勇国の真髄。
勇国の道のりは平和そのものだった。
出没する魔獣の数は、律国や剣国と変わりない。だが、質が違う。
現れた全ての魔獣が、弱かった。
これはネイキッドらの知らぬ事実。勇国の狩猟間隔は、律国や剣国のそれを遥かに超えている。律国であれば、1ヶ月は時間を置く。半年や1年置いても良いかも知れない。いかに魔獣が自然発生するとは言え、魔力溜まりでもなければそうそう大発生するものではない。
しかし勇国はその常識を打ち破り、週に1度の狩りに出ている。結果、魔獣の成長、増大を防ぎつつ、兵の強化にも成功している。
訪れる街々にもその感覚は読み取れた。
首都エストンに到着するまでに、狩猟団と遭遇したのだ。
驚くような実力、とまでは思わなかったが。彼らの特徴的な装備には目を見張ったし、練度の高さも確かにうかがえた。
水動機関を利用した馬車も、とても面白かった。なんとなく馬車店を見てみたが、自分達の乗っている2階建て馬車の10倍以上の値段が付いていたので、納得したりびっくりしたり。付け加えると、律国都市ドサで見かけたタイプもあった。ちなみにそれでも、かの魔力自動車に比べればタダにも等しい金額だ。・・・アレは、本当に実用化されるのだろうか?
そして。
エストン、到着。
入場チェックは、更に厳しかった。ラックはもちろん、再びの個人情報確認、そして入場チケットの配布。このチケットは、毎日エストンの役所、もしくは王都出入り口に赴き、更新しなければならない。更新がなされていなければ、罰金になるらしい。
面倒な街だな。2人の感想は、正直だった。
水門、と言っては語弊があるか。大型水動機関を利した上下動式の城門をくぐり抜ける。ここは王都出入り口から数十メートルほど進んだ先にある、この街最後の砦だ。
入場チェックの行われた出入り口とは違い、こちらの正門は戦時には城門となる。ゆえに機械式結界もここから張られている。ここに大勢の人間を待機させては即座の対応が不可能になるので、わざわざ外部にチェックのためだけの門を作っているのだ。
広い。
それが律国王都に住んでいるはずの2人の、勇国王都への第一印象。
勇者大通り並みの馬車道に、律国を遥かに上回る高層建築。律国のデパート・リオより高い集合住宅が軒を連ね、その全てに水道管が見受けられる。より高品質で、より管理の行き届いた。
宿を決めてから、エストンの街を歩く。剣国の時と同じ。武器や、この国ならではの品揃えを見たいがために。ちなみに、宿代も今までで一番高価だった。
とりあえず、武具。武装用品を見て回る事に決めたネイキッドらは、大通りから裏に回り、武具屋を訪ねた。
「すごいな・・」
「そうっすね・・・」
他の建物と同じ。武具屋も、デカい。居並ぶ商品もまた。
水動機関2個付けの水圧銃。水動機関内蔵の水動剣。あえて言うなら、魔力強化された魔剣などに比べ、明らかに大き過ぎる。重たい。兵の負担も、大きかろう。
それでも勇国では、こういった装備が主流となっている。
これら巨大化された武具の利点は、2つ。
魔法使いに頼らず作れて、魔剣士でなくとも扱える。つまり、勇国単独で製造、使用可能なのだ。
勇国とは、勇者の国。勇者が魔王を倒すまで生き残る事を至上の命題としている国。
・・・他国の全てが滅びたとしても、なお。
ゆえに魔国や剣国の存在を前提とした工業技術は、意識して除外していた。勇国の発展、発達、生存のために。
「斬れ味はどうなんだろうな?」
「んー・・・。剣速や剣圧によらず、触れるだけで斬れるタイプの剣っすね。溶接器具みたいなもんすかね?」
「なるほど。だからこんなエンジンが付いているのか」
店員にも聞いてみたが、水タンクを満タンにした状態で10分の駆動が可能。大木でも一刀両断出来るらしい。
「重たい代わりに、斬れ味は落ちない、か」
「それに、剣を振り回す必要が無いって事は、実際に消耗する体力は、こっちのが少ないかも知れないっすね」
そうか。剣士でないネイキッドは、オウザのその意見に得心が行った。
剣で斬る。言葉にすればそれだけの動作だが、しかし実戦においてその動きは思った以上に疲労する。
まず剣がすっぽ抜けないよう、しっかりと握っていなければならない。既にこれだけで、長くは持たない。剣と手を縛り付けておいた方が安心なくらいには。
