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知識屋  作者: 吾桜紫苑
第6巻
94/94

*閑話*とあるお客さんをお迎えして

 知識屋閉店後。いつものように魔女様のスパルタ指導を、いつも以上にハードモードで受けていた僕は、お店のドアベルがカランコロンと軽快に鳴るのに顔をあげた。


「あ、ごめんなさい、もう営業終了で──」

 謝りかけた僕を片手で制して、魔女様が一歩前に出た。すわまた厄介なお客様かと、僕も視線を向ける。


「時間外にすんません。ちっといいすか」

 砕けてはいるけど、とても丁寧な語調の声が低く響いた。


 声の主は、その太い声に見合うでっかい体だ。いや、マジででかい。福茂よりも縦も横もデカい。デブなどではもちろんない、ガチマッチョである。あの隣に並ぶと、ちょっと心が傷つきそうだ。

 ラグビーでもやっているのかっていう体格の青年は、身軽な動きで軽く一礼した。少し青みがかった黒髪がさらりと揺れる。


「こんばんは。こちらに何か用かな?」

「どうも、……その節では」


 微妙に僕を見やってそんなことを言う彼と、眞琴さんはお知り合いのようだ。「こちらに」って単語が出てきたあたり、お家の関係と見た。僕は外したほうがいいだろうか。

 そろっと気配を薄めた僕に、しかし青年はまっすぐ目を向けてきた。こうして目が合うと黒目というよりも濃い青紫色に見える。その竜胆色が、ピリっと厳しさを帯びた。……あ、なんか嫌な予感。


「あの、そちらが貴女の弟子っつー方ですか」

「そうだよ。……やっぱり、そっちのお仕事か」

「はい」


 青年に頷き返し、魔女はくるりと僕を振り返った。魔女様のお顔には、何故か楽しそうな笑顔が浮かんでいる。


「彼は竜胆殿と言ってね。……その顔なら察しているか。彼も鬼狩りだよ」


 うん。お仕事って言った時点で、悟ったとも。


 改めて青年、もとい竜胆さんに目を向ける。その立派な二の腕は、その気になったら簡単に僕の首をぽきっと出来るだろうと簡単に予想できた。

 そして脳裏によぎる、先日出会った鬼狩りとのあれこれ。


「……改めて命乞いすべきってこと? 土下座で済みます?」


 ぽろっと率直にこぼしてしまった僕の言葉を聞いて、竜胆さんはものすごく微妙な顔をした後、神妙に頭を下げた。


「……なんつーか、うちの仲間がすまん」

「この流れで謝られることある??」


 思わずツッコミを入れてしまった僕に、魔女様が弾けたように笑い出してしまわれた。



 ツボに入った魔女様の笑いが落ち着くのを待ち、場を仕切り直すことになった。

 先日も使った奥のテーブルに案内する。いつもの流れで紅茶を出したら、丁寧にお礼を言われた。

 うん、このお店では指折りに礼儀正しい人である。そしてそんな彼が、僕にものすごく申し訳なさそうな顔をしているのはなんなんだ。


「……あの、聞いていいっすか?」

「はい」

「あいつにボコボコにされて怪我したり、暴言吐かれてトラウマになったりしてないすか?」


 僕はどんな顔をすればいいんだ。

 咄嗟にソツのない対応が思い浮かばない僕の隣、眞琴さんがふるふると肩を震わせている。と、とりあえず、無難に事実をお伝えしてみよう。


「暴力はなかったです。暴言は……まあ、罵倒はされましたけども」

 あれは割と僕のやらかしのせいなので、言われても仕方なかったなあとは思う。容赦はなかったけど。ということをオブラートに添えて告げると、竜胆さんはまた頭を下げてきた。


「あいつは本当に口が悪くて腹が立つようなことしか言わねえんだけど、とんでもない大悪党ってわけでは……なくもないんすけど、今後は自ら喧嘩を売る真似さえしなければ何もしないと思うんで……」

