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知識屋  作者: 吾桜紫苑
第6巻
91/94

報連相はとても大事です

 左、片手で額を押さえて俯くノワール。

 右、両手で顔を覆って天井を仰ぐ魔女様。

 

 たったこれだけだけど、僕の現状が大惨事だと、誰にでもお分かりいただけるだろう。


「……あのう」

「うん……ちょっと待ってね涼平、少し頭を整理させて欲しいんだ……」

「あ……うん……」


 いつでも自信溢れる魔女様からそんな台詞が飛び出てくるなんて、誰が思うだろうか。しかも、ノワールは黙ったままである。

 雲の上なお二人の反応に慄然としながら静かに引き下がり、大人しく待つ。横目でジャックを見ると、小首を傾げた気配がした。うん、待っていようね。


 とりあえず、二人が復活したらスムーズに説明できるよう、台風でも直撃したのかっていう激しさで過ぎ去っていった鬼狩りとの一幕を脳裏に再生しつつ、情報を整理する。その過程で、ふと気づいた。


(いやでも……これ、運が良いの? 悪いの?)


 魔女様に相談するべくジャックを連れて行く、まさにそのタイミングで鬼狩りとすれ違った。それを鬼狩りは「運が悪い、タイミングが悪い」と評したし、僕もそう思っていた。けど、こうして振り返ってみると、本当に運が悪かったんだろうかとも思うんだ。


 もし鬼狩りに遭遇しないまま、知識屋に戻っていた場合。

 魔女様の鑑定眼なら、ジャックが元々鬼だったことは絶対分かると思う。僕の契約でしっちゃかめっちゃかになったのも、多分眞琴さんとノワールのコンビならば分かるはず。

 で、問題はそのあとだ。

 魔女様的には面白がるだろうけど、守護の一族としての責任と板挟みになりかねない。一方、ノワールは魔女様をして「妖、特に吸血鬼を憎んでいる」と言わせるレベルで妖嫌いらしい。そうなると、後顧の憂いを断つために一思いに……みたいな、話になり得たんじゃないだろうか。

 ジャックの首輪に目を向ける。僕の契約魔術に上書きされる形で描かれた魔法陣を見ながら、思った。これは僕とジャックを問答無用の一蓮托生にする代わりに、ジャックが殺されない理由になっているんじゃないだろうか。


(……うん、ならまあ、いいかな)

 正直今でも、あの鬼狩りには文句を言いたくはあるものの。文句を言った後には、お礼も言ってもいいのかなと、そんなことを思った。


「……よし。覚悟が出来たから、涼平、奥で話を聞こうか」

「あ、はい」

 腹を括ったような声を出す眞琴さんに、だから僕は殊勝な気分で頷いた。


「ノワールも、良いかな?」

「……正直、聞きたくないんだが。聞かずにいると後々面倒な目に遭いかねないからな……」

「懸命な判断だね」


 けれど二人のやりとりを聞いて、僕の殊勝な気分が一気に不安へと塗り替えられていく。


 ほ、ほんとに、お礼も言った方が良い状況……なんだよね……?




***




 奥のブースに入り、とりあえず紅茶を淹れる。甘いものを食べる空気はないので、とりあえずミルクと砂糖を一緒にトレイに乗せて戻った。


 魔女様とノワールは、3人がけのソファに少し距離を開けて座っていた。空いているのは向かいの二人がけソファだけだ。

 紅茶を注いでカップを置いた後、僕は大人しくそこに座った。紛うことなき尋問席である。


「さて」

 湯気を上らせる紅茶に口をつけることなく、魔女様はにこやかに僕を問い詰めた。

「ひとまず涼平の口から、店を出て戻ってくるまでに何があったのか、聞かせてもらおうか」

「はい……」


 そこから僕は、ジャックを連れて家を出た後の出来事を洗いざらい話した。もうここまで来たら体裁を守っても無駄でしかないので、気づかずすれ違った挙句に人払いの結界に閉じ込められ、腹を括って振り返ったのに誰もいなくて、顔を戻したらそこにいたことまで白状した。


「個人的にはあそこが一番ホラーでした」

「う、うん、ソウ。続けて」


 微妙に声が震えた魔女様に促され、ジャックの正体と、ジャックが語ったことで明らかになった僕のやらかしと、それを知った鬼狩りが事前説明なしでほぼほぼ脅迫まがいに契約魔術を使われたことまでを語った。


 話を聞き終えた眞琴さんは、深く深いため息を吐き出した。銀ポットの蓋を開けて、カップに角砂糖を入れ始める。いち、に、さん、……やばい。これはなかなかのストレスがかかっていらっしゃる。

 ノワールからも「うわ……」みたいな視線を頂戴しつつ、錬成した砂糖混じりの紅茶を一口。一息付いた魔女様のコメントは、これだった。


「随分と平和的解決を選んだものだね」


 平和的解決!? あれが!?