そして器物、魔獣との衝突時の衝撃が、手、腕、身体に確実に蓄積する。下手をすれば、一発で腕が使い物にならなくなる。矛盾するようだが、先述した通りに剣を腕に固定していると、この衝撃が逃げず、腕が壊れやすくなる。
だから剣士は、しっかりと剣を握り締めつつ、衝撃を逃がす必要がある。
剣は道具なのだ。その商売道具をいかに上手く使うかが、剣士という職業人の腕の見せ所である。
だから、名だたる剣士を用いていないはずの勇国が、この剣を開発したのか。腕前を必要としてはいけないから。
剣の腕が要るようでは、剣国に絶対に負けてしまう。生存力でも。
「それでこっちは」
「よく分かんないっすね」
水圧銃。足元に車輪が付いている。それはそうだ。
高さ1メートルほど。重さは50キロ、と記載されている。水タンクも大型で、80リットルまで入るらしい。総計130キロか。固定して撃つタイプの、つまり大砲だな。
見本の説明書きを見ると、実体弾があるわけではなく(撃とうと思えば撃てるらしいが)内蔵水動機関にて圧縮した高圧水を、外装水動機関を用いて放出する形だそうだ。ネイキッドにはさっぱり分からなかった。
オウザの感覚では、いかにも機械的な無駄の多い機構だと認識された。
オウザのような魔法使いであれば、魔力によって出力された現象をそのまま相手にぶつければ、それで攻撃となる。機械はその出力のために、歯車、クランク、ベルト、スイッチ、レバーなどの噛み合せを用いているため、どうしてもパワーの分散は免れない。
それでも、こうして機械は勇国で大手を振って販売されている。ここにあるものは軍用ではなく、個人用、あるいは外国人向けとして存在している。
魔国の魔法使いの常軌を逸した減少に伴い、魔法文明は一時的な停滞を余儀なくされている。律国だけでは、流石に限界がある。
その間に、勇国は前に進む。単一国でありながら、その技術力は留まる所を知らない。
魔国ではない、剣国でもない勇国には、これしか出来ない。でも、これなら出来る。
勇国は、真っ直ぐに己の道を歩んでいる。
良い見学だった。ネイキッドもオウザも、知らぬ世界を知った。
この世には、剣士や魔法使いの他にも、戦士は居るのだ。
ネイキッドは再認識した。師、ヴェルグもまた、あらゆる武器を扱う戦士の中の戦士。
オウザは勇国というライバルを発見した。己と師、スガモの操る魔法具の競争相手。油断ならない。
武具屋を後にして、防具屋をのぞいてみたが、こちらもすごいものだった。
律国では簡単に手に入らないだろう高級品の数々が、普段着のように並んでいる。利便性に富んだジャケット、脱ぎ着しやすい耐火服、動きやすい防寒服。全て、人工服だ。律国や他の国であれば、獣皮や竜革を使う場面である。そこに人間の作り出した化学合成を用いる。
明確な、方向性の違い。旅に出た甲斐があったな。
そして2人は、お昼ごはんを頂く。
勇国名物、流しそうめん。これだけは絶対に食べるつもりで居た。
「おおおおおお」
「うおおおおっす」
これが。
これが、流しそうめん!
遥か彼方、かすんで見えるほどの遠方から、めんが流れて来る。コースは真っ二つに分かたれた勇猛竹で構成されている。古来、勇国の幼子はこの勇猛竹を流れるそうめんを食べて、勇者を志すという。
ネイキッドとオウザも、これを食べてみたかった。勇者を目指す2人として。
食べ放題の参加費を払い、着席。竹の長さはキロ単位であり、そのゆるやかな流れのどこに席を取っても良い。店員がちょっと手前からめんを流してくれるので。
水都勇国の実力を表す、この食事風景。無限の飲用水とそれを守り切れる戦力。恵まれた環境と人間の力。子供達は、この威風をも味わっている。
他の客もまばらに居た。最盛期はどう考えても夏なので、この春の時期に数百人の客が居るだけですごい。数百人居てまばらにしか見えない会場の広さも、呆れるしかないが。
つゆは、テーブル上にある温かいチキンスープと冷たい魚介醤油から選べる。ネイキッドは透明なチキン、オウザは真っ黒な魚介。濃度を任意で調整出来るので、薄味好きにもオススメだ。
「美味い」
「美味いっす」
繊細なめんをタフな味付けでコーティング。結果として食べ盛りの若者でも満足の行く食事となった。おかずは一口大の小魚のフライと山菜のピクルス、大ガラスのハム。
満腹になった2人はデザートの勇猛フラッペを平らげて、会場を後にした。
良い食事だった。礼を言おう、勇国!
