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勇国入国。水の都市。

 結局、魔国での滞在期間は剣国と変わりなかった。ただし、楽しい道中とはとてもいかなかったが。


 キャンプを張る度に目に入る、凍った世界。そこを歩いていた人々も、そこにあった道も、全てが止まったまま。


 何もかもそこにあるのに、強烈な孤独感を2人は味わっていた。1人では、耐えられなかっただろう。


 寒くもないのに、2人は肩寄せ合って眠りについていた。


 でなければ、逃げ帰っていたかも知れない。自分達の国へ。



 普通の、土の路面を走らせながら、いよいよ魔国領を抜ける。勇国との境だ。


「安心・・」


「全くっす・・」


 2人の安堵の理由。


 食料が、半分を切っていた。


 事前に承知していたため、剣国で満載した食料。魔国では一切補給出来ないと考えていた。が。


 予想以上だった。


 旅の行程そのものは今までと変わりない。2人の消費量もほぼ同じ。


 では、何が違うのか。


 魔獣が、全く出現しなかったので、猟も出来なかった。つまり、食料の購入はおろか、現地調達すらままならかったのだ。


 これは無論、氷王の影響だ。氷王が凍らせた大地は全てが氷王の支配下にある。下位の魔獣が近寄るはずもなかった。剣国、あるいは勇国との境に入ってやっと出現する有り様だ。


