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側室、夜会にて華麗にデビュー 3

大分時間が経っていたので、チェレッチアが変わっていないか不安です




 コーネリアは言葉が出なかった。周りには嫉妬で狂った怖い女だと噂されていたのだ。影でニーア・ブラウジーを苛めていたのは周囲にもバレていて、カシムにも冷たい態度を取られ見放されていた。

 それなのにチェレッチアは綺麗だと言う。今此処で自分が犯して来た事を言っても、チェレッチアは同じ言葉を言ってくれるだろうか? コーネリアは暫く考え、意思を固めるとチェレッチアと目を合わす。


「私は綺麗ではありませんわ」

「え?」

「コ、コーネリア様?」


 先程まで自分は綺麗だと言っていたのに、突然否定するコーネリアに取り巻き達は困惑する。


「私は陛下の愛を独り占めするあの女が妬ましかった。だから……陰口や沢山の嫌がらせをしてきましたわ。それでも、貴女は私を綺麗だと言えるのかしら?」

「コーネリア様!な、何を仰られるのですか!」


 影で数々の嫌がらせをしてきたコーネリア。何度カシムやニーア・ブラウジー派の者に問われても、知らぬ存ぜぬで決して認めなかった。

 そのコーネリアがあっさりとチェレッチアの前で暴露した事に、取り巻き達は慌てふためく。これがカシムの耳に入れば、嫌がらせに加担した自分達もタダではすまないからだ。


「嫌がらせってどんな事したの?」

「……食事に塵を入れたり動物の死骸を届けたり、舞踏会でわざと脚を引っ掛け転ばせて恥をかかせたり……色々ですわ」

「うわー…」


 想像したのか苦笑いをする。


(やはり汚い事をした自分の心は綺麗ではないのだ)


 嫉妬に狂った醜い女。影で言われ続けてきた言葉が、コーネリアの胸を深く突き刺さる。俯いて何も言わなくなったコーネリアに、取り巻き達は声を掛ける事が出来ずにいた。


「でも、コーネリアさんはそれが悪い事だって気付いたんでしょ?」

「え?」

「悪い事したんなら謝れば良いんだよ」

「なんて愚かな事を! コーネリア様に成り上がりの男爵家の女に頭を下げろなんて。そんな事する訳ありませんわ!」

「そうですわ。謝る必要等ないのです。あのような身分も低い女が、陛下の寵愛を受ける事事態が間違いなのです」


 茫然とするコーネリアを他所に、チェレッチアに取り巻き達は詰め寄る。貴族は身分が大事であり、自分より身分が低い者に簡単に頭を下げたりしてはいけないのだと。安易に謝罪すれば、あの家は威厳がない等と他の貴族に舐められてしまうからだ。


「貴族って大変だね……」

「と、当然ですわ。貴女みたいな田舎者と同じにされては困ります。コーネリア様は伯爵家のご令嬢なのですよ」

「うん、でもニーアさんに嫌がらせした事を後悔してるんでしょ?」


 真剣な表情で見つめられ、コーネリアは思わず目を逸らしてしまう。チェレッチアの無垢の目を前にしてしまうと、息が苦しくなっていく。


「例え悪い事をしても、後悔しないならいいよ。それも1つの生き方だし。褒められた事じゃないけどね。でももし、その事で後悔してどうしようもなく苦しんでるんなら、やり直すべきだよ」

「やり直す……?」


 取り巻き達が騒ぐ中、ポツリと呟くコーネリアに優しく微笑みかける。


「私昔ね、お母様が大切にしていた首飾りを壊してしまった事があったの。お父様に嫁いだ時にお婆ちゃんから送られた物で、とても綺麗な首飾りだった。1度しか見せて貰えなくて、お母様に見つからないようこっそり持ち出したの。太陽の下でキラキラ輝く首飾りは本当に綺麗で、1日中付けて草原で燥いでたら……転んだ拍子に宝石が1つ取れてしまったの」


 自分に何を伝えたいのか、コーネリアは静かにチェレッチアの話を聞いていた。いつの間にか騒いでいた取り巻き達も口を閉ざす。


「探したけど見つからなくて、1つだけだしバレないだろって元の場所に戻したわ。お母様は滅多に宝石を付けたりしないから、本当にバレなかったの。でも何時バレてしまうだろう。私がなくした事が分かって、それを隠していたのを知られたらお母様は私の事を嫌いになるんじゃないか。そう思ったら怖くて怖くて、ご飯も食べらなくなってた」





