ユーシアとネイキッド。出会う。
「・・・・トイレっすか?」
朝日の上る前に起きたオウザは、ネイキッドが隣のベッドに居ないのに気付いた。おかしいと言えばおかしい。普段なら同時に起きるのに。
ネイキッドもまた、この水動大国に刺激されて、早朝の修練を待ち切れずに起きているのだろうか。起こしてくれれば良かったのに。
顔を洗い、服を整え、とりあえず宿の周辺を歩いてみる。ネイキッドが本気で鍛えているのであれば、この街の外に居る可能性が高いのだけれど。
やはり居ない。
先に朝食を取ったオウザは、フロントに伝言メモを託し、再度の観光に出た。一日やそこらでは、とてもこの都市を歩き回れるものではない。楽しみはいくらでもある。
面白い。楽しい。感情が溢れそうになるが、溢れはしない。ネイキッドが居ないから。大笑出来ない。
おれを置いて、どこへ。
これが、師、メイストームならば、全く意外な行動ではない。あの人の思考は、読めない。
けれどネイキッドは違う。ネイキッドが何も言わずに消えるわけがない。必ず置き手紙なりなんなりを。いや。おれを起こし、しばらく離れると言うはずだ。ネイキッドなら。
夕食を食べ、宿に戻ったオウザ。ネイキッドは宿に帰って来なかったらしい。
ヴェルグ師匠、もしくはスガモ師匠からの呼び出しだろうか。それなら、まあ。それでも、理由を自分に告げず、は意味が分からない。
嫌われた、とは思わない。昨日まで普通に過ごしていたのだから。
オウザは1人、勇国王都で1週間を過ごし。
そして1人で律国へと帰還して行った。
その頃。ネイキッドは。
「オ オ オ オ オ オ オ !!!!!」
戦っていた。
巨大化を全開、敵を一瞬で消滅させるつもりで。
しかし。
ギ・・・・
動かない。ネイキッドが本気で込めた巨大化で押し込んでいるというのに。
敵は自分より上背のある女性。底知れなさは感じるものの、そこまでの強者とも思えない。
そしてそんな女に向かって、ネイキッドが本気で攻撃を仕掛けた理由。
奴の右腕が、ものすごく、ヤバい。
当人そのものより、右腕の存在感が、ネイキッドの危機感を最大限に刺激する。
現在も、本気の巨大化を受けて、微動だにしない。右腕一本で凌がれている。
何者?
「気は済んだか?」
声。冷たく透き通った、感情の見えぬ声。滅多に聞かぬ声色。
魔族、か。
ふうう
巨大化を解除。戦いの構えのまま、相手の出方をうかがう。
攻撃が効かない以上、弱点を見出すか、逃げるしかない。
「一体、何者。目的はなんだ」
素直に答えるとも思えんが。会話から相手の素性を引き出しておけば、次に戦う時に有利になる。
次があれば、の話だが。
「およそ、予想は付いているのだろう?」
女は前に出していた右腕を戻し、棒立ち。それでもネイキッドは仕掛けない。あの右腕の攻略法が分からないのでは、徒労。この敵地にて無駄な体力の消耗は誇張なく命取りになる。
「私は、魔王。魔王ユーシア」
「・・・」
それはネイキッドの予想を超えた答えであった。
魔王は、勇者メイストームと戦士ヴェルグ、そして勇者のパーティーが倒したのだから。
「ネイキッド。私はお前が欲しい。仲間になれ。世界を私の支配下に置き次第、お前の望みの全てを叶えてやろう」
静かに、優しさすら漂わせながら、魔王は語る。
「舐めるな。己の命惜しさに、屈すると思ってか。・・・いずれ、師匠達がおれの仇を討ってくれる。それを楽しみに待っているぞ」
ネイキッドは、勝機を諦めたわけではない。
しかし、相手との交渉を断った以上、生きて帰れるとも思えなかった。
「急くな。時間はある。どうだ、ここの居心地は」
「悪くはない」
確かに、ネイキッドが過ごした1週間。決して住み心地の悪いものではなかった。
この、氷王の懐は。
現在。
ネイキッドの立っているのは、全てが凍り付き時を止めた大地。
氷土だ。
硬く冷たい。ネイキッドの腕力でも、砕けない。岩石を容易に粉砕可能なネイキッドでも。これは見た目通りの氷では、ない。
連れて来られてより、ずっとこの上に居たから分かる。
魔獣の皮から作ったのであろう毛布の上に座する。着席は無防備な姿をさらす事になり、危険な行為ではあるが。立っていようと、抵抗は出来なかった。今更だ。
手元のグラスを引き寄せ、飲む。これもまた手近なポットから入れたスイカジュースだ。
「私にも注がんか」
魔王を名乗る女も、どかりと腰を下ろし、ネイキッドに向けてグラスを差し出した。
ネイキッドは特に文句も言わず注いでやった。
「乾杯」
キン
魔王ユーシアの音頭で飲む。貴重な経験ではあるか。
もしこの飲み物に毒が仕込まれていたら。もしこの飲み物を酌み交わす行為に呪術的な意味があったら。
しかしネイキッドはそれら不安要素を黙殺し、一息に飲み干した。
ここに来ての日々、流石に飲まず食わずではなかった。今までに何度も好機はあったはず。
それに。
気にした所で、飢えて死ぬだけだ。
「美味い」
「私が育てたスイカで作ったのだ。不味くては困るわ」
「お前が?」
「私は魔王。万物の王。植物すら自由に操れずに王を名乗れるものか」
その自負と気概。思わず、クワを振り回す魔王をイメージしていたネイキッドであったが、それでも脅威を感じずには居られなかった。
「・・・今更。お前なんぞが出て来て、どうなる?大人しく引きこもっておれば良かったものを。勇者メイストームに見付かり次第、お前は死ぬぞ」
魔王が生き残っていたと認めたとして。
かつて、魔将を含めた魔軍総勢で勇者に敗れたのが、この魔王なのだ。
1人で、何が出来るというのだ。
「今と昔とでは、状況が違う。かつて勇者メイストームがわずか4名の手勢で魔軍を討ち滅ぼしたように。私も、わずかな手勢のみで、人に勝つ」
「どうやって」
「仲間になるのなら、教えてやろう」
「バカめ」
自分のグラスを満たし、魔王にも注いでやる。
敵同士であろうと、ここで己が死のうと。
一度飲み交わした以上、命を取り合う友人同士。
せめて、安らかな死を祈ってやる。
「楽しい時間であった」
グラスを干した魔王が言い、立ち上がる。
「では、またな」
そして消えた。
飛んだのではない。走ったのでもない。唐突に、突如として、消え失せた。まるで、メイストームのように。
「・・・ハッタリじゃないのか?本当に、メイストーム師匠に勝つつもりなのか?」
ネイキッドは1人になった世界で、静かに疑問を口に出した。
勇者に、勝つ。
それは、不可能。絶対に無理。
それが師、ヴェルグであっても。恐らく、スガモ師匠ですら厳しいだろう。
無論、魔軍総出で負けたような魔王では、どうやっても勝てない。
・・・だから、少数精鋭で?
しかし、過去にも魔将は居たはず。精鋭を擁しながら、しかし負けたのが現実。
考えつつ。ネイキッドは、そこいらの家屋を引っこ抜いて持って来たのではないか、と思われる家の中に入った。
寝るのだ。
魔国と勇国の境。トロットンの街から北へ500キロほど。
河川が氷河に切り替わり、永遠の冬が支配する世界の中で。
ネイキッドは、誰にも知られず、眠りに付いた。




