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魔国。氷王の爪痕。勇者の悩み。

 剣国と魔国の境。剣の街、ピアスにて宿を求める。


 王都ブレイズを発ってから、既に2週間が経過していた。行く先々の街で必ず剣闘を挑まれるのはウンザリしたが、それも慣れてしまった。中には、オウザに迫るレベルの剣士も居たので、刺激にもなった。


 オウザの新しい剣は、まだ実戦では使っていない。素振りでの練習にしか。


 オウザの実感としては、本気で振るえば、山に風穴を空けるぐらいは出来そうなので、あまり使い所もない。それこそ、魔将レベルの敵でもなければ。


 そして柔らかな剣の扱いの修練としては、未熟者らとの試合は打って付けであった。ゆえに、オウザは申し込みの全てを受け、無傷にて叩きのめしていた。


「いよいよ、魔国っすね」


「ああ」


 両者、口には出さなかったが。実は緊張していた。


 魔国を襲った2体の魔獣。魔獣ザルグムと氷王。


 剣王級であろう真魔法極が命を懸けなければ撃退出来なかったレベル。


 今の自分達では、少し荷が重い。



 もしも、氷王と出会ったら。


 どうなる。



 冷たく寒い世界に踏み込む2人の吐息は、熱く。



 魔国に入る。


 まだ国境が見えている段階なので、気候に変化はない。


 今日の内は大丈夫か。



 律国、剣国と通り過ぎて来て、そのどこもが過ごしやすい気候だった。なのに、なぜ魔国では冬支度が必要なのか?


 氷王の襲撃以降、魔国が永遠の冬に閉ざされているからだ。


 炎王の歩む所が必ずドロドロの溶岩になるように。氷王の進む道は、全て氷河と化す。


 解くには大量の魔法使いが必要だが、既に殺し尽くされた。スガモが出張れば一発でなんとかなるが、スガモはお人好しではない。何の得もなく動く事は有り得ない。


 結果、魔国は数千、数万年をかけて、ゆっくりと元に戻すしかない。


 律国、剣国、勇国全ての魔法使いを合わせても、魔国の元々の総力の半分にも満たないのだから。



ひゅう


 風が冷たくなってきた。


 魔国に進入してから、1週間。街道沿いの街々は小さいものばかりだったが、それなりに人々は生きていた。見るからに凄惨な暮らしなどは、見当たらなかった。


 ただ、ここからが本番。


 魔国、王都。メアの領域に入る。



 凍った栄華。止まった繁栄。


 ネイキッドとオウザの目の前には、人類の歴史がその姿を留めたまま、残酷な歴史記念碑として現れた。


 街も植物も動物も人間も。全てが氷像になっている。


 立ち入り禁止のロープの外から、遠巻きに眺めてみるが。


 あまりにも、酷な光景だ。



 王都周辺。人々が復興作業をしている周囲にてキャンプを張る。少しずつ少しずつ、氷を溶かしているのだ。


 ちょっとした結界を張って、ネイキッドとオウザの2人きりになった所でお喋りを始める。


「氷王の仕業なのは分かる。スガモ様でもなければ、人間業じゃあない」


「そうっす。例え師匠でも無理っす、こんなの」


「でも」


「なんで、王都は原型を留めているのか?っすね」


「そう」


 氷王。


 世界に名を轟かせ、メイストームの健在な今なお生き残っている、最強の竜。


 魔国の全てが氷雪と化していて全く不思議はないのだが。


「おれは、真魔法極様がなんとかしたんだと思うっす」


「なるほどな・・」


 魔獣ザルグムを追い払うだけでなく、せめて表面凍結だけで済むように、守ったのか。


 死してなお。


 戦士ヴェルグや剣王ユーベルと並び立つ名。伊達ではない。



 ちなみに、氷王が在住しているであろう土地は、こんな程度の氷河ではない。ヴェルグやメイストームですら、その地に立ち入った事はないのだ。スガモならあるいは、と思わせるが果たして。



 本来、普通のキャンプでは凍えているだろうが、オウザの結界は意識的に温度調節ぐらいはこなせる。燃焼(ロウガ)を使うまでもなく、杭に仕込んだ魔法結晶の反応だけで結界内の自在操作が可能。というか、そのための仕込みだ。


