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第5話:【結・性自認の防衛線と、お後がよろしいようで】


「ああ……。千年の孤独が、この一撃で綺麗に洗い流されていくようです……」

頭から激しく霊力の火花を散らしながら、壁からズブズブと這い出てきた雨女は、頬を薔薇色に染め、うっとりと僕を見つめた。

「そう、ね……。私はただ、寂しさを他人に八つ当たりしていただけ……。なのに、こんなにも完璧な打点と正論で叩き直してくれるなんて……。ねえ、お礼に今夜だけ、この冷たい雨の中で私と……っ(ぽっ)」

「お礼の文脈で心中を再提案すなァァァ!!」

 パコォォォン!!

「あふっ!(眼福)」

 再び壁にめり込んだ雨女が、ゆっくりと光の粒子に変わりながら、最後にもう一度だけ僕を見た。

 恍惚でも、泣き顔でもなかった。ただ目を細めて、静かに笑っていた。

(……また、だ)

 胸が痛む前に、彼女の身体はサラサラと雨空へと溶けていった。

高架下に残されたのは、降り続く雨の音と、半分崩落して物々しい事件現場のようになったコンクリートの残骸。

そして、僕と神代暁の二人だけ。

「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

右手のハリセンが光となって消え、僕の魂から『千鶴姫』の残滓がスッと抜けていく。

同時に、現世の僕――なよなよした男子高校生としての意識が急速に引き戻された。

 ハリセンが光の粒子になって消えた。

 雨が降り続いている。

(……幸せだったのかな)

 千年待って、来なかった人を待ち続けて。最後にあんな顔で笑えたなら、幸せだったんだろうか。それとも、あの笑顔は僕へのせめてものお礼だったんだろうか。

 どちらでもいい、と思った。どちらにしても、あの人はもう寂しくない。

そんな僕の前に、静かに影が落ちた。

「……千鶴」

低く、甘く、鼓膜を心地よく揺らすソプラノボイス。

ハッと顔を上げると、そこにはブレザーを濡らした神代暁が、狂おしいほどの情熱を瞳に宿して佇んでいた。彼はそっと手を伸ばし、僕の濡れた髪を優しい指先で押し上げる。

「男の身体に転生したと聞いた時は一瞬耳を疑ったが……。やはりお前だ。その苛烈なまでのツッコミの切れ味、間違いなく俺の愛した千鶴姫だ」

「何言ってるの神代くん? 僕は姫宮蓮、男子の高校生だよ」

立ち上がり、一歩後ろに下がる。

しかし、暁の動きの方が一瞬早かった。彼は僕の腰に力強い腕を回し、拒絶する隙すら与えずに、その広い胸の中へと僕を強く抱きしめたのだ。

ふわりと、雨の匂いを掻き消すような、厳かで熱いお香の香りが鼻腔をくすぐる。

衣服越しに伝わる、彼の高鳴る鼓動と圧倒的な男の体温。

「男だろうが関係ない。俺が愛したのはお前の魂だ。今世でも、俺のすべてを賭けてお前を愛し、守り抜くと誓う」

(……ストレートだな、この人)

女の子が好きなはずなのに。現世ではいたって普通の男子高校生のはずなのに。

暁の力強い抱擁と、耳元で囁かれる一途な告白に、僕の心臓は今までにないほど騒ぎ始めていた。顔が、じわりと熱くなる。前世の魂の引力が、僕の理性を静かに揺さぶってくる。

(これは、本気でまずい。男の人相手に、僕の中の何かが揺らいでる)

このままでは暁の重すぎる愛の重力に、現世の僕が完全に呑まれてしまう。

本能的な危機感を察知した瞬間、僕の右腕が本日二度目の条件反射を起こした。

「――綺麗にまとまりそうな空気の裏で、しれっと男同士の既成事実作ろうとすなァァァ!!」

ドスの利いた関西弁の爆裂と共に、黄金のハリセンが再び物質化。暁の無駄に整った顔面へと一直線に振り抜かれた。

――パコォォォォォンッッッッ!!!

「ぐふっ!?」

完璧な打点で叩かれた暁は、美しい放物線を描いて吹き飛び、雨女が作ったクレーターのすぐ隣の壁に見事な人間型の型を掘ってめり込んだ。

しかし、壁に埋まった状態のまま、暁は頬を紅潮させ、恍惚とした目で僕を見つめてきた。

「はぁ……っ、怒った顔も……実に愛しい……。やはり、お前のツッコミがなければ俺の人生は始まらない……」

「お前もドMの狂信者かァァァ!! 頼むからその顔面国宝級の無駄遣いやめろ!!」

僕はハリセンを消滅させると、真っ赤になった顔を隠すように翻り、大雨の高架下を全速力で走り抜けた。後ろから「待て、千鶴! 家まで送る!」というスパダリの追跡ボイスが聞こえた気がしたけれど、全力で無視した。

※ ※ ※

 蓮の背中が雨の中に消えるのを見届けてから、壁にめり込んだまま、暁は静かに目を細めた。

 恍惚でも、追跡の気配でもなかった。ただ、雨の中を全力で逃げていく小さな背中を、どこか懐かしそうに見ていた。

(元気そうで、よかった)

 蓮には、聞こえなかった。

こうして、謎の美形転校生・神代暁との最悪で最高の再会劇は、高架下の器物破損と共に幕を閉じた。

しかし、前世の因縁ボケの包囲網は、蓮に息をつく暇すら与えてくれない。

翌日、寝不足と赤面パニックのまま登校した蓮の前に、さらなるカオスを運んでくる『新たな影』が、空から静かに近づいていた。


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