「フォローに見せかけて背中から刺してる……」

「ぶっちゃけ、心折られてるんじゃねーかって、かなり心配しながら来たもんで」


 真顔で返されてしまった。しかも、眞琴さんまで深く頷いている。


「私も涼平から報告を聞いたときには、奇跡的な平和的対応だなと思ったもの」

「あいつの取り扱いが上手いなら、コツを聞きたいくらいですね」

「プライドを投げ捨てて土下座する……?」


 身も蓋もなく事実を告げると、竜胆さんがすんごい微妙な顔をした。


「……あの、踏まれませんでしたか」

「踏みそうになるからやめろとは言われました」

「マジですんません、それは俺の相棒のせいです」


 深々と頭を下げられた。なんだろう、さっきから「三者面談」という単語が脳裏を踊って仕方がない。


「いや、うん……その、今回の件って、わざわざお詫びに……?」

 この真面目すぎる青年、まさか本当に保護者の謝罪的な感じで来たんだろうか。恐る恐る聞いてみれば、竜胆さんは首を横に振った。良かった。


「いや、一応鬼狩りとしての仕事です。簡単に言えば、事実の裏付けですね」

「裏付け……」


 おお、なんか本当にお役所仕事っぽい単語が出てきた。と、密かに感心していると、魔女様が首を傾げる。


「裏付けなんてしてるとこ、これまで見たことなかったけど?」

「あー……これは、ちょっと身内の不手際なんですけど」


 困った顔でガシガシと髪をかいて、竜胆さんが語る。


「元々この仕事は単独行動よりも2、3人での団体行動が主体なんです。で、俺ともう一人、あいつと組んでるんですけど……まあここは魔女さんはご存知でしょう」

「まあ、うん。君には深い同情をしている」

「はい……」


 竜胆さんの目が死んだ。そして、その様子を見る魔女様の目が同情たっぷりである。……見たことないぞこんな顔。何をしたんだ、竜胆さんのお仲間は。


「で、ええとまあ、なんとなく想像つくでしょうけど、あいつは単独行動派で、よく俺らを置いて勝手に行動したり、逆に俺らに押し付けてきたりするんすけど」

「だろうね」


 当然って顔で頷いてるけど、報連相完全無視の問題行動だ。先日まさに僕がやって締め上げられたぞ。


「今回は前者で、気づいたら報告書を上に挙げてたんすよ。んで、それを読んだ上が……


『こんな訳の分からない報告書一つで済まされると思っているの!?』


 って切れちまって……」


「ああ……うん」

 僕はそっと目を逸らした。ごめん、それは確実に僕のせいです。魔女様もフォローが浮かばないのだろう顔をしている。


 おそらくその報告書を読んだであろう竜胆さんも、とても複雑そうな表情になって続けた。


「いや、俺も読んだんで言いたい事は分かるんすけど……まあ案の定、『知るか』って帰っちまって」

「目に浮かぶね」

「ついでに『調べたきゃてめえの手足動かせ、どうせ俺が何言ったって信用する度量なんかねえだろ』と煽って一触即発になり……俺が行きますっつって止めました……」


 竜胆さんの目が遠くを見た。……なるほど、報告書と事実の擦り合わせのために来たのか。それはそれで大層申し訳ないんだけど、疑問が残る。僕はそっと手を上げた。


「えっと、本当にそれで暴力沙汰って起きちゃうの? そんな簡単に?」


 社会人が報告書の正しい正しくないでガチギレして手が出るって、普通ないと思うよ。


「起こすまで煽るからね」

「流れるように手を出させて他責でボコボコにするのが得意なので」

「ひえ」


 全く普通じゃない返答がセットで返ってきた。


 僕が震え上がっている間に、眞琴さんが竜胆さんへと質問を投げかける。

「ところで君のもう一人の相棒さんは? 単独でいいの?」

「良くはねえんすけど……絶対に嫌だとゴネまくるし、面倒になって」

「相変わらずかあ」


 ……どうやら彼はあの強烈な御仁に加え、仕事に酷く消極的な人(サボリ魔)と組んでいるらしい。相性が悪すぎないか、そりゃ魔女様も同情するよ。


 さて、本筋よりも彼の人間関係のほうがよっぽど気になってしまったが、それはそれ。とりあえず僕は言うべきことを言おうと口を開いた。


「えっと、報告書に相当素っ頓狂なことが書かれてたんでしょうけど。読まないでも分かる、全部事実です」


