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氷土にて。ユーシアとネイキッド。

 朝メシは、何かの肉。大ガラスでない事は分かる。歯ごたえも味も違う。


 魔法コンロの火を付けて、フライパンに肉を乗せる。油をひきたい所だが、そんなものはない。ついでに言うと、包丁もない。武器として使われる事を恐れた?違うだろうな。ただ必要だと思わなかっただけだろう。


 フライパンのままテーブルに乗せて、フォークを突き刺し、そのまま食う。ナイフもなければ、皿もないのでな。


 魔法冷蔵庫から取り出したアップルジュースを飲み、食う。


 美味い。1人、もそもそ食う食事ではあるが。


 美味い。



 オウザ。


 お前は、何を食べている?


 おれは、なんだかよく分からない肉を食っている。


 オウザ。



 お前がおれと同じ目にあっているかどうか、それすら知らないが。


 オウザ。


 お前はどこに居る?






「じゃあ、ヴェルグさんの使いではなかったんすね」


「ああ。おれじゃない」


 律国王都。ヴェルグの家にて。


 ネイキッドを1週間待った後。すぐさま律国に帰還したオウザは、帰り着くなり荷解にほどきもせず、着の身着のまま、ヴェルグの家を訪れた。


 そしてこの会話には、確かに収穫があった。


 オウザにもはっきりと分かるほどに、ヴェルグの表情が真剣になった。


「オウザ。お前は何か、攻撃を受けなかったか?」


「いえ。おれが起きた時には、なんの魔力反応もありませんでしたっす。ヴェルグさんは、魔族がネイキッドをさらったと考えてるんすか?」


 2人共。常人が、例えば勇国兵がネイキッドをさらったなどとは夢にも思っていない。ひどい話だが、彼らにそのような技量は無い。


 戦士2人に全く気配を悟らせず、片方を眠りこかせたまま、もう片方だけをさらう。


 そんな真似が出来る人類は、そう居ない。


 スガモ。剣王。ヤヨイ。そしてヴェルグにメイストーム。


 他に剣客イルマなどを加えても良いが。誘拐の候補者でない以上、無意味。


 もしも剣王の指示でイルマが凶行に及んだのであれば、ネイキッドとオウザ、両方の首が気付かぬ間に落ちていなければオカシイ。よってイルマの線も有り得ない。


 とどのつまり。分からない。


「いや・・・・・。おれにも確信があるわけではない。・・・オウザ」


「はいっす」


 ヴェルグは、一度周囲の気配を探ってみた。妻のイセには、オウザが訪ねて来た時に、帰宅の祝いを作って欲しいと理由をもうけて、外に出て行ってもらっている。


 が、恐らく、イセは察していよう。2人で出国して、1人しか顔を見せに来ないのだから。ゆえにイセはまだ帰っていない。


 誰も聞いていないのをわざわざ確認した上でヴェルグが放つ言葉。オウザは、大真面目に聞いた。


「実は、メイストームが魔族から襲撃を受けている。今も解決はしていない。今回の件が、それと関係があるのか、断ずる事は出来ない。しかし。気にかかる」


 戦士ヴェルグ。偉大なる勇者パーティーの1人で、ネイキッドの直接の師匠。その言葉は、重い。


 はっきり言って、師匠メイストームが魔族に襲われようが氷王に襲われていようが、どうでも構わん。魔族が勇者を狙うのも至極妥当。今現在、そんな実力を持った魔族が実在していたのは、驚きだが。


 ゆえに、オウザは真っ先に解決策に手を出した。殺られる可能性の無い師の心配は、全くしていない。


「スガモ師匠に捜索を依頼するわけには」


「お前の気持ちは分かる。しかし、スガモは動くまい。・・・奴は、そういった思考で動く人間ではない」


 例えそれが、ヤヨイやヴェルグといった、友であっても。スガモは動かないだろう。


 これはスガモと共に冒険をしたヴェルグだからこそ分かる感覚。オウザに納得しろ、という方が難しいのもまた、ヴェルグには分かっているのだが。


「メイストーム」


「あ?」


 テーブルについて話し合っていたオウザとヴェルグ。その間の空席の1つに、突如として勇者メイストームが現れた。ヴェルグの一言で。


「なんだよ?」


 オウザは師の神出鬼没に慣れきっていたので、特に疑問もなく、2人の話を傾聴けいちょうする姿勢になった。


「ネイキッドが姿を消した。場所は勇国王都。オウザと共に宿で眠っていた時だ。おれ達は、これを誘拐と見ている。お前を襲っている者達との関連があると思うか?」


「ふうん・・・」


 つぶやくなり、メイストームは椅子を傾け、足をテーブルに乗せ。最悪の態度ながら、ヴェルグは友の頭の働きをさまたげなかった。


 足を下ろしたかと思えば、メイストームはテーブル上にあったヴェルグのグラスを手に取り、お茶を自分で注ぎ入れ、一気に飲み干し。


 そして言った。


「同一犯だ」


「どこに居るか、分かるか?」


 メイストームの断言を完全に受け入れ、ヴェルグは質問した。


「それは分からねえな。おれもアチコチ探し回ったんだが。痕跡すら、見付けられてねえ」


 オウザは黙って聞きながらも、内心では驚愕していた。


 この無茶苦茶な師に、出来ない事があるのか!!


