第2話:【事件・雨の日の「相合い傘」境界線】
神代暁が編入してきてから、まる三日が経った。
「なぁ、姫宮……。気のせいか、あの神代って男、ずっとお前の後ろ姿を凝視してないか? お前が教科書めくるたびに、なんかもの凄く嬉しそうな顔をしてるんだけど……」
「気のせいじゃないよ陣内くん。僕もこの三日間、背中に視線を感じすぎて落ち着かないんだ」
昼休み、僕と陣内はいつものように購買のパンを食べていたけれど、僕の精神はすでに限界を迎えていた。
斜め後ろの席からの視線が、とにかく熱い。そして重い。
廊下ですれ違えば、彼は何も言わずにじっと僕を見つめてくる。その切れ長の瞳の奥には、冷徹な陰陽師の仮面の下で、焦がれるような、今にも溢れ出しそうな「何か」が渦巻いているのが分かった。
(……なんでそんな目で僕を見るんだろう。僕、男だよ? いたって普通の男子高校生なんだけど)
彼と目が合うたびに、僕の心臓は妙に騒ぐ。女の子が好きなはずなのに、男である彼の香りを嗅ぐだけで、胸の奥が締め付けられるような感覚があるのだ。
この感覚の正体が分からず、僕はただ静かに戸惑っていた。
そんな僕の脳内パニックに追い打ちをかけるように、その日の午後は、どんよりとした暗雲が空を覆い尽くし、激しい五月雨が学校を包み込んだ。
バケツをひっくり返したような大雨の中、放課後。
僕と陣内が下駄箱で傘を開こうとした時、近くにいた女子生徒たちが怯えた声で噂話をしているのが聞こえてきた。
「ねえ、やっぱり本当みたいだよ。雨の日に、旧校舎の裏の高架下を通ると、絶対に『お姉さん』に声をかけられるって……」
「そうそう! 綺麗な和装の女の人が『傘、入れてくれませんか?』って聞いてきて、一緒に相合い傘をすると、次の日には生気を吸い取られてガリガリになって倒れるんだって……」
不穏なワードが、僕の『調伏の一族』としてのアンテナに引っかかった。
雨の日にだけ現れる、相合い傘の怪異。
「おいおい、またオカルトかよ。物騒な世の中だな。なぁ姫宮、俺たちも寄り道しないでさっさと帰ろうぜ」
陣内が僕の肩を叩く。
「うん、そうだね……」
僕は生返事をしながら、高架下の方向をじっと見つめた。
冷たい雨の匂いに混じって、泣き出しそうなほど寂しい『怪異の思念』が、僕の心に直接流れ込んできたからだ。
(寂しい……。私はただ、あの人と約束した雨の日に、ここで待っているだけなのに……どうして誰も、私を見てくれないの……?)
それは悪意からの襲撃じゃない。かつて愛する人と雨の中で交わした約束に縛られ、何年も待ち続けて歪んでしまった、切ない女性の未練だった。
「……ごめん陣内くん! ちょっと忘れ物思い出しちゃった。先帰ってて!」
「え? おい、姫宮! この大雨の中どこ行くんだよ!?」
陣内の制止を振り切り、僕はビニール傘を差して激しい雨の中へと走り出した。
落ち着かない足取りで、僕は水たまりを跳ねながら走った。だけど、あの悲痛な声を放っておくことなんて、できなかった。
――しかし、猛スピードで走り去る僕の背中を、下駄箱の陰から静かに見つめる、もう一つの鋭い視線があった。
「……あいつ、また一人で無茶を」
神代暁が、低く美しい声でぽつり、と呟く。
その瞳には、先ほどまでの学園生活で見せていた迷いは一切なく、冷徹極まりないトップ陰陽師としての光が宿っていた。
暁は懐から静かに漆黒の呪符を取り出すと、激しい雨音の中に溶けるように、蓮のあとを追って音もなく歩き出した。