 あの鬼狩りが僕を庇うために事実と違うことを書くわけがない。情け容赦なくジャックの訳分からん状況を書いたことだろう。

 というのは一応、僕より付き合いの長い彼とて分かっているはずなのだが、なおも疑わしそうな顔で僕を見た。


「えっと、罪の上乗せされててもまずいんで、確認してもらっていいすか」

「本人に読ませていいのかな……?」


 こっちはこっちで誠実が過ぎるのではと思いつつ、手渡された紙の束にざっと目を通す。意外なことに、大層綺麗な文字で綴られた顛末には嫌味や悪態は一切なく、事実だけが簡潔明瞭にまとめられていた。すごい、レポートの見本にしたい。

 そして皮肉なことに。簡潔明瞭であるがゆえに、状況のカオスぶりが強調されてもいた。

 僕は報告書を返しつつ、静かに頷く。


「一切の嘘偽りありません」

「んなことあるか……?」


 竜胆さんの顔にありありと疑いが刻まれている。随分疑うなあと思ったところで、はたと気づいた。

 そうか、魔女様やノワールと違って、ジャックがいないのだ。そりゃあ信じられまい。


「なんなら、うちに見に来ます?」

「は?」

「うん、それが確実だね」


 驚いた顔の竜胆さんをよそに、魔女様がしみじみ頷く。ジャックのインパクトがよほど高かったのだろう。そりゃそうだ、ノワールが頭を抱え魔女様が顔を覆い、ついでにあの鬼狩りすらチベスナ顔になったほどである……言葉にするとすごいな。

 というわけで、善は急げ。僕は竜胆さんをバイクの後ろに乗せ、自宅へひとっ走りするのであった。




***




「は……? なんだこれ??」


 我が家の狭いアパートの扉を潜って早々に、お客人の言葉としては大変相応しくないけど、当然とも言える感想が竜胆さんからこぼれ落ちた。


『りょーへー、もう帰ったのかー?』

『今日は魔女のねーちゃんのしごき短めだったなー』

『あれ、お客さんかー?』


 お客人の困惑もなんのその、いつでも平和なチビ達の呑気な声が廊下の奥から聞こえてくる。タカタカギシギシと常人には聞こえない音を響かせ、玄関にやって来た。


『お客さんならお土産あるよなー?』

 と、不躾すぎる問いかけを投げつつ顔を上げた瞬間、チビ達はものの見事に硬直する。


 1、2、3。


『りょーへーが鬼狩り連れてきたー!?』

『なんでだー!?』

『俺たちを売って生き残るつもりかーうらぎりものー!!』


 ギャーギャー言いながらリビングへと逃げていった。僕を理不尽に疑いつつ見捨てて逃げていったな、後で覚えてろ。

 今日のおやつをガッツリ減らすことを心に決めつつ、そっと竜胆さんを伺う。唖然という文字をバッチリ顔に貼り付けている彼に、厳かに告げた。


「本当にごめんなさい、我が家はこれです」

「……いや、大丈夫なのか?」

「報告書の通り、暴走もせず毎日おやつをかっくらってます。ジャックは奥で気配消してるっぽいんで、どうぞ」


 一足先に靴を脱いで促すと、つられたように竜胆さんが我が家に上がる。……きちっと靴を揃えて端に寄せてら、ほんと丁寧な人だな。

 そのまま短い廊下を過ぎて一間しかない部屋に乗り込めば、人様のベッドの下やら布団の中に潜り込んで、じいいいっとこちらを伺ってくるチビ達の姿があちこちに。……あのさ、全然隠れられてないんだけど。君たち本当にどうやって生き延びてきたの。

 ついため息をつきつつ、僕は手を叩いてチビ達の注目を集めた。


「はいはい、今回はジャックの件の確認調査だけだから。特に敵意はないみたいだよ。ですよね?」

「え、あ、ああ……」


 竜胆さんが流されるままに頷くと、場はわっと盛り上がった。


『なーんだ!』

『早く言えよー』

『それなら俺らは関係ないから、ただのお客さんだな!』

『なーなー、お土産ないのかー?』

「み、土産?」


 好き勝手キャイキャイと騒ぐ雑鬼たちの勢いに押されたような鬼狩りさんに、僕はキッパリと告げた。


「あ、無視して大丈夫です」

『ひでーぞりょーへー!』

「酷いのはお客さんに集ってる君たちだからね』


 適当にあしらいつつ、僕は奥に潜り込んでるジャックをぐいと引き出した。契約している以上、黒猫で暗闇に隠れていよーが魔力を辿ればすぐに見つかるということを知ったので、楽なもんだ。


