終焉の時。
メイストームは、煙が晴れる前から、ネイキッドとユリストの位置を正確に把握していた。魔力がたどれるのでな。
律国側の魔法使いは、魔王が花蜜を使い次第即死してしまうので、全員を防衛に当たらせている。魔力量のケタが違い過ぎるのだ。
ヤヨイは手筈通り、近衛と共に魔王に向かった。カザマとも合流出来たので、恐らくなんとかなる。
さあ。
こちらは、1対2か。
先ほどユリストと剣を交えた律国宝剣は、既に欠けが生じている。受け流そうとして失敗。左腕を奪われた。
武器で下回り、数で負け。腕前ですら、あちらが上。勝っているものは経験のみ。
それでも、メイストームはネイキッドを殺さなければならない。
この役割を、ヴェルグに回さないために。
飽きるほどに襲い来る兵らを容赦なく圧殺しながら、ネイキッドは修行時代を思い出していた。
ヴェルグ。メイストーム師匠やオウザとの出会い。剣王との手合わせ。魔王との邂逅。
そしてユリストとの研鑽の日々。
「ネイキッド。なぜ、本気を出さない?」
「?」
何度も寸止めをされ、何度も握りを突き入れられ。
何度も負けた稽古の後、ユリストにそう言われた。
が、何を言われているのかは、分からない。
「おれはいつでも本気だ。本気でやって、お前に勝てないんだよ。おれは」
多分。ユリストの基準では、おれは本気を出していない事になっているんだろう。それはただ、ユリストが強すぎるだけなのだが。
ネイキッドは劣等感を少し刺激された。
「いいや。私はお前の本気の巨大化を見ていない」
「??」
ユリストは何を言っている。
「なぜ、一部だけなのだ。本気でやると、強すぎて手加減が効かないのか?」
皮肉・・・ではなさそうだ。どうやら、ユリストは真面目におれが本気ではないと考えている。
一部?何が。
「一部とは」
「右拳だけ巨大化。左拳だけ巨大化。私は、お前の全身の巨大化を一度も見た事がない」
「ああ。それか」
やっと得心が行った。ネイキッドは肩をすくめながらも、笑って答えた。
「全身は消耗が激しすぎるんだ。拳を肥大化させるので精一杯なのさ」
ちょっと情けない。答えてから、ネイキッドはこれも弱さの内だと気付いた。まだまだ、強者には遠い。
「・・・」
が。ユリストは、まだ納得が行っていなかった。
「最後に全身にかけたのは、いつだ」
「?・・・・・・忘れた。かなり昔だ」
10かそこらだったか。巨大化を意識的に使えるようになって調子に乗っていた頃だ。数秒で全身の体力が切れ、その日は何も出来なくなった。
それからは必要に応じて、部位ごとに巨大化をかけるようになった。そしてスガモとの修練でも、更なる集中と細やかな体捌きを意識するようになった。
「ちょっと。やってみろ」
「・・・」
言われるまま。ネイキッドも、好奇心に誘われて、全身への巨大化をかけてみた。
「・・・ユリスト。メイストームがこちらに来たなら、おれにやらせてくれ」
「ん・・・」
ユリストは、己が勇者より強いとは全く思っていない。ただ、現時点で魔剣を持っているのがこちらで、あちらは持っていない。その差でしかない。言わば、時の運。
恐らく、魔力量ではあちらが上。結界のある分、魔法戦闘ではこちらが上だが。
そのユリストと五分のメイストームの相手を、今のネイキッドにやらせて良いのか。殺されるのではないか。
「このメイストームにすら勝てないのでは、おれはどうやってもヴェルグには勝てない。一生、怯えて暮らすハメになる」
ユリストには、その気持ちが、よく分かる。
「良し。だが、危なそうなら、割って入る」
「ああ。その時はまた、お前達を目標に鍛え直すさ」
さわやかに言ってのけたネイキッドを、ユリストは信じる事にした。
生きてくれると。
距離10メートル。恐らく、向こうも気付いている。
まずネイキッドを排除。それからユリストを無力化する。
ネイキッドはそこまで速くない。確かに食らえば一発で死ぬのだろうが、それを当てる訓練をこなしていない。奴の練習相手が魔王なりユリストなりだとしたら、当てられなかったはずだ。
稽古では、止まった的に当てるのも、重要な過程。実戦を重視し過ぎたネイキッドは、その段階を踏み外してしまっている。
ヴェルグが付いていながら、可笑しなミスだが。メイストームはその隙に乗じる。
オ!!!
全速力にて最接近!!今度は手加減無しだ!
来る。
巨大化を体の奥底にみなぎらせながら、ネイキッドはメイストームを待っていた。
メイストームの接近を、ネイキッドの肌は既に知覚していた。
完全に煙が晴れれば、先ほどと同じ展開にしかならない。またメイストームはユリストに斬り捨てられる。
メイストームは、バカではない。必ず起死回生の策を思い付き、成功させる。
そういう男だ。
だから、勝ちたないのなら。
それ以上の男になる必要がある。
こう、かな。
バキイ
メイストームは、全力で振り切った宝剣が中ほどからへし折れるのを、その鍛え抜かれた動体視力でゆっくりと眺めていた。
これは・・・?
