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ゴッグ・シンドローム 真 Call of Astrachion ハルとミナの物語  作者: Kentarou Theater


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第4話「寄せ集めの怪物」


 Day 3 ——着底から五十時間後


 三日目の朝、酸素計が四十時間を切った。


 ボンベで補充している分を差し引いても、じわじわと減り続けていた。計器を見るたびにハルの顎が固くなった。ミナはそれを見て何も言わなかった。言っても変わらないからだった。


 ハルは壁のパイプを見ながら考えていた。


 この機体のことが、気になってしょうがなかった。


 ゴッグ二号機は、第八大隊では「一号機の予備・パーツ取り用」として認識されていた。整備班も「腕と足を他機体から移植する予定」と言っていた。ハルもそれを鵜呑みにしていた。戦場の機体なんて、みんな似たようなものだ。寄せ集めで何とかなるものだ——と。


 でも今、機体の内部を歩き回って、ハルはその「常識」が通じないものを目の前にしていた。


「ミナ」とハルは言った。「ゴッグ二号機について、何か知ってたか」


「配備記録は見た。型番はMSM-03K、水陸両用試験型の改造機となっていた」


「それだけか」


「それだけ。あなたは?」


「俺も同じだ。でも——」ハルは壁に触れた。「この機体、MSM-03とは別物だと思う」


「どういう意味?」


「内部構造が違いすぎる。ゴッグの設計書をざっと頭に入れてるが、この空間の配置、このパイプの系統——全部違う。MSM-03を改造したものじゃなくて、もともと別の目的で作られた何かに、ゴッグの外殻だけかぶせた感じだ」


 ミナはしばらく考えた。


「中身が別物で、外見だけゴッグ」


「そういうことだ。だから腕も足もなかった。あれは整備の都合じゃなくて、最初から本当に必要がなかったのかもしれない」


「……何のために作られた機体なの」


「分からない。それを知るためには、あの水密隔壁の向こうに行く必要がある」




 二日目に発見した第二の水密隔壁——倉庫の奥にあるそれを、もう一度調べた。


 ハルは前日より長い時間をかけて、ロック機構を解析した。電子ロックだが、構造自体は古いタイプで、正しい手順で操作すれば補助電源でも開く可能性があった。


「試す」


「もし開かなくても傷つかないようにしてね」とミナが言った。


「心配するな」


「傷つくから言ってる」


 ハルは反論しなかった。


 工具で電源ラインを組み直し、電圧を調整した。隔壁のパネルを開けて、ロック機構の基盤を直接操作した。時間をかけた。ミナが端末で記録しながら指示を出した。


「その端子、右から三番目」


「これか」


「そこに接続」


 作業を始めて一時間半。隔壁のランプが緑に変わった。


 「SYSTEM UNLOCK」の文字が表示された。




 向こう側は、また別の世界だった。


 天井が高かった。倉庫よりさらに広い区画で、左右に設備が並んでいた。中央には巨大な制御盤があり、表示パネルがいくつも並んでいたが、多くは電源が落ちていた。生きているパネルはわずかだった。


 生きているパネルのひとつに、ハルは顔を近づけた。


---SYSTEM STATUS---

CORE UNIT : STANDBY

STASIS CHAMBER : ACTIVE

CHAMBER CONTROL : ACTIVE

ACAS : STANDBY


 ハルは読んだが、意味が分からなかった。「CORE UNIT」は倉庫の金属板でも見た言葉だった。「STASIS CHAMBER」と「CHAMBER CONTROL」は聞いたことがない。「ACAS」も初めて見る略語だった。


