第17話「夜明け」
朝が来た。
水平線の彼方から、新しい太陽がゆっくりと昇り始めた。
ハルが目を覚ましたのは、夜明け前だった。今日は目覚ましがなくても起きた。何か、起きなければならない日だという気がした。理由は分からなかった。
外に出た。
砂浜は夜明け前の薄い光の中にあった。波が静かだった。ゴッグ二号機が砂浜に立っていた——いや、横たわっていた。でも今は立っているように見えた。
ハルは機体の前に立った。
腕がない。足がない。外装が剥落して骨格が見えている。あちこちに修理の跡がある。砂浜には何週間もの作業の痕跡が散らばっていた。
それでも、機体はそこにあった。
後ろから足音がして、ミナが来た。
「起きてたの?」
「なんとなく」とハルは言った。
「私も。なんとなく今日は早く起きた」
二人は並んで機体を見た。
空が少しずつ明るくなっていた。
ハルは機体を見ながら、七日間を思い返した。深度九十一メートル。七十二時間十四分。食料が尽きる夜。装甲扉が開いた瞬間。ひよごっぐが現れた通路。白い空間の水面。マリア、という名前のパネル——。
全部、この機体の中の話だった。
この機体があったから、二人は生きている。
太陽が水平線から顔を出した。
オレンジ色の光が、海を染めた。砂浜を染めた。ゴッグ二号機の外壁を染めた。
磨いた場所が、光を返していた。
ハルはそれを見た。
傷だらけで、腕もなく、足もない。でも光を返す場所がある。ミナと二人で毎日少しずつ磨いてきた場所が、朝の光の中で輝いていた。
「きれいだな」とハルは言った。
「うん」とミナが言った。
二人は機体の肩のあたりに腰かけた。少し高い場所から、海と朝の光を見ていた。
「今日は何をしようか」とミナが言った。
「釣り」とハルは言った。「昨日は釣れなかったから」
「ちゃんと餌を変えた方がいい」
「分かってる。それと——機体の北側の外装、まだ錆が残ってる。午後にやろうかと思う」
「手伝う」
「頼む」
それだけだった。今日の話。魚と錆と、たぶん夜には焚き火と。それだけの話。
それで十分だった。
ハルはミナの方を向いた。
ミナも、ちょうどハルの方を向いた。
七日間、泥の底で生き延びた。アマゾンの水底から、太平洋の砂浜まで来た。二人で磨いてきた機体が、朝の光を受けていた。
ハルは、ずっと言えなかったことを言おうとして、でも言葉が要らないと気づいた。
言葉の代わりに、近づいた。
ミナは動かなかった。
二人の距離が、なくなった。
キスした。
短かった。でも確かだった。泥でも錆でも海藻の匂いでも何でもよかった、ただ二人の間にあった距離が消えた、それだけの、でも全部の、キスだった。
離れた。
ミナがハルを見た。
「行こう」とハルは言った。「今日はまだ、やりたいことがたくさんある」
ハルが手を差し出した。
ミナがその手を取った。
人類史のどの記録にも載らない、けれど、最も気高く愛に満ちた二人の物語。
泥の中から生まれた希望は、今、蒼い空の下で永遠となった。
腕もなく、足もなく、二度と戦場へ戻ることのない鉄の塊は、今や二人の新しい歴史を見守る「墓標」であり、「灯台」でもあった。
ゴッグ二号機は砂浜に立っていた。
機体の深部からは、今日も静かな振動が伝わっていた。
深度九十一メートル、七日間。
ハル・ノイマンとミナ・カワシマの名前は、宇宙世紀0079年の戦闘記録に「消息不明」として一行だけ残っている。第八大隊壊滅の混乱の中で失われた記録の一つとして。
彼らがどこへ行ったかを、誰も知らない。
ただ——ゴッグ二号機もまた、記録から消えた。
深度九十一メートルに沈んだまま、そのまま終わったはずの機体が。
その行方を知る者は、その計画に関わった、ごく一部の人間だけだった。
そしてその計画の中核にあったものが——今もなお、どこかの太平洋の島で、静かに鼓動し続けているのかもしれない。
——ゴッグ・シンドローム 真 Call of Astrachion ハルとミナの物語、完——