 それはまだチェレッチアが小さな子供だった頃の話。子供なら1度はするであろう。親の物を壊し、それを内緒にしてしまう事を。

 黙っている期間が長くなればなる程、辛くなっていく。チェレッチアもそうだった。


 そんな悩みを抱えたある夕食時。チェレッチアの箸が進まない事に心配する母親。兄弟達も何度も何かあったのか聞くが、首を横に振るばかり。困り果てた時、1番上の兄がチェレッチアの頭を撫でる。


「何を悩んでいるのかはわからないが、独りで抱え込むな。独りで解決出来ない事も、誰かに手伝って貰えれば解決法も出る」

「……兄様」

「何時も元気なチェレッチアが落ち込んでるなんて、余程の事なんだろ?お前は俺達の大事な妹だ。頼ってくれ」


 優しく暖かい言葉。泣きそうになるのを食い縛り、閉じ込めていた不安を少しづつ吐き出す。

 

「チェレッチアは……悪い事しました。皆にバレたら……嫌われてしまうんじゃないかって、ずっと怖くて、」


 半泣き状態で途切れ途切れ話し出す。嫌われてしまう事に恐れるあまり、小さな体を震えさせ俯いてしまうチェレッチア。そんな可愛い妹を誰が怒れようか。


「大丈夫だチェレッチア。俺達がチェレッチアを嫌う事なんて、父さんが笑顔で話す事以上にあり得ない。一体何があったか、教えてくれるかい?」


 父親が笑顔で話す所を想像したのか、他の兄弟が吹き出す。父親の一睨みで止めようとするも、肩の震えわ止められない。

 家族の暖かい視線を浴び、チェレッチアはとうとう泣き出してしまった。

 

「うえぇぇぇん、ごめなさぁい。母様が大切にしていた父様からの贈り物の首飾り、勝手に持ち出して宝石1つなくしちゃったのぉぉ。ごめなさぁぁぁい」

「「「ええぇっ」」」


 予想外の内容に、兄弟達は父親を横目で見る。

 チェレッチアの父親は鉄よりも硬い頑固親父であり、眉間に皺を寄せた顔が普通である。厳しさもかなりのもので、怒らせたら怖い人物であった。

 なので、泣きじゃくるチェレッチアにどう慰めの言葉を掛けようか迷っていると、母親の手がチェレッチアの頬を包む。


「ごめんなさい、母様」 


「ちゃんと自分から話してくれてありがとう。怖かったでしょうに」 

 

 ポロポロ零れる涙。そんなチェレッチアに、優しく微笑みかける。涙を拭い、落ち着くまで抱きしめ背中を撫で続け、その様子に固まってた兄弟達も安心した。


「ちゃんと自分から謝ってくれてありがとう。確かに首飾りは大切だけど、私のもっと大切な宝物が傷付いていてとても心配していたのよ」

「もっと大切な宝物?」

「それは貴女よチェレッチア。何時も元気なチェレッチアが、笑わなくなってご飯も食べなくなってしまって、とても心配したわ。首飾りの事は気にしないで。チェレッチアは私の何よりの、大切な宝物なのだから」

「お母様ぁぁ」 


 止まった涙が再び溢れだし、母親を強く抱きしめる。泣きじゃくるチェレッチアの背中を撫で、微笑む姿はまさに生母。 

 兄弟達は二人を暖かく見守っていたが、この雰囲気の中、まったく眉を動かさない人物に冷や汗を流していた。


「チェレッチア」

「っ、はい、お父様!」


 低く重みのある声。チェレッチアが誰よりも尊敬し、恐れている父親に呼ばれ、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げる。


「首飾りを勝手に持ち出し、天津さえ壊し、そしてその事を隠そうとした。罰は受けなければならない」

「……はい」


 父親の厳しい眼差しに怯え、服を握り締める。

 どんな罰を受けるのだろうか。怖かった。逃げ出したかった。それでも自分が悪いのだ。自分の罪を受け止め、罰を受ける。

 覚悟を決めた瞳は美しかった。恐れず、真っ直ぐに見つめるチェレッチアの手を優しく包む母の手。見守ってくる兄弟達。チェレッチアは独りではない。その事が勇気を与えてくれる。


「明日1日食事は抜きだ。馬小屋の掃除、家族全員分の食器を1人で洗う事。当然、何時もの針仕事も忘れるな」

「うわ、厳し……」


 まだ小さいチェレッチアへの罰に、言葉を漏らす兄弟達。可愛い末っ子の為にこっそり手伝ってやろうと、兄弟達はお互い視線を合わせて頷く。


「これはチェレッチアの罰だ。自分1人の力でやり遂げなさい」

「はい! チェレッチアは1人で頑張ります」

「……げ」


 大変な罰にも関わらず、何故かチェレッチアの目は生き生きしていた。

 この目をした時のチェレッチアは、決して意見を曲げない。隠れて手伝おうとしても断るだろう。誰に似たのか一目瞭然である。


「明日は飯が食えんぞ。今のうち食べておきなさい」

「はい!」


 食欲がなかったのが嘘のように、沢山のご飯を食べる姿を家族達は安心したように見ていた。



 翌朝、早速朝食で使った食器を洗っていく。冷たい水で真っ赤になった指先。チェレッチアに気を使ってくれたのか、何時もよりは食器の数は少ない。それでも大家族全員分の食器の量はかなりのもので。

