、勇国の士気は落ちて行く。
突破口を切り開けない現実と、長く向き合ってしまうために。
魔国は伊達で剣国と肩を並べているわけではない。対歩兵戦術なんぞ、数えきれぬほど持っているのだ。
だが、それは勇国も承知していたはずなのだが・・・。
「囮?」
ベリルは無意味な突撃に対し、意味を見出そうとする。
あまりにも、勇国の戦術が愚直過ぎる。きっと何かの考えの下にそうなっているはず。
「いや・・・。勇国に一騎当千の戦力はない。囮にしては数が多過ぎる。・・・どうしたものかな・・・」
ショーティアは考えていた。
敵の作戦を。敵の考えを。敵の狙いを。敵の強さ、弱さを。
ショーティアは一撃をブチ込むべき場所を考えていた。
それは敵の最も強い場所でなければならない。
でなければ、敵の足は止まらん。
「兄貴。おれらでちょいとかき回して来る。ドロウ殿と共に、敵を見ていてくれ」
「ふむ」
ベリルを含む、足の速い弟らの突撃。ショーティアはそれに一考の遅れもなく許可を出した。
もしもベリルらを討ち取れるなら、その者達は剣国ですら名を上げる事が出来る。
勇国にそのような猛者は存在しない。ゆえに突撃は、安全かつ確実な戦略となる。
突撃選抜隊は、ベリルを筆頭に防衛線の手前に待機。
「おれ、カルネ、ネヴァダ、フグが左から。ライゴウ、サンダ、ヨシフミ、リチャードが右から。とりあえず、敵指揮官を捕縛次第、戦線を離脱。撃滅は兄貴達に任せりゃ良い」
第3王子ベリル。第8王子カルネ。第26王女ネヴァダ。第33王子フグ。
そして第4王子ライゴウ。第18王子サンダ。第27王女ヨシフミ。第45王子リチャード。
これらが剣王の子息らの中でも、特に速い者達だ。
そして作戦はシンプル。敵の剣槍を避け、矢弾を躱し、親玉を捕える。それだけだ。
オ!
彼らなら、可能な事だ。
勇国前線。魔国王都を拠点にしようと考えていた彼らはしかし、目論見の崩れるのをその身で実感していた。
食料が無い。資材が、全然足りない。
いや。勇国からの補給は途切れず来ているし、戦争の余裕は十全にある。
無いのは、魔国を侵略した旨味だけだ。
こんなはずではなかった。視察に訪れた者達の言葉によれば、魔国は氷土に覆われたと言えど、まだまだ自然豊かな農土を持っているはず。それに復興も著しいはずではなかったか。
そのデータに間違いは無い、が。知っているのと実際に見るのでは全く違う。
資料では魔国の半分が氷王の手によって使い物にならなくなっている。だが、国土の半分とは口で言うは容易くとも、途方もない大きさなのだ。
勇国指揮官は、その大きさに圧倒されていた。数字では知っていたはずなのに。本当に国を潰された現実を前にすると、あまりの事に脳が追い付かない。人のスケールを超えすぎている。
そして彼は、更なる現実に襲われる。
敵援軍が現れてより遅々として進まぬ戦況ではある。
しかし、慌てる事なくゆるりと取っ組み合っていた。自然とそう出来たのではなく、意識して懸命に、ではあるが。
父祖から受け継いだ地位。それを途絶えさせぬよう、子孫へつなげられるよう、この遠征を無事に終わらせなければならない。
この若輩の指示に従っている兵卒らにも、良い思いをさせてやる必要があるしな。
が。
ふと、やけに慌ただしい陣中に気が付いた。
いつまで騒いでいる。奇襲の1つやそこらで。
彼は、自軍の練度があくまで魔獣対策に留まっている現実に、少々苛立ってもいた。
「敵襲!敵は剣士!弾が当たりません!!!」
・・・バカな。
彼は副官の伝える情報に、またも現実逃避しかけた。
「盾は何をしていた!」
この場合の盾とは、魔国魔法使いに対する魔力防御装甲を組み込んだ馬車と砲兵の事だ。
「弾を撃つ前に、射線から外れるそうです!」
???