 馬車を引く従魔も、オウザの生み出したモノでなければ、怯えていただろう。


 各国からの復興支援が、なぜ軍を使っているのか、よく分かった。ちゃんとした補給が無ければ、共倒れになる。



 そんな困難も、もう終わりだ。


 勇国イレイビア、入国。


 人類史上最多の勇者を輩出はいしゅつした、勇者の生まれる国。そして機械文明隆盛の人口最多国でもある。


 が・・・。


「ネイキッドさん。律国王都イチョウ市ササノセ区5番地。ご住所はオウザさんとご一緒で」


「はい」


 入国には、少々、時間がかかった。


 剣国から魔国、あるいは律国から剣国への出入国の際には行われなかった、入国検査だ。


 個人情報の聞き取り、個体情報の蓄積。住所、年齢、職業、それに名前、保護者等。それから身長や服装、鎧兜などの外観特徴の収集。そして。


ボン


「オッケーです。もう動いて大丈夫ですよー」


 軽い爆発音。


 今ネイキッドは、係員に身動きしないで、と言われて、白い壁の前で立っていた。


 そうすると、係員の操作する機械によって、爆発が起きた。


 とっさに巨大化アズマを発動しかけたが、なんとかこらえた。


 係員が機械から離れ、ネイキッドの目の前に縦横10センチほどの紙を提示する。


「どうですか。ちゃんと撮れてますかね」


「へええ」


 ネイキッドは、こんな風に自分を見るのは初めてだった。姿見、鏡では何度も全体像を見ているが、自分の姿を「止められた」のは初めてだ。


 ネイキッドの完全な立像。後ろの壁に引かれた線は、身長を分かりやすくするためか。


 次のオウザも自分の立像を興味深く見ていた。


「この機械のテーマパークも勇国にはあるんですよ。ぜひ、お立ち寄り下さいね」


 入国管理、と同時に客引きか。一挙両得とはこの事だな。


 ラック、と言うらしい。この紙。


 人や物、景色の全てをそのままに留めおく事から、植物魔法、拘束ラッカから名前を取り、ラック。


「このラックはお渡し出来ませんけど、王都ではいっぱい記念写真が撮れますよ」


 そんなこんな、時間はかかったが、和やかな雰囲気ではあった。



 そして無事の勇国入国。初めての検査に驚きつつ、勇国を楽しむ。


「自分が普通の人間でしかないって、よく分かるっす。すっげえホッとしてるっすよ。今」


 オウザは従魔を操りつつ、非常にリラックスした顔だった。


 ネイキッドも完全に同意する。


「全くだ。魔国の冬を味わった後の、この暖かな勇国。おれも心からホッとしている」


 初めての二人旅。戦力的に危ういものなど、何も感じていなかったはずなのに。


 人里に来れて、ものすごい安心感を味わっている。


 師匠との旅では、こんな感覚になった覚えが無い。


 こんなにも、自分は、子供だったのか。


 分かっていなかった。



 師には及ばずとも、もう一端いっぱしのつもりだった。


 どこの国でも通用すると思っていた。


 ところが、ただ馬車で移動していただけで、動揺しきり、不安にさいなまされる。


 一般人ではないか。これでは。



 勇国最初の街、トロットンにて宿を取る。


 ここでも入場時にラックを撮られた。今度は馬車に乗ったままの姿でだ。


 日に何百、何千という人間が行き来するだろうに。よくも管理出来るものだ。置き場に困らないのか。



 砂地をゆっくりと馬車を止める。ネイキッド、オウザの見て来たここ勇国の通路、道路といったものは、ほとんどが固められた砂の大地だった。


 元々、砂に覆われた土地ではない。この大量の、無限の砂は全て、海辺から持って来たものなのだ。


 これが、勇国の底力。全土に渡り、海からの大量の砂を運び入れ、整地している。生半可な国力ではない。



 シャワーを浴びるネイキッドは、周囲に散らばるボタンを見るでもなく見ていた。体に水滴をまとわせながら、適当に押してみる。


ブオー


 風が吹く。換気扇のようだ。もう一度押して解除。


 やはり、備え付けの説明書きを読まないと、ちゃんとは操れないようだ。こんなものを毎日使うとは、流石は勇国。


 風呂上がりのネイキッドは、無意味に窓の開閉ボタンを押したりしているオウザに声をかけた。


「上がったぞ」


「おうっす」


 入れ替わりにオウザが風呂に。


 夕暮れの勇国は、不思議な街並みだった。宿の2階の部屋からの眺めでも、それがよく分かる。


「変な街だ」


 つぶやくネイキッドの眼下には、本当に不思議な世界が広がっていた。


 律国とはまた違った意味で、結界のようなものが張られている。律国の結界は通常時は目に見えない。夜間になれば照明に照らされ、魔獣の襲撃を明確にする働きがある。魔法使いの感知能力だけに頼らず、一般兵の目視による警戒能力も引き上げているのだ。


 それが、ここ勇国では、少々趣きが異なる。


 ドーム状。律国の結界と似たような天井が張り巡らされた世界。ただし、金属製、か?泥土による構成ではなさそうなのだが。


 光沢こうたくのある天が、地上から20メートルほどの高さにある。これはトロットンの街の出入り口まで続いている。つまり、商店街や宿や民家の全てが、このドームの中に存在しているのだ。


 そして工場や農地ごとに小型ドームが別れており、万が一の火災や虫害の際に被害を最小限に抑える構造になっている。


 律国の場合、全ての土地、建造物を一緒いっしょくたにまとめて結界入りさせてある。膨大な魔力結晶を必要とし、多くの魔法使いを使う事になるが、効率は良い。区分けされてあれば、どうしても移動時間を食う。それが律国では最小限で済む。一度設置してしまえば、後は最低限の工数工員で事足りる。


 そして勇国ではそのロスを買ってでも、安全性を取った。あるいは、生存性を。


 ちなみに剣国では、このような防御策は無い。戦える者全員が剣を取り、敵が現れれば斬る。それだけだ。


 逆に魔国は律国をはるかに上回る、対魔軍を想定した世界一強固な結界を全土に張り巡らせようとしていた。氷王の出現までは。



 そして。


 この人工天井に覆われた街では、当然明かりも人が作らなければならない。だが律国にすら劣る魔法使いの人数では、全都市を輝かせるなど、土台不可能。


 ゆえに、道具を使う。


 各都市部中央区画に、ダムを建設。大量の水をたっぷりと貯蓄する。そして排水路に、水流の勢いを利した回転動力機関を設置。これにより、水源が途切れるまで無尽蔵のエネルギーを取り出す事が可能となった。


 勇国は大勢の勇者を輩出する勇者の国である。


 しかし、同時に、勇国全土に水流機関をようする、世界に例を見ない大水動国でもあるのだ。


 だからこそ、勇国では産業が発達しやすい。


 大量の水を必要とするからこそ、水路や水源の維持は絶対に手を抜けず、土木工事の技量が跳ね上がる。そして水流機関の発達に伴い、様々な新技術の開発が推奨、推進されていった。


 各都市で競い合うように技術は伸びゆき、そして王都にて結集し、勇国の純粋機械技術は、世界最高に到達した。



 トロットン。それは勇国と魔国の境に位置する小都市でしかない。にも関わらず、ネイキッドの見る街並みには完璧と言っていいほどの勇国らしさが漂っていた。


 街中の至る所を走る水道管。それは街の景観に沿うよう落ち着いた色合いに塗装されている。人の皮膚下に常時ありながら、決してそれを意識されない血管のように、この街を維持するため働いている。


 たくましい。ネイキッドは、そう感じた。


 ネイキッドではとても理解出来ないような複雑な配線を駆使し、限りなく効率良く配備されているはずの勇国の知性の結晶に、しかし強さを感じ取った。


 仮にネイキッドがトロットンを落とすとして、それは真正面からの攻城戦になる。無論、指揮系統は存在しているのだろうが、頭を潰しただけでは、この都市は落ちない。先に述べたように、大ブロックとして産業が区分され、更に街の構造としても細分化され、一気に全滅する事のないように設計されている。