 やっと洗い終わると、直ぐ様馬小屋へと走る。換気、水替え、餌の準備、馬糞と小屋の片付け。小さな体では思うように道具も使えず、何度も失敗してしまう。


 午前中で終わらせる事が出来ず、昼食の時間となり、家族がご飯を食べている間も掃除を続ける。お腹の虫が鳴ろうと、チェレッチアは一言もお腹が空いたとは口に出さなかった。


 昼食の食器を洗い、午後からは祖母の針仕事の手伝いの時間。

 黙々と縫い物をしているが、時折響くお腹の音に、姉達は心配で何か食べさせようとした。お腹は空いている。それでもチェレッチアは食べなかった。祖母は優しくチェレッチアの頭を撫で、

 

「自分の思うように頑張りな」


 針仕事を終え、残りの馬小屋の掃除を終わらせた頃にはすっかり日も沈み、文字通り1日中働いていたのだった。

 夕食の時間は外で星を眺めていた。空腹は限界で、水を大量に飲んでもお腹は膨れず、チェレッチアは普段ご飯を食べれる事が、どれだけ有り難い事なのかを身に染みて感じたのだった。


 ふらふらになりながらも、食器洗いを終え泥のように眠る。あれだけ働いたのだ、眠りは深かった。だが空腹過ぎて、夜中に目を覚ましてしまった。


 食料庫に自然と足が向かい、甘い匂いがする果物に目が釘付けになってしまうのは仕方のない事だろう。

 ジッと果物を見つめ、生唾を飲む。もう日付は変わったのだから食べても怒られない。そう思い、果物に手を伸ばそうとする。

 しかしその手を途中で止め、水瓶の場所に行き水を飲む。朝になれば家族全員でご飯を食べれるのだ。こそこそ食べず、母親の温かい料理が食べられるのだから。何度も空腹で目が覚めるが、決して食料に手を付けず我慢し続けた。


 翌朝、日が上がると同時にチェレッチアは父親に起こされた。あまり眠れなかったせいかぼんやりとしていると、父親の手にお握りがあった。


「食べろ」

「えっ、でも」

「朝を迎えた。もう食べていい」

「っ!」


 父親の言葉を聞き、無我夢中で食べ始める。炊きたての白米に、丁度良い塩梅。具はチェレッチアが大好きな佃煮だった。 

 

「最後まで弱音を吐かず、よく頑張ったな。俺はお前を誇りに思うぞ」

「父様……」


 普段、絶対に見られない父親の微笑み。自分を誇りだと言ってくれた。胸が熱くなり、感動で体が震え涙する。


「辛い仕事をやり遂げ、空腹で何度も夜中に目を覚まそうが、お前は決して食べようとしなかった。約束を守る為、自分の誇りを取り戻す為に」


 チェレッチアが夜中に起きていた事に気付いていのだ。果物に手を伸ばそうとしても止める事なく、黙って様子を伺っていたのはチェレッチアを信じていたからなのだろう。

 食べる事を止め、チェレッチア黙って話を聞く。寡黙な父親が自分に語りかけてくれるのだから。


「チェレッチア。自分に恥じる行いはするな。例え周りが何言おうが、流されず、自分の意思を持ち、胸を張って歩き続けらる大人になれ」

「……はい」

「過ちを犯さない人等いない。その時、自分から目を逸らさず、受け入れ立ち向かえる強き心を身に付けろ」

「はい! チェレッチアは父様のような強い心を持った大人になりたいです!」


 涙は止まった。

 自分がもしまた悪い事をしてしまっても、その事から逃げ出さない強い心を持てるように頑張ろうと誓う。

 朝日に輝く父親の優しく笑み。この笑顔は自分を認めてくれたのだと、自分は嫌われてはいないのだと。

 この日を境に、チェレッチアは強く逞しく育っていくのだった。

  

 

 

「……母さん、私チェレッチアの将来が不安だわ」

「……元気であれば良いわ」

「嫁の貰い手あるかしら」





この親にしてこの子あり。厳しい父親と暖かい母親。優しい兄弟達。

沢山の家族に囲まれ、今のチェレッチアが出来ました。



次で夜会編も終わりです。長くてすみません。


読んで下さりありがとうございました。


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