表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴッグ・シンドローム 真 Call of Astrachion ハルとミナの物語  作者: Kentarou Theater


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/17

第13話「未完成の家」


 翌朝、ハルは夜明け前に目を覚ました。


 砂浜に横になっていた。隣にミナがいた。体温があった。七日間、コックピットの壁に背をつけて眠っていたのとは違う、砂の上の感触だった。


 空が明るくなっていた。


 ハルは起き上がって島の様子を確認した。夜の間に何かが変わっていないか——兵士としての習慣が抜けなかった。でも何も変わっていなかった。波が打ち寄せ、鳥が鳴き、遠くで魚が跳ねた。誰も来ていなかった。


 ゴッグ二号機が砂浜に傾いて横たわっていた。


 夜明けの光の中で見ると、損傷がより分かった。外装の三割以上が剥落していた。推進器のユニットが脱落しかけている。内部のフレームが数か所で露出していた。七日間の水底に加えて、ACAS発動時の負荷が、機体を限界まで消費させていた。


 ハルは機体の前に立った。


「よく来た」


 声に出した。機体に向かって。昨日も言った。今日も言いたかった。


 機体は答えなかった。でも、今日は風が機体に当たって低い音を鳴らした。それが答えのように聞こえた。




 ミナが目を覚ました。砂浜に起き上がり、周囲を確認して、それからハルを見た。


「おはよう」


「おはよう」


「眠れた?」


「久しぶりにちゃんと眠れた気がする」とハルは言った。


「私も」


 二人で朝食を探しに行った。昨日確認した岩場の貝と、内陸のヤシの実と、湧き水。当面はそれで生きていけそうだった。慣れれば魚も獲れるかもしれない。ハルは釣りの心得が少しあった。


「いつまでここにいる?」とミナが食べながら聞いた。


「分からない」とハルは正直に言った。「でも——急いで出る必要もない」


「そうね」


「戦争が終わったら、何かが変わるかもしれない。でも今は、戦争の外にいる方がいい気がする」


「MIAとして」


「そうだ。記録されない場所にいる方が、今の俺たちには合ってる」


 ミナはそれを聞いて、少し考えてから言った。「うん、そう思う」




 午前中、ハルは機体の内部を確認した。


 コックピットには生活用品がまだ残っていた。毛布、工具箱、医療キット、懐中電灯。耐圧服は使い終わったが、材料として使えるかもしれなかった。


 第三区画の制御盤を確認した。


 ACASのパネルは「STANDBY」のままだった。RESONANCE LEVELはゼロになっていた。LIFE SIGNのパネルは——まだ「STABLE」を示していた。


 ハルはその表示を見た。


 白い空間で見た女の顔を思い出した。ミナの顔に似た目を持つ女。名前を言わなかった女。ミナが「お母さん」と呼んだ——。


 ハルはその思考を止めた。


 今は考えすぎない方がいい。


 ただ、この機体の中に何かがいて、それが二人を生かしてくれた——それだけを知っていれば十分だった。


「まだ動いてるな」とハルは機体に言った。「ゆっくり休め」




 昼過ぎ、ハルは砂浜に落ちていた鉄屑を集め始めた。


 機体から剥落した外装の破片が、砂浜の各所に散らばっていた。使えそうなものを選んで、機体の足元に積んだ。


 ミナが来て、何をしているのかを見た。


「直してどうするの、ハル?」


 ハルは少し笑った。七日間ぶりに、力の入っていない笑いができた気がした。


「こいつは俺たちの命を繋いでくれた。次は、俺がこいつを再生させる番だ。戦うためじゃない——俺たちの家にする」


 ミナはその言葉を聞いた。少しの間、何も言わなかった。


「家」と繰り返した。


「コックピットを住居に改造する。雨が防げて、風が通って、波が来ない高さに置けたら、当分の住処になる」


「できるの?」


「できると思う。時間はかかるが——急いでいないから」


 ミナは機体を見た。それからハルを見た。


「手伝う」と言った。


「そうしてくれ」




 ハルが鉄屑を叩く音が、静かな砂浜に響いた。


 最初の一打だった。工具で鉄の端を曲げ、別の破片に合わせる。不格好だったが、それでよかった。これは兵器を修理する作業ではなかった。


 ミナは内部の清掃を始めた。コックピットの泥を掻き出し、配管を確認し、通気のルートを調べた。もともと生命維持のために設計された空間だった。住居として使う改修は、理にかなっていた。


 二人は黙って作業した。


 午後の光の中で、波の音を聞きながら。


 鉄を叩く音が、一定のリズムで島に響き続けた。




 夕方、作業を止めた。


 海の向こうに太陽が沈んでいった。今日は雲が少なく、夕陽がはっきり見えた。水平線がオレンジと赤に染まった。


「きれいだな」とハルは言った。


「うん」とミナが言った。


 それだけの会話だった。でも七日間のどんな会話よりも、柔らかかった。


 ゴッグ二号機の傷だらけの外装が、夕陽を受けて橙色に輝いた。腕もなく、足もなく、外装が剥落した姿で。それでも、砂浜にある。確かにある。


 ハルは夕陽に向かって伸ばしかけた手を、途中でミナの方に向けた。


 ミナがその手を取った。


 特別なことは何もなかった。ただ手を繋いだだけだった。でもそれが——七日間の全部よりも、少しだけ特別な感じがした。


 二人は夕陽が沈むまで、手を繋いだまま立っていた。




【次回 第14話「鉄の揺り籠」へ】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