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知識屋  作者: 吾桜紫苑
第6巻
93/94

魔女様との面談

 転移魔術の余韻が消え去ると、部屋は非常に気まずい空気で満ちた。


(な、何を言えばいいかな……?)

(堂々としておけばよかろうもん)

(そういうわけにはいかないというか……)

 ジャックとアイコンタクトでなんとなく会話しつつ、僕は眞琴さんにかける言葉を必死で探す。ごめんなさいはさっき言ったし、あんまり重ねてもしつこさしか出ないからなあ……。


「……さて、涼平」

「は、はい!」


 悶々と悩んでいた矢先に眞琴さんに声をかけられて、僕はビクッと跳ねる。僕の反応を見て、眞琴さんがクスリと笑う。



「おやおや、随分と縮こまっちゃって。らしくないな」

「そりゃあ……流石に色々と反省したので……」

「まあね、それはそれで大事だけど。あんまり気にしすぎて縮こまってしまうと、涼平らしさがなくなっちゃうからね」

「僕らしさとは一体……?」

「そういうとこかな」

 くすくすと笑いながらそう言って、眞琴さんは肩をすくめた。


「本当に気にしなくていいよ。人間、失敗せずに成長するなんてとても無理な相談だ」

「そりゃそうだけどさ。それにしたって大ごとでしょ」

「そこはまあ、運も悪かったね。けど、こういうことも起こりうるってよく分かったろ? 涼平はずっと、自分の特殊さが実感できなかったみたいだしね」


 そう言って笑う魔女様は、今日一番の魔女様らしさだった。少し肩の力を抜きつつ、僕はちょっとばかし大袈裟に肩を落として見せる。


「ちょっとやらかしたら盛大に大ごとになる特殊さかあ……」

「ま、あれ相手に五体満足、健やかに戻ってこられただけよしとしよう」

「さっきから本当に話が物騒すぎる……」


 慄く僕にクスリと笑って、眞琴さんはジャックに視線を向ける。


「それで、ジャックだったか。鬼八というのは本当かい?」

『せやで』

「高千穂と言っていたから、そっちの伝承かな」

『ん? あー、阿蘇にもそんな伝承あったなあ。まあおれは高千穂に生まれた鬼やな』

「そう。それで、猫又になった感想は?」


 眞琴さんの声に少しだけ固いものが混ざる。僕にスパルタをする時とも少し違う、厳しさと冷たさが混ざったような緊張感だ。

 咄嗟にジャックに視線を向けると、眞琴さんの変化に気づいているのかいないのか、のんびりした声で答えた。


『雨風凌げる家でまったりできるのって()かね。ご主人が持ってくる飯はうまいし、住み着いてる鬼どもは騒がしいけど賑やか。毎日楽しかよ』

「……不満はないと?」

『猫又生活最高やもん、不満を持つ理由がなかね』

「いやどういうことなの??」


 流石に僕のツッコミが炸裂したよね。猫又生活を満喫する鬼って何?


 僕の当然の疑問に、ジャックはまったりと答えた。

『どういうことも何も、ご主人。快適な家で上げ膳据え膳、気まぐれに家の中ウロチョロしたり気の合う奴らと戯れてるだけで一日が終わるって最高やんか。猫でも同じやけど、こうやってご主人たちと会話できるようになっとるんは猫又の利点やな。猫又のままずっと暮らしたいって思うのは当たり前っちゃろ?』

「……なるほど……?」

 ジャックの非常にのんびりとした解答に、僕は首を傾げつつ頷いた。ダメだ、混乱している。


 確かに、ジャックの現状は上げ膳据え膳のおうちニート生活だ。僕は休みの日は遊びに行きたい派だけど、ジャックの生活を理想と唱える人がいるのも勿論知っている。ついでに仲のいい相手(僕達)とやり取りできるのも良いねと言ってくれているわけで……あれ、ジャックの言っていることが正しくない?


「間違ってはいないけど、人の恐怖を喰らって生きる鬼のセリフとは思えないね」


 それだ。

 魔女様の的確な指摘に、僕は腑に落ちた。深く頷いた僕に、眞琴さんが微妙に口元を震わせる。


「……思えないんだけど、嘘を言っている様子もない。なんというか……涼平のところにいる雑鬼たちと同じ感じだよなあ」


 それもそう。

 またも頷いてしまった僕を見て、眞琴さんはふっと肩の力が抜けたように笑った。


「……うん。まあ、涼平も納得しているみたいだし。ひとまずは、契約を結んだ猫又として様子見させてもらおうかな」

『させてもらうも何も、最初からそのつもりだったやん?』

「そうでもないよ。このまま鬼という危険因子扱いで消滅させた方が、手間は少ないからね」


 ピリ──っと、空気がいきなり凍った。

 息を止めた僕をよそに、ジャックはやっぱりのんびりとした声で返す。


『……ま、そらそうやな。そういう意味では、このくらいで済ませてもらって運が良かったなとおれも思っとるよ。ありがとな。ちゃんと大人しくしてるけん、信頼は裏切らんようにしとるから』

「私が言うべきは『人外の言うことなど信じられるか』なんだけどね。契約者の涼平を信じるよ、ってことにしておこうか」


 シニカルに笑い、魔女様が僕に流し目を送る。ビビり倒して固まっていた僕は、深ーい深ーいため息を吐いた。


「信頼が重いなあ……」

「ま、そのくらいはね」

「はあい」


 そう。そのくらいの重さは背負わないと、今回色々な人に見逃してもらった分に見合わないのだ。僕とてちゃんと分かっている。

 まあ、このくらいは、「適度に真面目に」のモットーから逸れることはないでしょう。多分。


 そんなことを内心呟きつつ、僕は曖昧に笑うのだった。



***



「さて」


 僕が僕なりに腹を括ったそのタイミングで、魔女様がすっくと立ち上がる。


「それじゃあ早速、勉強の時間だね」

「えっ」


 ついうっかり声を漏らした僕に、魔女様がにっこりと笑う。


「明日から、なんて悠長なことを言うと思ったのかい? この状況で?」

「いえ、滅相もない」


 打てば響くお返事を返す僕。危機回避の徹底は基本である。

 そんな保身全開のお返事を受けて、魔女様が足早に知識屋の裏へと向かっていく。とりあえずついていくと、魔女様は迷わず目当ての棚に歩み寄って手を伸ばした。


「さて、まずはジャックや雑鬼達の鬼気を抑えている涼平(鬼使い)の能力について、あとは鬼狩りについてと、過去の鬼使いの記録についてかな」


 言いながら、次から次へと分厚い本を引っ張り出しては僕に渡してくる。両手で抱えられるギリギリまで渡された僕は、顔が引き攣るのを抑えきれないまま聞いた。


「……こ、小分け、だよね?」

「もちろん。だからとりあえずはこれだけ」


 小分けにした結果がこれらしい。今度こそ思い切り顔を引き攣らせてしまった僕に、眞琴さんはそれはそれは魅力的な笑顔で笑いかけた。


「頑張ろうね、涼平」

「……ハイ」


 ここで否と言える男がいるだろうか、いやいない。


 現実逃避気味に脳内で反語を唱える僕に、肩に乗っていたジャックがボソッと囁いてきた。


『尻に敷かれとるなあ』

「……ほっといて」


 言い返した声は、我ながら情けない響きだったとさ。

 


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