首を打ち、飛ばすはずだった剣が。逆に剣先を飛ばされている。
それに感触もおかしかった。人の皮膚ではない。まるで、異風同道を使ったヴェルグの剣と当たったような。
メイストームはフル回転する思考の結論を見ぬまま、この世に別れを告げた。
グシャ
頭上からの一撃により、潰れたカエルになりながら。
勇者メイストーム。
ここに散る。
ハアッ、ハアッ
「ネイキッド。見せてもらったぞ」
「ああ」
消耗しきったネイキッドは、ユリストから体力回復の丸薬を受け取り、しばしの休憩となった。
ユーシアの応援は、その後だ。
ユリストは震えるネイキッドの体を抱きしめ、温めていた。疲労。それもあるだろうが。今まさに師を手に掛けたネイキッドの心の震え、怯えが、表面化して来ている。
ユリストが抱いていてさえ、ネイキッドはまだガタガタと震えたままだ。
勇者に勝った事実。巨大化による攻撃を成功させた喜び。
そして己と相棒の師を殺した現実に、ネイキッドは渾然一体となった感情に、ただ振り回されていた。
ネイキッドが自分を取り戻すのに、それから数分の時が必要であった。
「スガモを呼ばれれば、復活するのでは?」
「いや。流石に、もう完全に死んでいる。いくらスガモでもそれは無理だろう。・・多分な」
氷像となったヤヨイを前に、ネイキッドとユーシアは雑談と洒落こんでいた。
3人以外、生きている者の居ない勇者大通りで。
ヤヨイが生きている。その想像の余地を残されては困るので、死の証明が必要。ヤヨイが生存しているかも知れないという希望は、ユーシアには邪魔。ゆえに、死んだヤヨイの肉体を保存しておく必要があった。
それがこの、ヤヨイの原型を留めたままの氷像だ。表皮を傷付けぬよう、丁寧に凍らせた。
全ての内臓機能が止まってから10分は経過した。これで蘇られたら、たまったものではない。ユーシアは自分を棚に上げて、そう思っていた。
「すぐに撤退しよう。ヴェルグが帰って来る前に」
ユリストは周囲を警戒しながら、作業を終えたユーシアにそう助言した。
勇者を殺した今となっても。あの男には勝てる気がしない。
「まだだ。もう1分、くれ」
そう言って、ユーシアはネイキッドの手を引き、飛んだ。ユリストもそれに続く。ユーシアほどの速度は出せないが、ユリストも単独で飛べる。かつてはスガモの拠点まで行ったのだから、当然だ。
「あそこと、あそこと、あそこ。かな」
「ふんふん」
ネイキッドの指し示す建物を認識しては、燃焼を放つ。食料保管庫、商店、水道局。この王都の生命線をズタズタにしておく。さすればオウザらが帰還したとして、こちらに復讐に来れるのは、来年以降。復旧に汗を流す必要があるからな。
その最中に、また襲っても良い。
そして大切な事は、民間人を生かしておく事。彼らを皆殺しにするのは容易い。だが、それでは時間稼ぎが出来ない。
生き残った者達は、己の生を安定させるためにあらゆる手段を取るだろう。他の都市に逃れる、王都での生活を取り戻す、他国に向かう。その過程では、どうしようもなく盗難、略奪、その他あらゆる人の業が露になるはずだ。
律国は魔王になど関わってはいられなくなる。まず自国内部の治安維持のために、数十年の月日が必要だろう。王兵は、皆殺しにあったのだから。必要な人員が育つために、さて何年かかるのだろうな?
魔王はただ効率良く人の拠点を潰しにかかった。
きっちり1分で、ネイキッドの記憶にある限りの生活必需品倉庫群は灰になった。
そして最後の仕上げだ。
「電撃」
空高く飛び上がったユーシアが一言つぶやくだけで、律国は白に染まった。天雷が走る。
火災、そして雷電の直撃により当然被害は出ている。しかし、あえてわざと荒く撃った電撃のために、生存者は思うより多いはずだ。それでも、雷を自在に降らせる魔王。そしてそれを防げない人類。その記憶は生存者達に色濃く残る。脳裏に刻まれた恐怖は、容易に恐慌につながる。
人は人で争えば良い。少々減らした所で、まだ世界には多くの人類が居るではないか。
「花蜜」
ユリストへの結界を強化した上で、王都全域に放つ。
これで王都に存在していた魔法使いは全滅。魔力が全てユーシアに吸われた以上、絶対に生き残れない。
ユーシアの手からポロポロこぼれ落ちる魔力結晶は、ネイキッドが袋に入れて保管。修行の際お世話になるので無駄にはしない。
追っ手の可能性は完全に消した。これによって、こちらの本拠地が割れる心配も無い。
全てのやるべき事を終わらせた一行は、悠々と飛び帰った。まるで、自分達のための空であるように。