「ACAS……」とミナが横から読んだ。「何の略だろう」


「分からん。軍の規格じゃないと思う」


「UR-651の研究班のものかな」


「かもしれない」


 別のパネルを確認した。そこには英字とコードの並びがあり、一部だけ読めた。


LIFE SIGN : 00145622

STATUS : STABLE


 「LIFE SIGN」と「STABLE」。ライフサインが安定している、という意味だ。


「誰かの生体情報を示してるのか?」とハルは言った。


「機体のシステムのことかもしれない」とミナが言った。「機体を「生命体」に見立てたシステム表記をする実験機の例は聞いたことがある」


「そういうものか」


「そういうものよ」


 ミナの声に、かすかな何かがあった。断言しているようで、断言できていない何かが。ハルはそれに気づいたが、掘り下げなかった。




 この区画には、さらに奥への出入り口があった。


 今度は厚い装甲扉だった。ハンドルも電子制御もなく、ただの重い鉄の板が壁と溶接で一体化しているように見えた。ハルが力任せに押してみたが、びくともしなかった。


「開かない」


「開けない方がいいかもしれない」とミナが言った。


「なんで」


「なんとなく」


 ハルはミナを見た。彼女は装甲扉を見ていた。普通の目ではなかった。何かを感じているような、何かを知っているような——しかし何も言わないような目だった。


「記録する?」とハルは聞いた。


「記録する」とミナは答えた。端末を出した。「第三区画、奥に装甲扉あり。開閉不可。内部不明」


 それから、もう少し小さな声で、端末には記録しない言葉を付け加えた。


「でも——怖いとは感じない。なぜかな」




 第三区画の調査を続けた。


 制御盤の周辺に、補助電源の接続口があった。接続すると、ダウンしていたいくつかのパネルが復帰した。


 復帰したパネルの一つに、機体の断面図らしきものが表示されていた。


 見た。


 ハルは絶句した。


 ゴッグ二号機の外形はMSM-03と似ていたが、内部構造は完全に別物だった。断面図が示す内部は、四層構造になっていた。パイロット区画コックピット、制御・センサー層、機関・整備層、そしてその奥に——名称なしの第四層があった。第四層はすべて黒く塗りつぶされていた。


「黒い部分が」とミナが言った。「装甲扉の向こう」


「そうだ」


「何があるの」


「……分からない」


 ハルは断面図を見続けた。第四層の形状は、機体のほぼ中心部に位置していた。外装とは独立した空間のように見えた。別の生命維持システムが走っている——そんな印象を受けた。


「この機体は」とハルはゆっくり言った。「誰かを運ぶために作られてるんじゃないか」


「誰かを?」


「パイロットじゃない誰か。俺たちみたいな搭乗者じゃなく——もっと別の形で、運ばれている誰か」


 ミナは何も言わなかった。


 ハルの言葉を否定もしなかった。




 そのとき、ことが起きた。


 突然、装甲扉の周囲のシールが光った。蛍光のような細い線が、扉の縁を一周した。次の瞬間、ハルが長時間押しても動かなかった扉が——わずかに、十センチほど、音もなく前にせり出した。


 ハルとミナは同時に後退した。


「な——」


 扉はそれ以上動かなかった。ただ十センチだけ、開いた。


 隙間から、冷たい空気が出てきた。そしてレモンの香りが、今度はハルにも感じ取れるほど強く漂った。


 二人は動かなかった。


 三十秒ほど、そのまま立っていた。


「……入る?」とミナが聞いた。


 ハルは考えた。正直、入りたくなかった。兵士として、未知の空間に単独で飛び込む危険性は理解していた。でも、それとは別の感情があった。恐怖、というより——向こうから「まだ来るな」と言われているような、奇妙な制止の感覚だった。


「今日は駄目だ」とハルは言った。


「そうね」とミナは言った。


 二人は装甲扉から目を離さずに、ゆっくりと後退した。




 夜。


 コックピットに戻り、今日の発見を整理した。


 第三区画に到達した。制御盤の一部を復帰させた。ACAS、CORE UNIT、STASIS CHAMBERといった見慣れない用語を確認した。装甲扉が一瞬だけ動いた。


「あの扉、俺たちが手を触れたから動いたわけじゃない」とハルは言った。


「電源を補助に繋いだから?」


「そうかもしれない。でもタイミングが——俺が『誰かを運んでるんじゃないか』と言った直後だった」


 ミナは少しの間、何か言いたそうにしていた。言わなかった。


「寒い」と代わりに言った。「今日は特に冷える」


「暖を取る」とハルは言った。


 二人は毛布を取り出した。並んで座り、肩が触れた。ハルは少し離れようとしたが、止まった。正直に言えば、温かかった。ミナも離れなかった。


「ハル」


「なんだ」


「怖い?」


「怖い。お前は?」


「怖い」とミナは言った。「でも——怖いだけじゃない」


「どういう意味だ」


「この機体は、私たちを殺そうとしてない気がする」


 ハルは考えた。


「機体は機械だ。殺そうとしたり、助けようとしたりしない」


「そうね」


「そうだ」


 二人は黙った。


 ゴッグ二号機は静かに揺れていた。深度九十一メートルの水底で、外からの音も光も届かない空間で、機体の深部から低い振動が伝わってくる。三日間、変わらない周期で。


 ミナには聞こえている何かが、ハルには聞こえない。


 でもハルには、ミナには感じられない「制止の感覚」があった。


 どちらが正しいのかは、分からなかった。


「明日も探索するか?」とミナは聞いた。


「する。あの装甲扉の向こうに行く方法を考える」


「急ぎすぎないで」


「急いでない」


「嘘をついてる」


 ハルは返事をしなかった。


 酸素計を見た。今日もボンベを一本使った。理論上の残量を計算した。まだ少し足りない。まだ何かを見つけなければならない。


 七日間。残り四日と数時間。




【次回 第5話「沈黙が語るもの」へ】


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