 勇国は、単なる産業都市ではない。


 魔軍との戦争を想定した上での技術立国なのだ。


 勇者が魔王を討伐するまで、生き残る。その覚悟がある。


 強力な魔法使いや達人級の剣士は居ない。が、勇国は、しぶとい。


 ある意味、律国と似ているか。ヴェルグやメイストームが居なかった頃の律国と。



 風呂を上がったオウザと共に、ジュースを飲みながら夜の勇国を眺める。


 街中の水道管が暖かく灯りながら、人々のガイドラインの役目を果たしている。


「これがお祭りじゃない、日常の風景。聞きしに勝る、大国っす」


 魔法使いとしての工業技術もかじっているオウザは、ネイキッドより更に深い部分で感銘を覚えていた。


 そのオウザの感動を、触れるような近さに居たネイキッドも把握していた。オウザが驚愕に近い感情を見せるという事は、やはりネイキッド自身の感慨も勘違いではなかったのだ。


 勇国は、伊達ではない。


 学べるものは、大だろうな。



 魔国で消耗した食料を補給しつつ、トロットンの街並みを味わう。


 馬車道は完全二車線にラインが引かれ、機械による統制もなされていた。交通誘導を人間に任せている律国とは、少々技術レベルが違うようだ。


「この棒が下りていれば一時通行禁止。上がれば行って良い。分かりやすいな」


「分かりやすくないと、走っている馬車上からは視認出来ないっすからね」


 とは言え。この整然とした街並みは、尋常ではない。


 街角に必ずあるはずのゴミや汚れが、ほとんど存在しない。こんな光景は、律国王都ですら不可能。人が増えれば、それに伴って汚れは出るものなのだから。


 その理由は、街を移動していれば、すぐに分かった。


オォォォォオオ


警鐘けいしょうなんだろうな」


「多分っす」


 昨日、この街に到着した時にも聞いていたこの音。ちょうど、今のような日暮れ。


 実際に鐘の音がしているのではない。人々のざわめきより大きい動物の鳴き声のような何か、が鳴っている。魔獣でもなく、工場音でもない。だからこそ、この音なのだろう。


 そしてこの音が鳴ると同時に、馬車道や歩道への進入が禁止される。数分後、完全に無人化した道路へ、放水がなされる。水道管は周囲に無数にある。それを能率よく上方から下方へ。完全にコントロールされている。それら大量の水は道路を清掃した後、道路脇の排水路へと流入し、街の外部ドームにある下水道処理施設にて浄化され、海に還る。


 もちろん。最初から、このような高度な都市設計だったわけではない。水を利用したシステムを前提に置いた以上、こう進むしかなかった。そして勇国はただひたすらに頑張って来た。生き残るために。



 見事な水彩都市を見物し終えた2人は、水都を後にする。本来、このような真似はするべきではないのだが。


 夜行だ。


 2人はこの旅で初めての、夜更かしをする。



 星明かりを頼りに街道沿いを真っ直ぐ。薄っすらと光る街道の敷石しきいしが導線の役割をしてくれている。これもまた勇国科学の生み出した光石だ。魔力による光ではなく、小型の水動機関が光を生み出している。道路脇には水タンクも。


 魔族はなぜ、これを襲わない、破壊しないのだろう?戦人である所の2人はつい疑問を持った。一々修復していては、流石に手間だろうに。


 実は勇国関係者でなければ、これは極普通の疑問。皆、そう思う。


 がっかりさせてしまうかも知れないが。


 答えは、勇国すら知らない。


 魔族が、この機関や敷石を意図して襲った事は、全く無い。無いから、勇国もまた全く無防備にこれらを設置し続けている。


 魔軍なら、魔王や上級魔族の指揮によって破壊工作ぐらいはする。しかし、通常の魔獣に、人の有利、有益を損なおうなどという知恵は薄いと断言して良いのだろうな。


 魔獣が、人工物をあえて壊す必要は、無い。食い物ではないのだから。魔力の充填じゅうてんされてある魔力結晶との最大の違いは、そこだろうか。


 中に、人(食物)が入っていれば、話は別だが。中身は機械と水だけ。よほどの砂漠地帯でもなければ、恐らくはこれからも狙われないのだろう。



 そんなこんな。夜道を行く2人の目の前には、せっかくの獲物を襲おうという勇敢な魔獣が姿を見せた。


 大ガラス。体長3メートルほどの小型。


 おかしいな。ネイキッドは疑念を抱いた。


 この自然豊かな勇国であれば、それなりの、10メートルサイズでも不自然でないのに。


 巨大化アズマを一瞬だけ発生させて、大ガラスをひねり潰しながら、小首をかしげるネイキッドであった。


「うーん。夜に大ガラス?」


 馬車に戻ったネイキッドを迎えたオウザも、疑問をつぶやいていた。


 夜。いくら敷石が発光していようと、それだけを頼りに飛行するなど、無茶も良い所だ。


 2人は今の戦闘のおかしな所を話し合いながら、旅を続けた。



 向かう先は勇国首都。エストン。

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