表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴッグ・シンドローム 真 Call of Astrachion ハルとミナの物語  作者: Kentarou Tou / Kentarou Theater


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/17

第14話「鉄の揺り籠」


 数週間が過ぎた。


 ハルが鉄屑を叩く音は、島の風景の一部になっていた。朝に波の音があり、日中に鉄を叩く音があり、夜に焚き火が揺れる——それが二人の一日になった。


 コックピットの内部は、少しずつ変わっていった。


 泥を掻き出し、壁面を清掃し、通気口を整えた。計器盤が火花を散らしていた場所は、配線を切って安全にした。その跡に、島で見つけた乾いた草を敷いた。計器の枠には、拾ってきた貝殻をかけた。誰かに見せるためではなく、ただそうしたかったからだった。


 外装の補修は難航していたが、雨風を防ぐための最低限の修理はできた。コックピット区画の天井部分に残る穴を、剥落した外装の破片で塞いだ。不格好だったが、雨が入らなくなった。


「家みたいになってきた」とミナが言った。ある日の朝、コックピットから外を見ながら。


「まだ途中だ」とハルは言った。


「途中の方が好きかもしれない」


「なんで」


「完成したら、次が思いつかないから」


 ハルはその言葉を少し考えた。「お前らしいな」と言った。




 食料は安定してきた。


 ハルが作った簡易の釣り竿で、魚が獲れるようになった。針は機体の金属部品を加工した。糸はコックピットに残っていたケーブルの細い線を使った。最初は一匹も釣れなかったが、一週間もすると、コツを覚えた。


 ミナは植物を探した。内陸に入ると食べられる葉や実があった。ヤシの実だけでなく、小さな野生のバナナに似た実もあった。岩場には海藻も豊富だった。


「コックが羨むメニューになってきたな」とハルは言った。ある夜、魚と海藻と野生の実を並べて。


「コック長なら怒るかもしれない」とミナが言った。


「シングルスターは何でも文句を言う。でも食べる時は食べる」


「そういう人ね」


「そういう人だ」


 二人は笑った。コック長の話で笑えるようになったことが、ハルには少し不思議だった。あのベースキャンプの日々が、遠い過去のように感じられた。




 ある日の夕方、ハルは機体の外壁を磨いていた。


 工具ではなく、砂を布に包んで磨く、地道な作業だった。一センチずつ、錆を落とし、雨水を弾くための磨きをかけていく。


「なんで磨いてるの」とミナが聞いた。


「さびが広がると、機体が弱くなる」とハルは言った。「それと——」


「それと?」


 ハルは少し黙った。


「こいつは俺たちを生かしてくれた。俺にできる礼といえば、これくらいだ」


 ミナはそれを聞いて、機体の外壁に手を当てた。


「まだ振動してる?」とハルは聞いた。


「……かすかに。前よりずっと弱いけど。でもある」


「そうか」


「消えてないよ」とミナは言った。「ちゃんといる」


 ハルは磨く手を止めて、機体を見た。


 七日間、ずっとそこにいた「三人目の搭乗者」が、今も機体の奥底にいる。レモンの香りはもう漂わない。ACASは動かない。ひよごっぐも現れない。でも——機体は振動している。かすかに。


「レモンの香り、消えちゃったな」とハルは言った。


「うん」とミナは言った。「でも——意思は消えてないと思う。ただ、静かになっただけで」


「静かな隣人か」


「そう。そういう感じ」




 夜、焚き火の前でミナが言った。


「ハル、もし世界が平和になったら、私たちはどうなると思う?」


 ハルはしばらく考えた。焚き火の向こうの暗い海を見ながら。


「平和か。それは、どこか遠くの誰かが決めることじゃない」


「じゃあ誰が決めるの」


「今、俺がお前の隣にいて、明日もまた笑えること。それが、俺にとっての平和のすべてだ」


 ハルはそう言って、ミナの泥に汚れた手を——砂と磯の匂いがする手を——力強く握り返した。


 ミナは少しの間、その手を見ていた。


「泥じゃなくて砂だよ、今は」


「そうだな」


「進歩だと思う」


「そうかもしれない」




 その夜、月が出た。


 明るい月だった。波が月光を反射して、砂浜が白く輝いた。ゴッグ二号機の傷だらけの外装も、月の光を浴びた。


 ハルとミナは机代わりにしている鉄の板の上に並んで座った。月を見ていた。


「きれいだな」


「うん」


「こういうのを見るために生きてるんだと思う」とハルは言った。「七日間は、それを教えてもらった気がする」


「私も」とミナが言った。「七日間前は、月を見てきれいだと思う余裕がなかった」


「今はある」


「ある」


 ミナがハルの肩に頭をもたせた。


 ハルはそれを受け止めた。


 波の音と、月の光と、機体の低い振動だけが、砂浜にあった。




【次回 第15話「記録されない日常」へ】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