敵は人間だろう?高位魔族ではないはず。
彼は勇国の年若い指揮官。エリートと言って良い。
だが、だからこそ母国が相手にしようとしている存在についての正確な、実践的な知識に欠けていた。
魔国の背後に居るその敵は、魔王を倒したパーティーの知己。そして魔軍と五分に戦った剣王ユーベルが直々に鍛えた愛息達。
魔王を討つのに勇者を待ち望む勇国国民が、その身のままで戦って勝てるような相手ではない。
長い間、勇者の現れなかった勇国。それはつまり、実戦から遠く離れていた事を示す。自国防衛はしていたにせよ。
そしてかつての魔王は、勇国を積極的には攻めなかった。
まるで脅威ではなかったので。
優秀な魔法使いが無数に存在した魔国。剣だけで無双の活躍をする剣国。そして勇者を送り出した律国。
だが、勇国には、誇れるほどの武力は無かった。
だからこそ、今現在の繁栄もある。それは決して悪い事ではないのだが。
戦争をするには向いていなかったのも、事実。
いつしか、彼の居る指揮所テント周辺は、やたら静かになっていた。先ほどまで、報告の兵の足音や声で大騒ぎだったのに。
副官がテントから様子見に出ようとした時。
ビュウ
「や。見る所、あんたが指揮官かな」
その男は、風を巻き起こしながら来た。副官を軽く押して、テントの中に入りつつの挨拶。
「な」
気が付けば、抜刀しかけた副官が倒れた。出血が見えないので、当て身でも食らわされたのだろうが。何も見えなかった。
「カルネ!こちらの方をお縛りして差し上げろ!お客様だ!」
その男の声に応じて、別の男が現れ、若き指揮官は抵抗する間もなくさらわれた。
その最中、目隠しをされていたのは、ありがたかったかも知れない。
情報を持っているであろう副官は同じく生かされ、さらわれたが。
陣地内は、既に血の海であった。
「とりあえず弟達は上手くやったようです」
「確かに」
防衛線の手前でショーティアとドロウは、完全に狼狽している敵の前衛を見ていた。
少数精鋭が突っ込んで10分後。敵は静かに後退して行く。
味方からは歓喜の声が湧いている。
が、ショーティアは静かだった。
「ドロウ殿。おかしいと思いませんか。敵が、弱すぎる」
「侵略者が弱兵であるに越した事はありませんが。確かに」
弱い。
ドロウが出て来る前。つまり、魔国の実力者が登場する前しか、勇国部隊の活躍は無い。
ドロウが現れて後、彼らは一切功績を上げられていない。
選抜した歩兵を先行させ、隠行にて魔法使いを刈り取る。あるいは馬車を寒冷地仕様に改装、突き進む。それとも砲の届く限りに撃ちまくり、大戦力を活かして、魔法使いを陣地ごと押し潰す。
そういった取れるはずの戦術を、全く採用しない。
寝ぼけている。そんなわけはあるまい。
一体、何を考えている・・・?
現在の勇国主力は、その陣地内安全圏に居たはずの指揮官を拉致された事により、完全に防御を固め、もはや侵攻など脳裏をよぎりもしなかった。
即ち、勝機。
「ベリル。魔国の方々をお守りしていてくれ。もちろん、お前たちの身の安全を再優先にな」
「応!兄貴も気を付けて!」
「ああ。ありがとう」
2人の会話を真横で聞いていたドロウは、あれよあれよと進んで行くショーティアの単独出陣準備に、思わず声をかけた。
「ショーティア殿?よろしければ、護衛をお付けしますが」
「いえいえ。私共は、後から遅れて来た身。動かねば、体がなまってしまいます。ドロウ殿は結界の構築維持に最善を尽くして下さい」
にこやかに、あくまで余裕を崩さないショーティアに、ドロウも気配りをそこそこで切り上げた。
武装は大剣1つ。そして彼はベリルらほどのスピードも持っていない。
これでは、的になりに行くようなものだが。
弟らの中に、兄を心配している人間は1人も居ない。
ザ
歩く。ショーティアは敵陣の真ん前を悠々と歩く。
ドン!
流石にその様を見ては、勇国も砲撃を加える。たった1人の敵を相手に大砲の弾がもったいないという話はあるが、つい先ほど十人規模の敵に好き放題やられた所だ。粉々にしても、仕返しには足りない。
そういった勇国側の思いを分からないショーティアでもない。ので、真正面から受け止める。
ドン!!
直撃。
ザ
しているのに、歩みが止まらない!
ドン!!
既に10発は打ち込まれながら、ショーティアの歩みには寸分の遅れも逸りも無い。
それは王者の運足。
この世に敵を知らない男の歩き方。
「・・・・化け物だ。逃げろー!!!」
それは指揮ではなかった。指示ですらない恐怖の怒号に、しかし兵は従い、散り散りに逃げ去った。
「流石は兄貴。剣を振るうまでもないか」
ベリルは我が兄ながら底知れない男の実力に、畏れを抱いていた。
ユリスト姉もイルマも強い。
けれど、理解出来ないのは、ショーティア。この兄が、一番怖い。
「ベリル殿。ショーティア殿は、魔法強化をされておられるのか?」
つまり、魔法剣士なのか、と。
その常識的な発想が、ベリルには羨ましく思えた。
「何も。兄は、素で砲弾を弾き返せるのです」
その答えをドロウが理解するに、たっぷり10秒はかかったか。
「・・・・・・・・失礼ですが、ショーティア殿は竜の生まれ変わりか何かでしょうか」
「かも知れません」
ごまかしているのではない。兄の威光を増すために、ぼかしているのでもない。ベリルにも分からないのだ。
あんな真似は、剣王である父にも出来ない。恐らく、地上最強の戦士、ヴェルグにも。
ただ気が付いた時には、兄は集中しさえしていれば父の木刀を受けてすら無傷で済ませていた。
明確に人間ではない。
父祖の血統に、本当に竜が紛れているのかも知れないな。
その兄はしかし、冷静であった。
砲火の勢いから分かる練度、敵の走り去る音から推測出来る身体能力、どちらも決して低くない。弱く、ない。
だが、逃げた。
兵ではないな。問題は。
上層部に覚悟か決心か、どちらかが欠けている。それが兵に伝わってしまっている。もしくは勇国指揮官の威信が足りていない。
さらわれた指揮官の奪還作戦も、行われないようだ。
こんな状態で戦争を始めたのか。
いや。
だから、戦争を始めるしかなかった?
ショーティアは、真相に近付いていた。




