第16話「悪意の連鎖の外側で」
島に来て、何日が経ったか数えなくなった。
ハルは朝、焚き火の跡に新しい薪を組みながら、うっすらと考えた。七日間のカウントダウンには敏感だったのに、今は日数が分からなくなっている。それが悪いことだとは思わなかった。むしろ——時間が戻ってきた気がした。七日間は時間が圧縮されていた。今は時間がまた流れている。
ミナが島の裏側から戻ってきた。
岩場で海藻を集めてきたらしく、布の端を抱えていた。
「今日は波が高い」とミナが言った。
「嵐が来るか」
「遠くの雲が少し変だった」
「念のため機体の中に雨具を準備しておく」
二人は自然にそういう会話をするようになっていた。サバイバルの段取りを共有する会話。ジオンの作戦でも連邦の動向でもなく、ただ今日と明日のことだけを話す会話。
午後、空が暗くなり始めた。
雨は降らなかったが、風が出た。波が荒くなった。二人は機体の中に入り、雨戸代わりの鉄板を立てかけて、落ち着いた。
焚き火が使えないので、水と食料だけで過ごした。
機体の中は、もう恐ろしい場所ではなかった。七日間の底に比べれば、今の機体は明るかった。草の寝床があり、貝殻が並んでいて、通気がある。
「ここで過ごすのも悪くない」とハルは言った。
「嵐の夜は」とミナが言った。「少し七日間を思い出す」
「怖いか」
「怖いというより——懐かしい気がする。変だよね」
「変じゃない。俺もそう思う」
夜、風が少し収まった。
焚き火はまだ難しかったが、二人は機体のハッチを少し開けて、外の空気を入れながら並んで座った。
雲が流れて、時折星が見えた。
ハルは太平洋の向こうを想像した。
宇宙世紀0079年。あの「七日間」がいつだったかは分かっていた。でも今がいつかは分からなかった。戦争がまだ続いているかどうかも、分からなかった。
「ハル」とミナが言った。
「なんだ」
ミナは少し間を置いた。それから、夜の海を見ながら言った。
「宇宙世紀という巨大な潮流の中では、私たちはただの『MIA(消息不明)』という一行の文字に過ぎないと思う」
ハルは頷いた。そうだと思っていた。第八大隊は壊滅した。ゴッグ二号機は沈んだ。二人の名前は、どこかの消息不明者リストに並んでいるはずだった。
「でも」とミナは続けた。「軍服を脱ぎ捨てて、泥の中から立ち上がった今の私たちは、人類が数千年にわたって積み上げてきた『悪意の連鎖』から、初めて自由になれたのかもしれない」
ハルはその言葉を聞いた。
深度九十一メートルで語った話を思い出した。石斧の時代から続く恐怖の連鎖。それがどこへ繋がっているか。その連鎖の果てに、二人がアマゾンの泥に沈んだ。
でも今、二人はここにいる。
連鎖の外に。
「私たちは、忘れられたんじゃない」とミナが言った。「……許されたのね、ハル」
ハルは静かに頷いた。
「そうかもしれない」と言った。「俺たちが手に入れたのは、栄光でも勝利でもない。ただの——自分たちの人生だ」
ミナはそれを聞いて、小さく「うん」と言った。
機体の深部から、振動が伝わってきた。
ミナが手を機体の壁に当てた。
「いる?」とミナは聞いた。声に出さずに、唇だけで。
ハルには聞こえなかったが、ミナの仕草は見えた。
「何か言った?」とハルは聞いた。
「ありがとうって言った」
「誰に」
「ここにいる誰かに」
ハルは機体の壁に目をやった。
「俺も言おう」とハルは言って、壁に手を当てた。
「ありがとう」
振動が、少しだけ強くなった気がした。
気のせいかもしれなかった。でも二人は、気のせいではないと思った。
翌朝、嵐は去った。
空が澄んでいた。昨日の雲が全部流れて、青い空が広がっていた。ハルとミナはハッチを全開にして外に出た。
砂浜が昨日より白く見えた。
ゴッグ二号機の外壁が、朝の光を受けて静かに光っていた。
ハルは磨きかけの外壁の前に立ち、作業を再開した。
砂を布に包んで、一センチずつ錆を落とす。
ミナが隣に来て、別の布で別の場所を磨き始めた。
「一緒にやるのか」とハルは言った。
「ダメ?」
「ダメじゃない」
二人で機体を磨いた。
錆が落ちて、下から鉄の光沢が出てくる。その場所だけが、傷だらけの機体の中で少しずつきれいになっていく。
鉄を磨く音が、静かな島に響いた。
【次回 第17話「夜明け」へ】




