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旅の途中。アサギリからドサへ。

 アサギリには城壁が無い。人員が居ないのではない。必要が無いのだ。


 この周辺では、ネイキッドらの馬車が襲われなかったように、魔獣の出現数も少ない。畑仕事に出ている男達でも撃退可能だ。無論、総出での戦闘になるが。それでも、城壁を築き、維持するよりは楽なのだ。周知の通り、アサギリ付近の大地はもろい。城壁を築いている間に、別の箇所が崩落しているだろう。


 門衛に挨拶し、宿を求め、食料を調達する。カコウで一度、そしてここアサギリで。2人は順調に旅に慣れ始めていた。


 人口数万人をようするアサギリではあるが、その8割以上の人間が専業及び兼業農家だ。律国において、王都以外で農産物の大量生産に成功しているのは、ここだけだ。先述したように、アサギリでは魔獣が珍しい。大気に含まれる魔力量が極端に低いので、魔族は自然には存在出来ないからだ。これだけなら、アサギリは人間のユートピアのようにも思えるが、実は人間にも不便な土地だ。オウザのように魔力を持って生まれた者は、花蜜ニンフでの回復がままならず、己の体力によって魔力回路を稼働させての自然回復を待つしかない。魔法使いにとっては、砂漠のような土地なのだな。そして魔法使いが居たがらない土地ゆえに、魔力工事はおぼつかず、魔力製品も流通量は少ない。かろうじて、王都から派遣された魔法使いが数人程度、魔力調査と作業を兼ねて、数ヶ月ほど滞在するぐらいだ。


 当然のように、商店も農業関連の物が多く、旅人が観光する場所は少ない。


 とは言え、地元の人間のいこいの場である茶屋には、よそとの交流が少ない分、独自発展した伝統がある。


「苦い」


 店員が下がってから、ネイキッドは、ぼそりとつぶやいた。オウザは魔力回復薬などで苦味にも慣れていたし、むしろ好きだったので、香りを楽しみながら、霧茶きりちゃを楽しんでいた。


 アサギリで栽培された茶葉を、やはりアサギリの水で入れた、アサギリの名物。強い苦味が印象的だが、飲み込むとさわやかな香りが鼻を抜ける、後味の良いお茶だ。甘味によく合うので、王都でも人気が高い。


 苦い茶を飲んでしまったネイキッドは口内を癒やすべく、竹串に突き刺された焼き団子をほおばった。5つの小さな甘い団子に焼き目を付けて、あんこをかけている。大粒の小豆を落とさないように食べるのが楽しい。


もぐもぐ


 無言。一串食べきるまで、ネイキッドは喋らなかった。


 隣に座っているオウザからは見えなかったが。見ずとも分かる。


 美味い。甘い団子と苦いお茶。食べ終わり、飲み終わると、なんとも言えず、心がなごむ。


「すみません。お代わりを」


「おれもっす」


 2人の青年は、アサギリを堪能していた。



 翌朝。アサギリはその名の通り、朝霧に包まれていた。


 それでもこの辺は標高が高く、昼になる前には霧が晴れ、絶景となる。


 ネイキッド達は、その景色を楽しみながら、アサギリを後にした。


ぴいいい


 馬車がゆっくりと山を下りて行くと、その前方で鳥が川に向かって行った。


「?普通のトビか」


「そうっすね。ここらは魔獣が少ないから、動物が増える余地があるっぽい」


 当然ではあるが、魔獣が居れば、その分、他の生物の生存領域は減る。魔獣というものが動植物をメインに食するのでないにせよ。


「おれも体が軽く感じる。・・・オウザは逆か?もしかして」


「はは」


 オウザは笑って返した。


 確かに、ネイキッドの言う通り。空気中の魔力量が低すぎて、自分の体の魔力が漏れている気がする。魔力回路は正常に動いている。風邪やその他の病でもない。単に、空気が乾いている。


