第12章:帰ったら、すき焼きと肉じゃがと、満開のハーレム 第1話:【追憶・胸の奥の熱と、性自認の境界線】
大晦日のあの壮絶な決戦から、数日が経った。
正月三が日を過ぎ、一月の冷たく張り詰めた空気がアパートの薄いガラス窓を小さく鳴らしている。外にはまだ、あの『常闇の主』との戦いの名残であるかのように、うっすらと溶け残った白い雪が、路地裏の隅を静かに濡らしていた。
「…………」
僕はコタツの中に両足を突っ込んだまま、自分の掌をじっと見つめていた。
右手の皮膚には、あのとき『超銀河級黄金ハリセン』を握りしめ、全宇宙最強の正論を叩き込んだときの、痺れるような衝撃の残響が、いまだに微かな熱を持って消えずに残っているような気がした。
世界は救われた。
呪雪は消え去り、タマさんやハヤテさんも、そして学校の陣内くんだって、現世の不条理で愛おしいカオスの記憶を完全に連れ戻して、いつもの日常へと帰ってきた。
何一つ、変わらないはずの日常。
それなのに、僕の胸の奥の、ちょうど心臓の裏側のあたりには、あの日からずっと、消えることのない『奇妙な熱』がドクドクと居座り続けていた。
目を閉じると、鮮烈にフラッシュバックする。
黒い霧の最奥で、ボロボロになり、魂の崩壊の危機を迎えながらも、なお肉体を盾にして僕を守ろうとしていた神代暁の、あの悲壮な背中。
『お前を悲しませる世界など、俺のこの命にも一寸の価値もない……』
血を流しながら、なおも僕のために微笑んだ彼の琥珀色の瞳。
その姿を見た瞬間、僕の胸の奥から爆発的に湧き上がった、あの狂おしいほどの感情の正体を、今の僕は、現世の男子高校生としての理性でどう処理すればいいのか、全く分からなくなっていた。
(あのとき、僕は……本当に、どうかしてたんだろうな)
ただの「貞操防衛システム」の強制起動なんかじゃなかった。
「また私をひとりにするつもりか!」と涙ながらに叫んだあの瞬間、僕を突き動かしていたのは、前世の千鶴姫としての千年の宿命だけじゃない。
今、この現世の男の身体で、なよなよと悩みながら生きている『姫宮蓮』としての僕自身が、心の底から叫んでいたのだ。
――あの男の人を、二度と失いたくない、と。
「……っ」
頭の芯がカッと熱くなり、僕は思わず、両手で顔を覆ってコタツの上に突っ伏した。
バタバタと激しく鐘を鳴らす心音。顔が、耳の先まで恥ずかしいくらいに真っ赤に染まっていくのが分かる。
女の子が好きなはずだった。
現世の僕は、可愛い人間の女の子と付き合って、手を繋いでタピオカを飲むような、そんな普通の、まばゆい青春を夢見ていたはずの男子高校生だ。
それなのに……あの決戦の瞬間、暁のピンチを前にして僕の魂を満たしたのは、彼に二度と消えてほしくないという願いと、そして――。
(身も、心も、すべてあの人に捧げてしまいたい、なんて……)
そこまで考えて、僕は枕を頭から被って小さく唸った。
男の身体と、男の身体。
前世では相思相愛の恋人同士だったとしても、現世の属性は完全に男同士だ。
なのに、暁のことを思い出すだけで、胸の奥がキュッと締め付けられて、涙が出そうなほど愛おしくなってしまう。
僕は、千年の因縁を背負った『千鶴姫』なのか。
それとも、いたって普通の、ただちょっと線が細いだけの男子高校生『姫宮蓮』なのか。
その境界線が、あの日を境に、完全に曖昧になって溶け合ってしまっていた。男のままで、あの重すぎるストーカーの愛を、ほんの少しだけ「本気で受け入れてしまいたい」と思ってしまった自分への戸惑いが、僕のピュアな情緒を容赦なくかき乱してくる。
しん、と静まり返った六畳間。
一瞬の、静かな感情の、張り詰めた沈黙。
僕は枕を退け、ぽつりと呟いた。
「……答えなんて、出せるわけない……」
自分の性自認の迷宮に完全に迷い込み、深くため息を漏らした、まさにその刹那だった。
ガタガタガタッッッ!!! と、アパートの古びた押し入れの襖が、不穏な霊圧と共に激しく左右に跳ね開けられた。