 勇者の弟子であり、当代一の魔法使いの教えを受けた男だ。スガモの足元・・・とまで言わずとも、その片鱗は見える。



 その結界の中で、馬車の2階で、2人は明るい月夜を眺めていた。


「手伝わなくて、良いのかな」


「・・・」


 ネイキッドの問いに、オウザは答えを持ち合わせていなかった。



 手伝いとは、無論、復興の手伝い。


 魔国再建の。



 通りすがりの旅人なら、考えるまでもなく、素通りで良い。


 だが、勇者は。


 こんな時、勇者はどうするんだ。どうすれば良いんだ。


 現在、窮状(きゅうじょう)にある人間を放っておいて良いのか。


 それが、勇者なのか。



 旅に出る前、こんな事は一切考えていなかった。他人事だと思っていた。事実、魔国と2人は縁もゆかりもない。


 だが今、この地に2人は居る。



 勇者とは。


 なんだ。



 少なくとも、2人にとって、混迷にある現状を放り出すのは、勇者のやる事ではない。


 メイストームが、当時の最悪の事態、魔王に立ち向かったように。


 今の世の中での最悪と言えば。


 やはり、魔国か。




 翌朝。


 朝食を腹いっぱい食べた2人は、共通の思いを抱えながら、メアを回った。


 魔法作業機械にて氷を切削、強大な魔力から引き離し、川に移送し、廃棄。自然に溶けるに任せる。そんな魔国の日常風景を見て回った。


 氷河に覆われていない土地では、魔国に現存する最高クラスの魔法使い達自らが農地を耕し、工場を動かし、道路を作っていた。


 時には律国の装束に身を包む者達も見かけた。復興支援部隊だ。



 回り回って、2日目の夜。


「オウザ。おれは決めた」


「・・奇遇っすね。おれもっす」


 ネイキッドの意思のこもった声に、オウザは微笑みながら応えた。


「おれが勇者を目指す男であるなら。魔国を見捨てたりしないはずだ」


「おれは魔法使いとして、世のため人のために役に立たないといけないっす。けど、律国には魔研の人達も居るし。ここで魔国の役に立った方が、最終的に人類のためになるような気がするっす」


 ネイキッドは戦士として律国に帰ればそれで良い。戦士のやるべき事は、防衛。律国で真っ当に戦士をやっていれば、それで十分。


 だが、オウザは魔法使い。この世の理(ことわり)に近い存在。魔法使いは自身の魔法を磨き続けるか、国家レベルのプロジェクトに関わっていた方が健全だ。


 そして魔国の再建は、この世界のパワーバランスを健康的に保つはず。少なくとも、もうちょっと魔法使いの数を増やして良いはずだ。


「勇国を見物して、帰国したら。師匠らに話してみよう」


「そうっすね」


 ここで黙って手伝いに加わるのは、流石に無理だ。魔族のスパイと思われるのも、面倒だし。まあ、魔王亡き今、そこまで高度な知性を持った魔族が居るかどうか、怪しいものだが。


 この世界で危険なのは、ほぼ氷王のみ。あと、スガモ。この2大巨頭がヤバい。



 2人は熱の冷めやらぬまま、眠りについた。





とん


 1人の足音が、魔族の集落の中に唐突に現れた。


「やっと見付けたぜ。おれ様をここまで引き釣り回して、タダで済むと思ってねえだろうな」


 輝く光の鎧。腰に差したるは無双の聖剣。


 勇者メイストーム、フル装備状態。


 完全な臨戦態勢で、彼は無力であるはずの魔族らに問うた。


「最近こそこそ動きまわってるのは、てめえらか?違うなら、心当たりを喋れ。そうしたら命までは取らねえ」


 魔族領の奥深く。更に言えば、地域の魔力量も生存ギリギリで、弱者しか生きられないような僻地(へきち)。


 そこに突然現れた最悪の仇敵(きゅうてき)。


 居並ぶ魔族らは、絶望に身を震わせるばかりで、口も聞けなかった。


 が。



パシィ


 勇者に攻撃が仕掛けられた。走行(ルナ)だ。ただ、メイストームが防御に回るまでもなく、鎧だけで完全に止まってしまって、完全なノーダメージではある。


「ふん?」


 メイストームはその場の魔族共を一掃・・・しなかった。攻撃を仕掛けて来た地点を探っていた。


 しかし、分からない。今までと同じだ。


「お前ら。今の奴だ。覚えは無いか?」


 メイストームは先の攻撃を一切意に介さず、尋問を続けた。


 だが、魔族らは突然に始まった戦闘にも、勇者の質問にも、何にもついて行けていなかった。


 その様子を我が目で確かめたメイストームは、またも空振りであったと認めざるを得なかった。


 自身にかけられている燃焼(ロウガ)や拘束(ラッカ)を完全に無視しながら、自問自答を深めていた。


 ここでこいつらを全滅させるメリットとデメリットを計算していた。


 情報源を失うのは、痛いか。


「邪魔したな」


 勇者は現れた時同様の唐突さで、突如として消えた。



 魔族らは、なぜか生き残れた幸運に溜め息をつきつつも、やっと去ってくれた脅威を疑問に思った。


 勇者メイストームの強さなら、1秒以内に集落ごと消し飛ばされている。なんで、殺されなかったんだろう。


 そして、幾度かの魔法攻撃。


 誰がやった?