「で、はい。こちらが元高千穂出身の鬼八さんこと、現猫又のジャックです」

『りょーうーへーいー』


 首根っこ掴んで竜胆さんに差し出すと、ぶらんと垂れ下がったままのジャックから恨めしげに名前──ご主人呼びは本当に落ち着かないので名前にしてもらった──を呼ばれた。が、嘘は一切言ってないので訂正の言葉は出てこない。


「こちらの首輪と僕の手の甲にあるのが、そちらの同僚さんが刻んで行った誓約? の陣だそうです」

「……マジで一切の誇張なしの報告書だったのかあれ……」


 よしよし、やっと納得いただけたらしい。やっぱりジャックを見せるのが一番手っ取り早かった。満足して頷く僕の様子に何かを察したのか、ジャックがぶらりと垂れていた尻尾を振る。


『涼平にろくな説明もせんと、半ば脅迫のように結んだ誓約やけんが』

「半ばというか脅迫だよね」


 銃は向けられてなかったけど魔法陣は向けられたし、目がマジだった。あれはもう脅迫でいいと思う。

 なお、この辺はしれっと報告書から省かれていた部分でもある。ので気分は保護者にチクっちゃお、というやつである。

 そして保護者、もとい鬼狩りの同僚である竜胆さんは、僕らのやりとりに普通に頭を抱えた。


「…………。まあ、その、必要性は間違いなく、あるんだけどな……」

「後ついでに天敵関係でもあるっぽいですけどね」

「……抵抗した、とか?」

「していいよとは言われましたけど、無理なんで即座に土下座を選択しましたねえ」

『あれはちょっとカッコ悪かったなあ』

「仕方ないでしょ?」


 和気藹々とジャックとやりとりしていたら、竜胆さんの抱えられていた頭が深く下がった。


「うちの同僚が、マジですまん……」

「いえ、先に迷惑かけたのは僕なので……」


 なんとなく僕も頭を下げ返し、ジャックはくああとあくびをした。




 三者面談からの家庭訪問を済ませた僕らは、なんとなく距離感が近くなった。ノワールもそうだったけど、あの鬼狩りを話題に挟むと謎の連帯感が出るな。


「えっと、お菓子でも食べていきます?」

「あーいや、流石にそこまでは。報告書がちゃんと本当だって確認出来たんで、そろそろ帰って報告します」


 そう言った竜胆さんをジャックと共に玄関まで見送って、一番気になることを確認した。


「報告、ちゃんと信じてもらえますかね?」


 エンドレスにこれが続くのは、さすがにちょっと勘弁いただきたいものである。という僕の副音声が聞こえたのか、はたまたこの後を想像したのか、竜胆さんはきっちり10秒押し黙った。


「……流石に、これ以上煩わせるのもアレなんで、頑張ります」

「なんか本当にすみません」


 とても自信なさげなご様子である。


 でもわかる。僕もこれ、口頭だけでノワールを納得させろとか言われたら超困る。チビ達で慣れてる魔女様でさえあの反応だぞ、鬼イコール敵みたいな鬼狩りの皆さんが納得できるわけがない。

 そういう意味では、竜胆さんにはかなり柔軟に対応してもらったと思う。ショック療法? 荒療治? さて、何のことやら。


「それじゃあ、お邪魔しました」

「はーい」


 そう言って見送った僕に、ジャックがこてんと首を傾げる。


『結局、あの鬼狩りは何やったん?』

「……家庭訪問、かなあ」


 曖昧に返して、僕は山積みの宿題(魔導書)に着手すべく踵を返すのだった。

 


「竜胆さん」の主な活躍はこちら↓

a href="http://ncode.syosetu.com/n9132dn 「鬼は外、布団が内」

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