誓約(強制)
決めた覚悟も宙ぶらりんの肩透かしである。緊張が消え失せた僕を見て、鬼狩りが不意ににっこりと笑う。
「……よし。やらかした本人に責任を取らせるか」
「えっ」
あ、やばい。僕の危機察知アラームがいきなりけたたましく鳴り出したぞ。
顔も声も引き攣らせた僕に、鬼狩りは笑顔のまま凄むという器用なことをしてきた。
「何か文句でも有るのか」
「いえございません」
この場面で他のセリフを吐けるだけの胆力はない。危機を察知したとしても回避できるわけではない、実地で体験してしまった。
良い子のお返事をした僕に笑みを深めて、鬼狩りはすいと右手人差し指を僕へと向ける。
「名前は」
「ジャック? 僕?」
笑みを浮かべたまま、鬼狩りの目がぎらりと鈍く光る。
「はっ倒すぞ」
「すみません、涼平です」
「名字」
「え、魔術師同士では名乗らないのでは……」
「名字」
指先に魔法陣が浮かんだ。すぐに答える。
「嘉瀬、です」
「へえ?」
どこか楽しげに相槌を打ち、鬼狩りは魔法陣を消して改めて僕に告げる。
「嘉瀬涼平。今から俺の言うことを繰り返せ」
「えっと、事前に何を言うのか聞いても?」
『誓約』
駄目らしい。そして凄まじく不穏な単語にすでに逃げ出したい。逃げ出したい、んだけど。
ちらっと、いつの間にか足元に来ていたジャックを見下す。ジャックは先ほどまでの元気を引っ込め、静かに僕を見上げていた。
……うん。覚悟、するかな。
顔を上げて、鬼狩りを真っ直ぐに見返した。
「『誓約』」
僕の顔を見た鬼狩りの笑みが少し変わる。両の端が持ち上がった唇が、ゆるりと開かれた。
『嘉瀬亮平は、契約相手たる「ジャック」を、猫又として契約主の責任を果たすと誓う』
「『嘉瀬亮平は、契約相手たる「ジャック」を、猫又として契約主の責任を果たすと誓う』」
『「ジャック」が契約を破棄し鬼となって人間を襲う場合、「ジャック」および嘉瀬亮平は命を失う』
「『「ジャック」が契約を破棄し鬼となって人間を襲う場合、「ジャック」および嘉瀬亮平は命を失う』……えっ!?」
流されて言葉を繰り返したものの、とんでもないことを言われて声がひっくり返る。けど、遅い。
「──鬼狩りとして、その誓約を認めよう」
一際悪い笑みを浮かべて、鬼狩りは言う。
「誓約の証を持って、鬼狩りは鬼使いへの一時的不干渉を約束する」
そう言うなり、ジャックの首輪が光る。
「え、ちょ」
それ僕が魔法陣刻んでるんですけど、と指差しかけてギョッとした。手の甲に見たことない魔法陣が浮かんでいる。形状的にはジャックにかけたような契約系統……ちょっと待って!?
「いやちょっと、何したの!?」
流石に食ってかかる僕に、鬼狩りはひじょーに悪そうな笑みを浮かべたままサラッと宣う。
「言った通りだろ。その猫又の責任はてめーが持つ、そいつが鬼として人間を襲ったらお前もジャックも死ぬ。そういう誓約魔術をてめえらに刻んだだけだ」
「だけではなくない!?!?」
そんな、簡単に人の命をかけないで!? 徹夜麻雀のアイス棒じゃないんだからさあ!?
僕の必死の訴えも何のその、鬼狩りは笑顔のまま手を払うような仕草をした。……え、人払いの魔術が消えた、抗議ガン無視で撤収作業進めてないかこれ!
「いや流石に強引すぎない!?」
「うるせえな、猶予与えてんだから良いだろうが。それとも今すぐ片付けるか?」
「それは嫌だけども!」
「ああそうそう、この場の片付けはお前がやっとけよ。俺はこれでひとまず任務完了だ。あとは魔女に泣きついとけば良いんじゃねーの?」
反論は押し潰して流れるように後始末を押し付け、鬼狩りは首を回しながら足元に魔法陣を浮かべる。どうして僕の周りには転移魔術を無詠唱で出来ちゃう人がこんなにいるの……ってそうじゃない!
「えっ待って!?」
「却下。こっちは忙しいんでね。知識屋で待ってる連中によろしくどーぞ」
僕の制止も鼻であしらって、鬼狩りは消えていった。
手を中途半端に伸ばしたまま、呆然と鬼狩りが消えた場所を眺める。すでに人払いの魔術が消えているからか、人の気配がだんだん近づいてくるのがわかる。
「ええ……なんだこれ……」
呆然と声を漏らす僕に、ジャックが尋ねた。
『なーご主人、人が来るとまずいっちゃないと?』
「まずいねー……ジャックはとりあえずお口チャックね」
『りょーかい!』
ジャックの元気なお返事に励まされ、僕はバタバタとケージの残骸を拾い、ジャックを肩に乗せ、そそくさとその場を後にする。
なんとも、嵐どころか天災のような人だったなあ、とため息をつきながら。
***
永遠のように感じた長い道のりを経て、やっと知識屋へ戻ってきた。
「やー……っと、ついた……」
ぼやきつつも、これから始まるだろう事情説明に腹を括った僕は、見慣れた扉を開けた。カランコロン、とベルの音が鳴る。
中に入ると、待っていたのは眞琴さんだけではなかった。黒一色を身に纏った、魔法士のノワールがそこにいたのだ。偶然来店して、眞琴さんが引き留めてでもいたんだろうか、なんて、ぼんやり思う。
二人はとうに僕に気づいていたんだろう、僕の方に視線を向けていて。
……僕と僕の肩に乗ったジャックを視界に収めた瞬間、二人同時に頭を抱えたのだった。