「そいつがすぐに降伏の姿勢を示したせいで、口実が作れなかったんじゃないのか」

「ああ、一理ある」


 ノワールも全く否定しなかった。おっかない。

 予想の斜め上をいく感想に、僕は恐る恐る尋ねた。


「あのう……参考までにマシじゃない場合は何が……」

「「プライドがズタボロになるまでボコして心をへし折る」」

「一言一句被る事ある!?」


 あの人そこまで怖い人だったの!? 本当に怖い!!

 しかも心を折るってところがただのバイオレンスじゃなくって、怖さ倍増だ。


「え、待って。口実ってまさか、あの時「抵抗してもいい」って言っていたのはそういう……?」

「やはり待ち構えていたか」

「一方的に攻撃されても大人しく引き下がる魔術師は意外だったのかもねえ……」

「ど、どんな物騒な世界にお住まいのお方なんですか……」


 しみじみと語り合う二人に震え上がる。僕のそんな反応を見て、ノワールが一瞬魔女様に視線を向けた。


「話していないのか」

「本人が聞きたくないってさ」

「それでこの現状か。運がいいのか悪いのか、判断に迷うな」

「ノワールにもあれにも言われるんだから、筋金入りだなあ」


 くすくすと笑う魔女様にツッコミを入れたいものの、藪を突いたら蛇どころじゃないものが出てきそうで迂闊に突っ込めない。

 おっかなびっくり様子を伺う僕にクスリと笑って、魔女様が簡潔に説明くださった。


「ノワールが所属する組織に単身テロリズムを仕掛ける凶悪犯だよ」

「生きててよかった……!」

「一思いに殺してやるほど甘くはないな」

「上げて落とす……!」


 本当に! ちょっと世界観が違いすぎないかなあ!?


「ええと……なんでそんな人が鬼狩りを……?」


 同じバイオレンスにしたって、ジャンル違いというかなんというか。そこ兼業できるのかという違和感がある。そう指摘した僕に、眞琴さんも肩をすくめる。


「本当にね。ボランティアだなんて、家族を人質に取られたってありえないだろうし」

「同感だが、俺もその辺りは知らん」

「公務員的なものじゃないの……?」

「公務員からはかけ離れてるなあ」


 魔女様の言葉にノワールまで深く頷くので、僕はそれ以上考えるのをやめた。ついでに、そんな敵対している人についてノワールが人となりをやけにご存知で、こういう事態に慣れた様子なのもスルーした。敵対組織の幹部とテロリストの関係とか、深入りしたら僕が死ぬ。


 というわけで、僕は思わず逸らしてしまった会話を自力で修正することにした。


「えっと、それで肝心の契約なんですけど……」

 言いながらジャックの首輪と、僕の手の甲を見せると、魔女様はノワールの方へと視線を向けた。


「あれの言葉通りに見えるけど。どう?」

「そうだな。強いて言えば、これは契約ではなく誓約だ」

「は?」


 魔女様の声が地面を掘り下げて奈落まで落ちていった。何事!?


「誓約魔術と言って、魔術的契約よりも魂への契約に近い。無理やり解けば良くて死、悪ければ魂の破損だな」

「何ですかそれ!?」

「本当に鬼狩りとしての仕事として対処したらしいな。……とはいえ本来鬼というのはそれだけの危険性を持つ。当然と言えば当然だ」


 そう言って、ノワールは漆黒の目をひたりと僕に据えた。


「鬼使い。今回は運が良かっただけだと胸に刻め。これが僅かにでも人を傷つける危険がある鬼だったなら、間違いなくお前ごと始末される」

「……は、い」


 言葉よりもその声に含まれた重さに、息が詰まる。ぎこちなく頷くのがやっとだった。


「魔術師見習いとしても相当迂闊な真似をしたと知れ。次迷ったら魔女にすぐ聞け。過労死しそうになっていようが、知っておいた方がマシだろう。こんなことを知らないうちにやらかされ、後始末をする羽目になる方の身にもなってみろ」

「……」


 そろりそろりと、魔女様を伺う。とても透明な笑みを浮かべた美しい人が、そこにいた。


「大丈夫だよ、涼平。魔術師としての勉強を最優先にしていたけど、こうなったら鬼関連の知識もしっかり教えてあげるからね」

「ア、ハイ」


 なるほど、今日から僕のスパルタ教育が加速するということらしい。僕が原因なので、嘆くことも許されまい。というか、眞琴さんの笑みが今にもさらさらと散っていきそうな感じで、流石に申し訳ない。



 ……それはそうと、何気にノワールの言葉の端々に妙な実感と同情があったのも気になる。幹部様ともなると、中間管理職的苦労が多いんだろうか。


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