 ここでは、無理は出来ない。花蜜ニンフも、恐らく、効果は薄い。


 ネイキッドが居なければ、危地であっただろう。



 高山からの光景を見納め、再び霧の中へ。アサギリの領域を抜けようとしているのだ。


 オウザは霧中に入ると同時期に、魔力流出が止まるのを体感した。一安心。


 と。


電撃スピア


ヴァチイ


 馬車に接近して来た大スズメに対して、オウザの魔法が正確に命中。ネイキッドは指一本動かす必要もなかった。


「うん。魔法がちゃんと使えると、気持ち良いっす」


「これは、おれは昼寝をしていても良いな」


 オウザが復調して、ネイキッドも笑顔を見せた。


 黒焦げになった死骸を放り投げ、2人の旅は順調に進んだ。



 1週間後。


 着いたのは、律国側、最後の街。ドサ。



「デカい」


「確かにっす」


 ドサ。その特徴として、城壁だけなら王都より巨大な城塞都市である。魔法使いの人数は流石に劣るので、今となっては戦力として物足りないものもあるが、かつては剣国に対する壁として機能していた、律国の第二の武力都市。商業、文化も同時に発達し、現在では武威だけでない事も証明している。


 見上げる高さの土壁は、およそ30メートルはあるか。それが都市全てを覆い尽くしている。魔獣が登れぬよう、若干のりを加え、かつ表面は魔力コンクリート仕上げ。


 正面大門。今までの都市のような扉式ではなく、鉄扉が上下するタイプだ。周囲が土壁なので、これが使い良いという現実的な理由で採用された。


 この出入り口を見れば、厳重な警備が敷かれているように思えるが、実際にはそんなでもない。


 アサギリやカコウに比べれば確かに堅いが、それは伝統的なものが大であって、兵の緊張の度合いは他の都市とほぼ同じ。


 ネイキッドらも、スムーズにドサに入れてもらえた。



「へええ・・・」


「おー・・」


 2人は以前にも訪れたはずのドサに、しかし驚嘆を禁じ得なかった。


 外観の大きさ、広さに見劣りしない、近代的な都市がそこには待ち受けていた。あるいは、王都より新しい時代の風が吹いているかも知れない。


 これは、近隣に剣国がある事と関係がないわけではない。


 警戒し、緊張していた時代。それでも人、物、文化の交流は必然的に生じる。王都からの物資、兵の補充と、剣国の異文化とが混ざり合い、緊張感の中に生きていた人々の希求の結果として、多種多様な芸術、製品、料理などなどが生まれ、栄え、根付いた。


 そうして、ドサは律国内に類を見ない、多文化都市となったのだ。



 ネイキッドらの記憶より、更に進歩しているような気さえする。


 度肝を抜かれながら、2人は宿を探した。


「なんだ、あれ」


「機械・・?」


 ネイキッドの指差す方には、人を乗せて走る馬車。ただし、馬が居ない。馬車のものよりはるかに作りの良い車輪が片側に2つ、前に1つ、合計5つ。天蓋てんがいのない荷台に10人ほどが、左右に据え付けられたベンチに分かれて腰かけている。1つだけ飛び出ている前輪の上あたりに、御者と思しき人間が舵輪だりんを動かし操縦している。


 オウザが首をかしげた原因は、魔力の気配が感じ取れない事による。


 通常、このような大きな機械は魔力によって動かされる。常人でも使えるよう魔力結晶が封入されていたり、魔法使い自らがかじを取ったり。


 しかし、オウザらの横を通り過ぎる巨大な馬車からは、そうした魔力反応が一切なかった。


 だが。


 これは、勇国の技術ではないのか。オウザ、ネイキッドは詳しく知らない。けれども、「機械技術の発達した勇国」ぐらいの知識はある。イルマに教えてもらったし。


 そして、真に驚くべき事には、あんな馬車が定期的に街のあちこちで見受けられた。あれは、輸入された一点ものではないわけだ。


「本当にすごい所だな」


「全くっす」


 あんなものは王都にも無い。つまり、ドサは独自判断で勇国の技術者を招いたか、勇国に出向いて研究して来たか。


 流石は律国のナンバー2。



 宿も大きかった。


 馬車を停められるそれなりの旅館を求めはしたが、王都でも指折りのホテルレベルの巨大な建物がのきを連ね、旅籠はたごの一軒一軒が城のようだった。つまり。


 ・・・金が、ヤバい。


 今までの旅で浪費をしたという感覚はない、が。


 こんな良いホテルに泊まったら、一瞬で消えてしまう・・・。


「あ、あのー」


「はい」


「あんまりお金持ってないんすけど、こちらおいくらほど・・・」


 分からないので聞いてみた。比較的落ち着いた大きさの宿で、客の案内をしている男に。


「うちは一泊、10もんから大丈夫ですよ。もちろん、スイートルームともなると、1りょうから頂きますけれど。普通のお客様がお二人なら、20文で、お食事お付け出来ますよ」