腹ごなしも兼ねて、王城周辺の歩道を散策。お堀を回遊する魚を見ていると、どうしても先のそうめんを思い出してしまうが。
「そういえば。王の周囲は別ブロックじゃないんすね。危険回避のためなら、一番奥まった所に隠した方が良いと思うんすけど」
「そういえばそうだな。勇国の王族は、別に戦士の血統じゃないよな?」
律国、剣国、魔国。他の3国の王族は全て戦人によって占められている。律国王ヤヨイ、剣王ユーベル、真魔法極セオドーン。全員がヴェルグ並みの実力者。でなければ、魔軍と戦う事など適わず、王は王足り得ない。
魔王とまでは言わない。あれほど強くあれとは言えない。
けれど、王は強くなければならない。
より効率良く強さを極めるために、王位に在るのだから。
そう。人類の王とは、為政者の意ではない。
守護者の意。
人々の敬意を受けるだけの威を示したからこそ、王なのだ。
だが。
勇国は、少々事情が異なる。
最強は勇者であって、国王ではない。それが国是とも言うべき前提。勇者が例外の存在とされている他国とは、そもそもの国策からして違う。
ゆえに、最も効率良く勇国を発展させられる者が王となる。例えば、現在の王は今日の水動機関の応用技術を練り上げた。先代は水動機関の開発で重要な存在だった。
それら勇国に欠かせない人物を他国に流出させないための囲い込みとしての、王というシステム。これがために、王は血統ではなく、戦闘能力でもなく、技術力によって選ばれる。
そしてこのシステムの設計上、どうしようもなく、カリスマ性を得にくい。忠誠心を買う事が出来ない。
他国で言うなら、剣王を守り抜く事が出来れば、剣王はより多くの人命を救い、より多くの魔族を屠ってくれるだろう。律王も国民を守ってくれるだろう信用があるし、真魔法極には絶対的な魔法能力への信頼があった。
が。勇国王は、腕の良い技術者でしかない。下手をすれば、王が倒れればライバルが消える・・・と考える者さえ居る。ここら辺が、絶対強者としての王ではない弱みだ。
だから勇国王は要らぬ妬心を買わないために、華美な生活は控えている。王城も他国への手前、存在しているようなものだ。実際、王城そのものは大型ダムのカモフラージュだったり、地下エリアは新型水動機関の試験場だったりする。
宿でもらったパンフレットを片手に王城周囲を遊覧していると、近衛と思しき兵から話しかけられた。
「見学者の方はここまでですよ」
「はい」
ネイキッドが素直に答える。
どうやら、これ以上は無理そうだ。
2人は大人しく観覧路を歩き続ける。オウザは、首を傾げていたが。
「このパンフだと、王城城門は記念ラックが撮れる観光スポットで、立ち寄って良いはずなんすけど・・・」
そのラックを撮影するはずの場所すら、お休みの看板がかかっている。
「なんだろう。掃除か機械の修理でもしてるのかな」
「どうっすかね」
オウザの感覚では、何かある。そういう予感が働いていた。魔法使いだからとて、予知能力が身に付くわけでもないが。周囲の魔力反応の違和感を感知するぐらい、一端の魔法使いなら可能だ。
そのオウザの感覚によると、王城内部へ向けて、魔力が流入している。
色々想像は出来るが。兵に追い払われた以上、余計な詮索は不味い。
それに、メイストーム師匠とスガモ師匠に耳に入れておけば、どうとでもなるだろう。
オウザの想像では、勇国は新たな魔力機関をも作り出した。それは魔法使いを強化するためのものではなく、周囲の魔力値を押し下げるための気象機械とでも言うべきもの。
これによって、勇国周囲の大ガラスの個体の小ささなどが表面化しているのだろう。先のアレ。やっと原因が分かった。恐らく、トロットン周辺で実験していたな。最も魔国に近いトロットンで。
