表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴッグ・シンドローム 真 Call of Astrachion ハルとミナの物語  作者: Kentarou Theater


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/17

第12話「兵士の埋葬」


 砂浜に座ったまま、しばらく何もできなかった。


 ハルは手の震えが止まるまで待った。ミナは膝を抱えて目を閉じていた。波が砂浜に寄せては返す音だけが聞こえた。鳥の声がした。風が木を揺らす音がした。七日間、一切なかった音たちが、一度に押し寄せてきた。


 ハルは空を見上げた。


 曇っていたが、夕方の光が雲の向こうから薄く差していた。時刻は午後四時か五時か——七日間ほとんど時間感覚がなくなっていたから、正確には分からなかった。


 長い一日だった。


 長い七日間だった。




 立ち上がれるようになったとき、ハルは機体に戻った。


 ゴッグ二号機は砂浜に乗り上げて傾いていた。外装の半分が剥落し、フレームが露出した箇所があった。内側からの浮力で膨らんだように見える部分もあった。七日間の水底生活と、ACAS発動時の衝撃が、機体にどれほどの負荷をかけたか——外から見ると、それが初めて分かった。


「ひどいな」とハルは言った。機体に向かって。


 機体は答えなかった。当然だった。でも——ハルは何かを言わずにはいられなかった。


「よく持ってくれた」


 砂浜をミナが歩いてきた。ハルの隣に立ち、同じように機体を見た。


「本当に、よく持ってくれたね」とミナは言った。




 食料を探しに行った。


 島の端は珊瑚礁に囲まれていて、潮が引いた浅瀬にはヤドカリや貝類がいた。ハルは軍服の袖で包んで集めた。内陸に少し入ると、ヤシの木があり、落ちた実が砂に埋まっていた。水も、岩の割れ目から細く湧き出している場所があった。


「生きていける」とハルは言った。


「当分は」とミナが答えた。


 二人で焚き火を作った。ハルが木を集め、ミナが火起こしをした。軍の訓練には含まれていたが、実際にやるのは久しぶりだった。それでもミナの手つきは確かで、十分ほどで小さな炎が上がった。


 貝を焼いた。七日ぶりのまともな食事だった。


 ハルは一個食べてから、しばらく動けなかった。


「どうした」とミナが聞いた。


「うまい」とハルは言った。「貝がこんなにうまいと思ったことがなかった」


 ミナは少し笑った。本当に笑った。七日間で初めて見る、力の抜けた笑いだった。


「私も」




 食事が終わった後、ハルは立ち上がった。


 海の方に歩いた。波打ち際に立って、少し考えてから、腰のホルスターに手をやった。


 ハルの軍用拳銃だった。七日間、水の中にいても、砂の上に倒れても、ずっとそこにあった。


 ハルはそれを抜いた。重さを確かめた。


 この拳銃で、何人を倒したか。正確な数は覚えていなかった。戦場での話だった。命令に従い、生き残るために、必要だったことだった。


 でも今は。


 この島には、戦場がない。守るべき「ジオンの正義」も、倒すべき「連邦の侵略」もない。この砂浜に、軍曹として生きる理由がなかった。


「軍曹としての俺は、あのアマゾンの底に置いてきた」


 誰かに言うわけではなく、ただ声に出した。


 拳銃を海に向かって投げた。


 放物線を描き、水面に落ち、小さな水柱を立てて——沈んだ。


 ハルは泥と血に汚れた軍用上着を脱いだ。それも海に向かって投げようとして、少し考えてから、砂の上に置いた。上着は海に沈めるより、何かの役に立てた方がいいかもしれなかった。


 でも意味は同じだった。


 「兵士」という肩書きを、ここに置いていく。




 ミナは砂の上に座ったまま、それを見ていた。


 ハルが戻ってくると、胸ポケットから端末を取り出した。七日間、何十時間もの記録が入った端末だった。


「記録は、死者の代わりに語るもの……」


 ミナはその言葉を呟いた。前任の通信士から受け取った言葉だった。「生きて帰った者だけが、死んだ者のことを語れる」——だから記録しろ、聞け、事実だけを並べろ。


 端末をじっと見た。


 中には、第八大隊の最後の時間がある。中佐の最後の命令が記録されている。カイル・フォン・シュトラール中佐が、光の中に消えた瞬間のノイズが残っている。消えていった仲間の声が、断片的に入っている。


 そして——深度九十一メートルでの七日間が。


 ゴッグ二号機が「生きていた」七日間が。


 「ずっとそこにいた誰か」が、ずっと聞いていた七日間が。


 端末の電源を切った。


 砂の中に、深く埋めた。


「語り継ぐのは、私じゃない」とミナは言った。「私たちがここで新しく刻む時間が、いつか誰かの光になればいい」


 立ち上がった。


 記録係のミナではなく、ただのミナ・カワシマとして、砂の上に立った。




 ハルがミナの隣に来た。


 二人は夕暮れの海を見た。


 ゴッグ二号機の巨体が、夕陽に赤く染まっていた。腕もなく、足もなく、外装が剥落した姿で、それでも砂浜に立っていた。いや、横たわっていた。でもその存在感は、損なわれていなかった。


「どうする、これから」とミナが聞いた。


「ここで生きる」とハルは言った。「しばらく」


「軍に戻らないのか」


「どちらの軍に戻る気にもなれない」


 ミナは少し考えてから「うん」と言った。


「ここは」とハルは続けた。「お前も言ったように、名前がない。地図にない。どの軍も、どの国も、ここを知らない。MIA(消息不明)として記録された俺たちには、ここがちょうどいい」


「悪意の連鎖の外」とミナが言った。


「そういうことだ」




 夜になった。


 焚き火を囲んで座った。波の音が続いた。虫の声が聞こえた。星が出た。七日間、見ていなかった星が、空一面にあった。


「ハル」


「なんだ」


「ここに来れてよかった」


 ハルは少し黙ってから言った。「俺もそう思う」


「生きててよかった」


「俺もそう思う」


 ミナが、ハルの方に体を向けた。


「あなたのおかげで生きてる」


「お前のおかげでもある」とハルは言った。「あの機体がなければどちらにしても死んでたが——お前が一緒にいてくれたから、俺は諦めなかった」


 しばらく間があった。


 ミナが少し近づいた。ハルはその動きに気づいたが、どうすることもしなかった。


 ミナが、ハルの頬に触れた。泥と汗でひどい状態だったが、ミナは構わなかった。


 そのままだった。


 ハルは何も言わなかった。何も言う必要がなかった。


 焚き火が揺れた。波が打ち寄せた。


 二人はそのまま、夜の中にいた。




【次回 第13話「未完成の家」へ】



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