 率直に言って、信じられない思いであった。


「行っていない所を教えてくれ」


「氷土」


「なら、そこはおれが行こう」


 オウザには、氷土なる言葉が何を意味するものか分からぬ。それでも、師匠が避けたという事実によって、常人なれば死地と化す場所であろうとは、容易く掴めた。


「そこにネイキッドが居るのなら、おれも行きたいっす。足手まといには、ならないっす!」


 オウザの言葉に、メイストームは嬉しくなったが、吐いた言葉は別物だった。


「オウザ。手ぇ出しな」


 メイストームの差し出した手に、オウザは全魔力を集中した状態で掌を合わせた。最大に警戒しながら。



 しかし。オウザの魔力は完全に打ち消され、メイストームとただ握手をしたのみ。


「これが。予想される敵の戦力だ」


 歯噛みするしかなかった。


 オウザの剣の腕は天風と相まって、達人級と言って過言ではない。


 それでも師に比べれば、まだまだ無力にも等しい。本気のヴェルグとの戦闘を想定すると、一瞬で殺される程度には。


 魔法が消されるのであれば、オウザでは役に立てない。


「オウザ。おれもネイキッドの師として、お前の気持ちを嬉しく思う。だが、ここはおれに任せてくれ。お前はここで精進していろ。帰って来たネイキッドが羨むほどにな」


 そのヴェルグの言葉は、完全にオウザを飲み込んだ。


 オウザは頷く他なかった。


「ヴェルグ」


 メイストームは手荷物の中から、ドラゴンドリンクなどを取り出した。


「のどが乾いたら、飲んでくれ」


「そうしよう。では、行って来る」


 ヴェルグは即座に旅支度を整え始めた。


「ヴェルグさん、何も今すぐでなくても。明日でも問題ないっすよ。ネイキッドはそんなヤワじゃないっす」


 ネイキッドがさらわれてより、1週間。例え賊が底無しの間抜けであろうと、殺すには十分な時間。逆に言うと、それでもまだ生きているなら、そう簡単には殺されない。何らかの利用価値を認められているはずだ。


「ああ。分かっている」


 それでもヴェルグの動きは止まらなかった。


 さりとてメイストームを見やっても、茶を飲んでいるだけだ。


「師匠・・。師匠も行ってくれるんすよね?」


「ああ?・・・ヴェルグで十分だろ」


 オウザは、キレかけた。


とん


 ヴェルグが荷造りをしながらも、オウザの肩を抱く。


「大丈夫だ。敵がメイストームでないなら。おれがなんとかする」


 包み込むような慈愛。その思いやりのこもった言葉に、オウザは我が師との差を強く認識し、涙さえこぼしそうになった。


 そしてメイストームはあたかも思い付いたから、といった風情で付け足した。


「オウザ。お前はしばらく、イルマ辺りの修練に付き合わせてもらいな」


「・・・はいっす」


 オウザは考え考え、メイストームに首肯した。


 そしてヴェルグとメイストームは頷き合う。


「オウザ。メイストームと一緒にイセの作った料理を食べて、元気を出せ。ネイキッドは必ずおれがなんとかする」


 その様に、オウザは深く頭を下げ、溢れんばかりの謝意を示した。


 家を出るヴェルグを見送り、オウザとメイストームはイセを待つ。


「オウザ」


「はいっす」


「もしもの時は、お前がヤヨイを守るんだ。ヤヨイさえ生きていれば、律国はなんとかなる」


「は・・・・?」


 オウザの理解力は、まるで追い付かなかった。


 師匠は、何を言っている。


 ・・・他国と戦争でもするのか?この国は。でもそれなら、おれも前線に。護衛は近衛の方々が居るのだから。


「この話は、ここまでだ。イセや、カザマにもこの話はするな」


「う、ういっす」


 メイストームの喋り終わった10秒後にイセが帰宅した。


「ヴェルグには、仕事を頼んだ。ネイキッドとの共同作業をな。ま、メシにしようぜ」


 あたかも家主かのような振る舞いに笑いながら、イセはオウザの帰宅祝いを作ってくれた。久しぶりの律国のメシだ。


 師とイセさんと。幸せな食事。


 ネイキッドが居ないだけで。






「ここは、どこなんだ。氷王の勢力圏だと思っているのだが」


「その通り。知っているのか」


「話に聞いただけで、分かっているわけじゃない」


 尋常ならざる氷の硬さから、そう推測したに過ぎない。


 家の外に出れば、見渡す限りの氷土。そんな地形が世界のどこにでもあるのかどうか。そこまでは知らない。ネイキッドも世界の地形を語れるほどには知らないので、言い切れるものではないが。