 今は誰も魔法を使う余裕が無いはずなのに。


 皆で蛮勇をいさめようと魔法行使者を探してみたが、そんな真似をした者は居なかった。




「よう」


オッ!


 ヴェルグの素振り中に現れたメイストームは、その剣閃を見物しながら挨拶した。


「よう」


 ヴェルグも剣を収めつつ、軽く応えた。数えきれぬほど交わしたやり取りだ。


 そしてヴェルグは、次の言葉を継がないメイストームに、事態の進展を感じ取った。


「何が起きている」


「分からねえ」


 直截(ちょくさい)に聞いたヴェルグに、メイストームも直截に返した。


「数ヶ月前からか。ちょくちょく、攻撃を受けてる。知ってる魔法も、知らない魔法もかけられた。数百回は受けたろうが、一度も反撃出来てねえ」


 メイストームの話の内容に、ヴェルグも即答は出来なかった。


 勇者メイストームに、攻撃を仕掛ける者が、存在する。


 有り得ん。


「・・・スガモのイタズラの可能性は?」


「無いな。あの考え無しのイタズラなら、律国は灰になってる。・・・魔法が、弱すぎる。それでいて、尻尾を掴ませない」


 ヴェルグは頭を悩ませた。


 メイストームから一本取れるのは、本気の自分かヤヨイ、それとスガモ。それ以外に世界に数人居るかどうか。


 それも、メイストームが本気でない状態でなら、だ。


 勇者とは、それほどまでに飛び抜けた存在。


 そのメイストームに、反撃をさせない。


 スガモ級の人間が、まだこの世には居るのか?


「まさか。氷王。・・・いや、違うな」


「ああ。おれもそれを考えたけど。弱すぎる。これは、氷王の攻撃じゃない」


 魔族、魔獣側で、こんな真似の出来るのは、今や氷王のみ。有力な魔族は、自分達で全滅させた。氷王だけは追い詰められなかったが。


「とにかく。スガモの助力を仰ぐ事だ。スガモなら、策もあるだろう」


「ちっ・・・。それしかないか」


 メイストームとて、それぐらいは考えた。いや、真っ先にそれを思い付いた。しかし、考えないようにしていたのだ。


 なんとなく。イヤなのだ。



 またな、と言い残し、メイストームの姿は修練場から消えた。


 ヴェルグは稽古を再開するでもなく、思案を続ける。


 攻撃が弱い。それがキーのはずだが。


 普通の魔族では、メイストームから逃れられない。


 氷王、即ち強者、でもない。弱者でもない敵。


 ・・・・強くも弱くもない・・・・。


「・・・使徒(しと)?」


 いや。メイストームを攻撃する使徒など。


 それなら、選剣はメイストームに従ってはいないだろう。だから、奴も考慮から外している。



 残る可能性は、魔王の深謀遠慮(しんぼうえんりょ)。


 メイストーム。ヴェルグ。ヤヨイ。スガモ。この4人で全力でかかって、やっと倒した強敵。


 あの魔王なら、自分の倒れた後の用意をしていても全く可笑しくはないが。


 ・・・可能性だけなら、なんとでも言えるか。



 あの時。


 魔王を倒した時。


 間違いなく、魔城は消滅させた。魔族領のことごとくに火を放ち、目に付いた魔族は殲滅。


 人類は完全勝利したはずなのだ。



 だが、メイストームの勇者の称号は、なお健在。



 まるで。


 魔王が、まだ、生きているようではないか・・・・・・・。



 ・・・それこそ、絶対に無い。スガモが断言したのだ。魔王は倒れたと。


 こと、魔に関してスガモが間違うなど、絶対に有り得ん。



 ヴェルグ専用の修練場。ローネの山中にて、ヴェルグは考えにふけっていた。


 いかに弱い魔法と言えども、メイストームだから、生き残っている。


 一般人が襲われれば、一溜(ひとたま)りもあるまい。


 そしてそんな真似を連続で起こされれば、王都もパニックに陥(おちい)る。


 大軍は要らない。


 勇者を出し抜くほどの技巧者が居るなら。


 そいつだけで、人の世にヒビが入る。



 ヴェルグは、真剣に考え込んでいた。


 戦士たる自身には、対抗策が無い。


 盾にすら、なれない。



 思考しながら、体が動く。


オッ!


 ならば、剣を振るしかない。


 敵の正体が判明した時、勇者を、仲間を、人を守れるように。


 その時のために、強さを保つ。


オッ!!


 剣を振る度に、世界が割れる音がする。




 ヴェルグの背には、鞘しかなかった。

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