「そうですか!じゃあ、馬車停めさせてもらいますっす!」


 ドアマンの指示に従い、馬車を動かす。自分達の後ろにも、既に馬車が来ていた。手頃な値段のためか、かなりの人気だ。


 馬車を回した宿の裏庭も、繁盛していた。ぎっしり駐車場が埋まっていたのはもちろん、馬車洗いの人間達が、泥に汚れた車体をピカピカに磨き上げていた。彼らはホテルの従業員ではなく、この辺の地区と契約している清掃夫だ。繁忙期ともなれば、地域の主婦層も駆り出され、観光客を迎える準備をする。


「大きいねえ~」


「ははは」


 掃除人にも呆れられた。確かに、2階建ての馬車は大きいか。


 話を聞けば、宿に泊まる人間はタダで洗ってもらえるらしい。ラッキー。山越えと、ドサ周辺の路面とで、すごい事になっていたからな。


「王都から来たんですけど、そういう人も多いんですか?」


 ネイキッドも聞いてみた。


 王都リメオラには当然、国中の人間、そして他国の人間もいくらでも来る。祭りともなれば、あの勇者大通りさえ埋まるほどの混雑にさえなる。


 だが、このドサはそれ以上の気配がある。剣国や、周囲の村落そんらくからの旅人がメインかと思っていたが、もっとなのか。


「そうだねえ。やっぱり近いから、剣国からのお客さんが多いけど。王都からもたまに来るね。でも、そういう人達はたいがい、もっと良いとこに泊まるからね。おっと、これは聞かなかった事に」


 なるほど。やはり、普通の旅人は手頃な宿に。王都からの連絡員、そして観光客はそれなりの宿か。


 ここまでの旅路からも分かるように、王都からドサまで来れるのは、腕に覚えのある武芸者か、護衛を雇える余裕のある者だけだ。ゆえに、後者なら、高い宿にも平気で泊まれる。


 そして、裕福な層が喜んで泊まれるホテルが、ここにはいくらでもある。


 ドサは、もっと発展するな。ネイキッド、オウザにもそれは分かった。



 宿の人間から周囲の観光街の情報を得て、2人は街に繰り出した。


 どうやらドサには、この地方独特の産物というものはないらしい。武器なら剣国から、農産物ならアサギリから、それぞれ輸入が効く。そのため、それらを加工、調理する方向に産業が発達した。


 ホテルフロントに言われた通り、(ドサにしては)あまり人の居ない道に入ると、確かに珍しいものが見れた。


「綺麗だな」


「確かにっす」


 さやつか。帯。それら刀身の付属物のみが集まった通り。ドサほどの大きな街となれば、こんな一角さえあるのだ。


 2人が見たのは、かしりが施された鞘。宝石の埋め込まれた柄。魔力布で強化しつつ、何重にも織り込まれた帯。どれも、実用性をギリギリのラインで維持しつつ、華やかさ、美しさ、可憐さを見事に表現している。これはお土産に最適だろう。ここドサの得意技術だろうし、他の街でオーダーメイドで作ろうとなると、長い時間と高い金額が要求されるはずだ。分業ゆえに可能な業。そしてそれを可能とする人口の大きさ。これが、ドサのすごさの一端いったん


 その後、2人は他の通りも見て回ったが、どこに目を向けようが、必ず驚きに出会った。


 馬具というものに、こんなにも大量の種類があったのか。食器は素材の違うものに、それぞれ大きさ、用途ごとに細分化され、それこそネイキッドらの泊まる宿並みの大きさの建物が丸々食器店だったりした。衣服ともなればもう、王都で最も大きな総合商店と同等レベルの大きさの店舗を、衣服だけが占領していたり。途方もないスケールだ。


 これは、ドサに特産物が無いのではないな。今、生まれようとしているのだ。それも、数えきれぬほどに。



 師の後ろを付いていた頃は、こんな事は考えもしなかった。


 街が大きいだとか、人がいっぱい居るだとか。それら人々が皆、生きている、生きようとしているとか。


 人が大勢居るというのは、人の活力がたくさんあるという事。


 知らなかった。いや。


 忘れていた。


 ネイキッドもオウザも、そんな事は。



 2人は、まだ浮き立っているような心を秘め、いよいよ剣国に入る。

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