「言わずとも分かっているようだが。ここから逃げ出そうとはしない方が良い。凍り付くだけだ」


「なんとなく、そう思ってた」


 魔王の忠告、脅迫に素直に従う。



 ネイキッドが、1人目覚めた時。現在地を確かめるために家の扉を開けると、そこは無限の氷土だった。


 これが単に寒いだけの土地なら、ネイキッドならどこの方角を目掛けて走っても、必ず人家にたどり着けるだろう。巨大化アズマを足にかけてやれば、数百キロ程度、1時間で走破出来る。寒さ、暑さに関しても、全身に薄い巨大化アズマで足りる。本気でかけると数分しか持たないが、今のネイキッドなら、薄く長く、持久戦を仕掛ける事も出来る。


 しかし。


 ネイキッドは、この寒さに覚えがあった。だから、迂闊うかつに動けなかった。


 即ち、魔国で感じた寒さと、同じものを。



 本気の巨大化アズマなら、多分持ちこたえられる。しかし、動くべき方向が分からない。


 動けない。



「ネイキッド」


「なんだ」


 家の中。ネイキッドと魔王は、それぞれ毛布の上に座り、だべっていた。


「お前の両親を殺害した者に、興味はないか」


「・・・・・・・・」


 ネイキッドは、言葉を失った。



 両親。



 家族。



 それは、ヴェルグ。オウザ。メイストーム。


 他に家族など、居ない。


 それが今のネイキッド。



「思い出せ。お前を守って来た者達を。お前が守るはずだった人達を。お前が奪われたものを」


 ネイキッドの脳裏には、もはやおぼろげな影となった、あの家の風景が蘇って来た。


 石の箱のような住居。遊んでいた記憶しかない己。



 現れた男と、炎。



「もたらしたのは、誰だ?」


「魔軍」


 その言葉は、甘く優しかった。ユーシアはネイキッドに近寄り、触れ合いそうな距離で、ネイキッドの耳を震わせた。


「違う。ヴェルグだ」


「違う」


 否定の声は反射的につぶやかれてはいたが。


「違わん。我々の大義は、戦士ヴェルグを仕留める事だけだった。戦域を広げたのは、戦士ヴェルグ。あの男が、お前の家族を殺したのだ」


 それも、もう、出来なくなった。


「ネイキッド」


 ユーシアはネイキッドに触れた。ネイキッドの右手を両手で握った。


 ネイキッドは振り払いもせず、ただぼうっとしていた。


「私なら、お前の仇討ちに協力してやれる」


「仇討ち・・・」


 それは、幼少期のネイキッドの決意。


「お前の大願であったよな」


 これは。魔王の虚言ではない。


 ネイキッドは、物心ついてよりの自分の核を揺さぶられていた。


「ヴェルグは、強いか?」


「ああ。勇者以外には絶対に負けない。最強の戦士だ」


 この問いにはスラスラと答えられた。魔王の手に体温を奪われていようと、血肉に染みこんだ知識だ。


 戦士ヴェルグは、最高の戦士。



「なのに。お前の家族は殺された。たかが、飛竜の群れに。ヴェルグが居ながら。何故だ?」



「それは・・・」


 勝負は時の運。いかなヴェルグであろうと、戦いが終わってからでは、どうにもならん。


 平時のネイキッドなら、その程度の事は考えずとも分かる。


 だが、今は。


「戦いの邪魔になる。民間人の戦争における価値は、肉の盾である事のみ。戦士ヴェルグは、戦士の教育方針にのっとり、忠実にそれを遂行した」


 ユーシアの言葉の節々に現れるヴェルグの名と戦士という言葉。それらがネイキッドの心理的抵抗をすり抜け、心の深奥にまで入り込んでいった。


「あの男は、お前の家族が食い殺されるのを利用したのだ。戦士だから」


 ユーシアは、決してヴェルグを劣ったものとしては扱わなかった。それではネイキッドの本能の反感を買ってしまう。ネイキッドはヴェルグを深く、知っているのだから。


 ゆえに、戦士としてのヴェルグを強調しつつ、言う。



 熱い吐息が、ネイキッドの口から漏れた。興奮しているのだ。


 ユーシアはここを勝機と見た。


「なんなら私が、話し合いの舞台を設けよう。私の言葉が間違っているのなら、それで判明するはずだろう?ヴェルグと話してみろ。お前が仇だと、問うてみよ。ヴェルグを信じているのなら、それで問題あるまい」


「・・・ああ・・・」


 その無用な、無意味とさえ言える、「話し合い」とやらが、魔王によってセッティングされる。


 その意味が分かるほどの思考能力は、ネイキッドには既に残っていなかった。

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