第4話:【急転・インフラを破壊する純愛と、本質を突く黄金のハリセン】
「離さない……! 誰にも邪魔させないわ。あなたも、この冷たい雨の中で私と一つになりなさい……!」
雨女の悲痛な叫びと共に、高架下に渦巻く大津波が僕の身体を完全に包み込んだ。
彼女は心中でも迫るかのように、お姉様トーンの艶やかな声を響かせながら、僕の身体を正面からぎゅっと抱きすくめてくる。顔と顔が触れそうなほどの至近距離。
(……これは、まずいな)
現世の僕は、冷静さを保とうとしながらも、内心では小さく焦っていた。
僕を抱き締める雨女の背後で、神代暁の漆黒の瞳が、一瞬で般若の如き狂気へと染まった。
「――お前、今、俺の姫に触れたな?」
低く地を這うような、凄まじい殺気を孕んだ声。
暁が懐から数枚の呪符を凄まじい速度で抜き放ち、地面へと叩きつける。
「俺の千鶴に気安く触れてんじゃねえッッ!! ――爆ろ!!」
ドガァァァァァンッッッッ!!!
濁流を吹き飛ばす、文字通りの大爆破。
しかし、その威力が完全に度が過ぎていた。雨女の津波を相殺するどころか、高架下を支えていた分厚いコンクリートの壁ごと、凄まじい霊圧で粉々に粉砕してしまったのだ。ガガガと不穏な音を立てて、天井のコンクリートが崩落し始める。
「ちょっと待って。怪異を祓うついでに公共インフラを跡形もなく爆破しないでほしいんだけど」
崩れ落ちる瓦礫、押し寄せる爆風、そして衣服が破れて肌に直接触れてくる雨女の冷たい指先。
あらゆる限界を突破したその瞬間、僕の脳の血管がピキィィィンと音を立てて弾け飛んだ。
前世の武闘派統治者――『千鶴姫』の防衛システム、強制起動。
「――おい待てコラ、過剰防衛のスケールが戦術兵器レベルに達しとんじゃボケ共ォォォ!!」
地鳴りのようなドスの利いた関西弁が炸裂すると同時に、僕の右手に霊力で編まれた『黄金のハリセン』が物質化。そのまま、怒涛の風切り音を立てて、眼前の雨女の顔面へと神速のスナップで振り抜かれた。
――パコォォォォォンッッッッ!!!
コンクリートの崩落音すら掻き消す、完璧な打点の破裂音。
「あふっ!?」
顔面をクリーンヒットされた雨女は、激しくスピンしながら吹き飛び、暁が爆破したのとは反対側の壁に、さらに深い人間型のクレーターを作って埋まった。
しかし、今日の僕(千鶴姫)のツッコミは、ただの打撃では終わらない。
魂の底からの切れ味鋭い正論が、怪異の歪んだ未練という名の『ボケ』を、根底から真っ直ぐに矯正していく。
「おいそこへ直れ雨女ァ! 千年も待ちぼうけ食らって心折れたんは同情するけどな、相合い傘した奴の生気片っ端からカツアゲしてガリガリにするのは、ただの『妖怪・健康寿命泥棒』やろがい!!」
ハリセンを肩に担ぎ、壁に埋まった怪異へ向けて容赦ない言葉の一撃を叩き込む。
「未練を言い訳に他人の代謝機能狂わせにきとんちゃうぞ! お前が今すぐ雨の中で待つべきなんは元カレやなくて、自分の引き際と一般常識やろがぁぁぁ!!」
「ツッコミ=除霊」。
その言葉通り、僕のキレキレの正論が雨女の魂に直撃した瞬間、彼女の身体から禍々しい黒い瘴気がみるみるうちに霧散していった。
「あ……っ、はぁ……っ!」
壁からズブズブと抜け出してきた雨女は、頭から激しく火花を散らしながらも、その表情は信じられないほどの恍惚に満たされていた。
「そう、ね……。私はただ、寂しさを他人に八つ当たりしていただけ……。なのに、こんなにも完璧な打点と正論で、私の歪んだ根性を叩き直してくれるなんて……っ(ぽっ)」
ツッコミによって歪んだ認知を力業で矯正された雨女は、頬を薔薇色に染め、うっとりと僕を見つめて身悶えを始めたのだった。




