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第2章:暁、襲来


第1話:【日常・謎の天才陰陽師と歪む心音】

「おーい、姫宮。お前、今日の小テストの範囲、ちゃんとやってきたか?」

「ううん……一応目は通したんだけど、昨日ちょっと寝不足で……」

「またかよ。お前、いっつも目の下にくま作ってるな。夜中にネトゲでもやってんのか?」

「あはは……まあ、そんな感じ、かな」

(まさか、押し入れに封印した麗人妖狐が夜中に這い出てきて、ベッドに組み敷かれそうになるのを黄金のハリセンで迎撃する格闘ゲームを毎晩やってるなんて、口が裂けても言えない……)

僕は小さく笑みを返しながら、手元のノートに目を落とした。

一昨日、旧校舎の裏庭で暴走していた桜の精を『ツッコミ除霊』してからというもの、学校の空気はすっかり穏やかになっている。一般の生徒たちには、単に「不気味だった裏庭の雰囲気が良くなった」程度にしか認識されていない。

僕のこの、落ち着いた高校生ライフ。怪異は出るしバグみたいな前世の防衛システムはあるけれど、こうして陣内とバカ話をしている時間は、いたって普通の男子高校生そのものだ。

このまま、現世の平穏な青春を謳歌したい。できれば、可愛い人間の女の子と付き合って、手を繋いでデートしたりしたい。

そんな僕のささやかな願いは、その直後のチャイムと共に、予想だにしない方向へと狂い始めることになる。

「えー、午後のホームルームを始める前に、我がクラスに編入生を紹介する。政府の特別な要請で、この時期の転校になったそうだ。……神代、入ってこい」

担任の言葉に、教室がざわざわと波打つ。

ガララ、と引き戸が開いた瞬間、教室中の空気が一瞬で凍りついた。

そこに入ってきたのは、信じられないほど顔が良い男だった。

モデル顔負けの長身に、涼しげで切れ味の鋭い冷徹な瞳。漆黒の髪が首筋に美しく流れている。制服を着ているはずなのに、どこか超然とした、触れる者すべてを拒絶するような圧倒的な強者のオーラを纏っていた。

神代暁かみしろ あきらだ。よろしく」

低く、鼓膜を心地よく揺らす美しい声。

女子生徒たちが息を呑む中、僕の隣の席の陣内が、小さく身震いして僕に囁いた。

「おい、姫宮……あいつ見ろよ。『神代』って、あの政府公認のトップ陰陽師家系だぞ。ニュースで見たことある。あんなバケモノ天才が、なんでこんな普通の高校に……?」

「神代……暁……」

その名前が僕の耳に届いた瞬間。

ドクン、と心臓が、まるで物理的に掴まれたかのように激しく脈打った。

(……これは、何だろう)

頭の芯が静かに熱を持ち、視界が一瞬だけ揺れた。胸の奥から押し寄せる、説明のつかない「切なさ」と「懐かしさ」。女の子に惹かれるはずの僕の心が、その転校生の姿を見ただけで、妙にざわついている。

僕がパニックで胸を押さえていると、黒板の前に立っていた神代暁が、ゆっくりと教室を見回した。

そして、僕と完全に目が合った、その瞬間。

それまで氷のように冷徹だった彼の瞳が、ほんの一瞬、狂おしいほどの熱を帯びて大きく見開かれた。

「……っ」

彼が小さく息を呑んだのを、僕は見逃さなかった。

神代暁は担任に促され、僕の斜め後ろの席へと歩き出す。すれ違いざま、彼からふわりと、厳かなお香のような、胸が締め付けられるほど懐かしい霊気の香りが漂った。

(……なんでだろう。男の人相手に、こんなふうになるなんて)

「おい姫宮、あいつ思いっきりお前のこと見てたぞ。なんだよあのガチの視線……お前、なんかヤバい陰陽師に目ぇつけられるようなことしたのか?」

陣内がピュアに怯えながら僕の袖を引く。

「分からないな……。あんな人、会ったこともないのに」

斜め後ろの席からの、痛いほどの視線を背中に感じながら、僕はただ静かに俯くしかなかった。

前世の因縁だなんて、この時の僕はまだ、これっぽっちも気づいていなかった。



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