表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/60

第3話:【真相・雨の約束と、騎士の名乗り】


激しい雨が、コンクリートの高架下にゴート音を立てて打ち付けていた。

薄暗く、ひんやりとした空気が漂う高架下。僕はビニール傘をすぼめ、肩をすくめながら息を呑んだ。

そこには、噂通りの光景が広がっていた。

水たまりの真ん中に、ぽつんと佇む一人の女性。

蛇の目傘を差し、濡れた黒髪を肩に垂らしたその姿は、透き通るように白い和装を纏っている。普通の人なら見落としてしまうほど希薄で、だけど僕たち『調伏の一族』の目にははっきりと映る、哀切に満ちた『雨女』の怪異だった。

「……傘、入れてくれませんか?」

彼女がゆっくりと振り返る。その瞳には、深い、深い底なしの孤独が沈んでいた。

声をかけられた瞬間、僕の身体から体温がスッと奪われるような感覚に襲われる。これが、生気を吸い取るという瘴気の力だ。

「ひっ……!」

本能的な緊張に足が止まりかけた。だけど、僕は胸を押さえながら、静かに声を絞り出した。

「あ、あの……! あなたが待っている人、もう、ここには来ないって……分かっているんですよね?」

雨女の手が、ピクリと止まった。

「この高架下ができるずっと昔……ここで、大切な人と雨の日に待ち合わせる約束をした。でも、その人は病気か何かで、来られなくなっちゃった……。あなたは、その人が自分を忘れてしまったんじゃないかって、それが悲しくて、ずっと雨の日に誰かを待ち続けている……」

僕の『対話の霊力』が、彼女の記憶を紐解いていく。

彼女は人を傷つけたいわけじゃない。ただ、千年前のあの日に置いてきぼりにされた寂しさを、誰かに共有して、自分の存在を確かめたいだけなのだ。

「もう、泣かなくていいですよ。あなたの約束は、僕が、ちゃんと覚えておきますから……」

僕はいつもの頼りない笑みを浮かべ、彼女の冷たい手元へとゆっくり一歩を踏み出した。

その時。

「……ああ、あなたなのね。あなたが、あの日の……」

僕の優しい霊力に触れた雨女の瞳が、歪んだ歓喜に染まった。

優しすぎる僕の魂を、かつての恋人だと誤認してしまったのだ。瞬間、高架下の雨水が激しい大蛇のような濁流と化し、僕の身体を幾重にも巻き付いて拘束した。

「冷たい……寂しいの、離さないで。私と一緒に、永遠の雨の中に溺れて……!」

「う、あ……っ!?」

急速に体力を奪われ、視界がかすんでいく。

まずい、彼女の未練が重すぎて、僕の対話能力だけじゃ抑え込めない――!

意識が闇に呑まれそうになった、その絶体絶命の瞬間。

「――急急如律令きゅうきゅうにょりつりょうッ!!」

鼓膜を震わせる、低く気高い声。

刹那、閃光のような青い炎が周囲の濁流を一瞬で蒸発させ、僕の身体を優しく床へと滑り込ませた。

「え……?」

視界を覆う白い湯気の向こう側。

僕の前に立ちはだかるように背中を向けたのは、漆黒の呪符を指に挟んだ、あの謎の転校生――神代暁だった。

制服のブレザーを激しく濡らしながらも、彼の佇まいは神聖なほどに美しく、圧倒的な霊圧で雨女の瘴気を完全に押し返している。

「下がっていろ、怪異め。これ以上、俺の……」

暁はそこで言葉を切り、ゆっくりと振り返って僕を見下ろした。

その切れ長の瞳には、学校で見せていた冷徹な陰陽師の仮面はどこにもない。狂おしいほどの情熱と、愛おしさが、そのまま涙のように溢れ出しそうな瞳。

彼は僕の前にそっと膝を突くと、泥に汚れた僕の右手を、壊れ物を扱うように両手で優しく包み込んだ。

そして、切なげに眉を寄せ、極上のソプラノボイスで囁いたのだ。

「……ようやく見つけた。大丈夫ですか、千鶴ちづる姫」

 泥だらけの僕の手を、彼は両手で包んだ。

 壊れ物を扱うように、静かに。息を殺すように、慎重に。その指先が、ほんの少し震えていた。

――千鶴姫。

その名が紡がれた瞬間、僕の脳裏に、あの燃え盛る戦火の光景が完全にフラッシュバックした。

血を流しながら僕の前に跪き、『必ずあなたを見つけ出す』と誓った、前世の最愛の近衛騎士。

(……繋がった。この人、僕が前世で愛し合っていた人だ)

「あ、暁……?」

僕の口から、無意識に前世の名前が溢れ出る。

暁は嬉しそうに目を細め、「はい、俺の姫」と微笑んだ。

静かな魂の再会。男同士という事実を置き去りにした、純愛の構図。

しかし、そんな美しい再会の余韻を、背後の雨女が金切り声で引き裂いた。

「私の……私の恋人を、泥棒猫が奪わないでぇぇぇ!!」

激怒した雨女の未練が、さらに禍々しい大津波となって僕たちに襲いかかる。

さあ、前世の絆は繋がった。ここからは、『本当の地獄』の幕開けだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