ただし、現時点では未完成。まだまだ魔力値は下がったと言うほどのものじゃない。オウザが全く息苦しさを覚えていないのだから。
かなり局地的な働きをする道具なのだろうと推測出来る。もしも魔国に向けて突っ込ませる事が出来れば、2国間での戦争で、勇国は優位に立てたのだろう。現在の魔国とは戦争にすらならんが。
そして律国としても、ちょっと危険だ。
これを使用されると、恐らく結界が切れる。魔力結晶を用いて維持している結界構築の魔力が一時的にでも減少すると、完全に一体化している大結界はそこから崩壊する。どこからでも魔力補給可能な大結界の弱点を突かれた形となる。
ネイキッドとオウザには、律国王への直通ラインが存在しない。以前の謁見は、完全にヴェルグやメイストームのお供だから、だ。
まあ、師匠らに会う機会がなくとも、オウザが魔研(王立魔法学研究所)にでも報告しておけばよかろう。あそこなら魔法学校時代の友人知人、先生も働いているはずなので、ツテが効く。
オウザは自分の中で結論を出した。後は宿に帰って、ネイキッドにも詳しく説明して、それでオシマイ。焦る必要は無い。
機械技術の粋はまだまだ底知れない。2人が日が暮れるまで観光しても、街の100分の1も見切れてはいまい。
オウザにはお馴染みの魔法コーヒーメーカーの水動バージョン、あるいは全く別の動力機関を備えたものも。
「こんな小さいのに、どうやって・・・」
「全然分かんないっすね・・・」
勇国は律国を遥かに超える大都市である。にも関わらず、冴え渡る技巧は留まる所を知らない。
2人が見ていた掃除機も、その中の1つ。
オウザの愛用している魔力掃除機は、一般のご家庭の片隅に収めて邪魔にならないサイズを想定して作られている。具体的には本体の縦横1メートル以下だ。
しかし、勇国産のそれは、更に小さい。ゴミを収集するタンク部分を除けば、縦横80センチ以下だ。これは収納に便利!
実際問題、律国産の掃除機は押入れには入るが、リビングには大き過ぎる。しかし、勇国産のものであれば、戸棚の一番下に入る。選択肢が広がる。
オウザはここに来て、最大の危機感を覚えた。
このままでは、律国の産業が、負ける。
ネイキッドには、馴染んだ魔力機関を内蔵した魔力レンジなどを捨てる選択肢は思い浮かばないが、それはつまり、普段使い出来る性能を持っていて適度なお値段であれば、なんでも良いという事。オウザと一緒に住んでいるネイキッドでさえ、この感想となる。
水の補給だけで利用可能な道具がもっと増えるとすれば。魔道具のお膝元である律国王都ですら、勇国のアイテムだらけになりかねない。
魔法産業は、自然、勢力を衰えさせる事になろう。
それも、どうしようもない事ではある。魔法産業が魔国と律国で発達したのも、それが便利だからだ。
より便利なものが出現すれば、そちらに流れるのが当然というもの。
オウザは、自分がこの潮流に抗おう、とは思わなかった。律国のために働くのは嫌ではない。しかし、真に律国民のためになるのは、勇国の道具なのかも知れない。
魔法使いである自分が、民のためと言い切り、勇国の産業に立ち向かう。
それは、邪念だ。
己の立場を、己の相対的な価値を失いたくないという。
普通の魔法使いならば、それも良い。自分のために出来る事をやるのは、生命として当然。
だが、オウザは勇者を目指す者。
勇者は、人類のために戦う者。
一国のために働く者ではない。
オウザは情報を持ち帰る。だが、それだけ。それ以上は勇者の仕事ではない。
勇国が伸びるのであれば、それは人類全体のためになるはずだから。
戦いなど一度も起きなかったというのに、手に汗握ったオウザは、多量の刺激を受けながら、勇国を楽しんだ。
その静かな闘志を感じたネイキッドも、頬を緩めつつ、気持ち良く眠りについた。




