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第5話:【オチ・超銀河級黄金ハリセンの撃退】


「おのれ……おのれ、現世の矮小な有象無象どもがァァァ!!」

桜の精の舞い散らせる百花繚乱の桜吹雪によって闇の触手を【消滅】させられ、雨女の放つ聖なる豪雨によって絶対的な闇の衣を剥ぎ取られた常闇の主は、完全にその醜悪な本体を剥き出しにしていた。タマさんの九尾の結界が僕を優しく背後から守り、ハヤテさんの鋭利な烈風が残った陰気を完全に吹き飛ばす。

すべてのお膳立ては整った。

新年の最初の鐘の音が響き渡る世界の境界線で、僕は大きくローファーの底で石畳を踏み締めた。

「蓮くん、今だよ……っ! 私たちの、世界で一番大好きな日常を、取り戻して!」

サクラの神としての神聖な後光を背負ったさくらちゃんが、満面の笑みで叫ぶ。

その瞬間、僕の右手に握られていた黄金のハリセンが、前世の千鶴姫としての莫大な霊力と、現世の僕の「普通の青春を絶対に守り抜く」という熱い想いを吸い上げ、天をも跨ぐほどの巨大な輝きを放ち始めた。前世の因縁も、現世の不条理も、そのすべてをたった一撃で論破するための最終兵器――『超銀河級黄金ハリセン』の完成である。

戦場の空気が、一瞬にして静まり返る。

敵も、味方もの怪異たちも、そして血を流しながらも「千鶴……お前のその怒った顔、やはり至高の悦楽……っ」と頬をドロドロに染めている暁までもが、息を呑んで僕の右手を見つめていた。

世界が完全に動きを止めた、【一瞬の真顔の間】。

僕は大きくドレスの残滓(制服)を翻すと、宇宙の法則を右腕の全筋肉へと駆動させ、常闇の主の脳頭頂部へと向かって、魂の底からの大ツッコミを真っ直ぐに振り抜いた。

「――千年の重い怨みをたった一言のセリフ(説明文)で片付けようとすなボケナス第一形態ィィィ!!! 読者がテンポの悪さで離脱するやろがいッッッ!!!!」

――パコォォォォォンッッッッ!!!

全宇宙の時空を爆縮させるような、完璧な打点の大爆音。

現世の生活感と、アパートの家賃の請求書、そしてこれまでに削られてきた陣内くんの胃壁の質量を乗せた正論の一撃が、ラスボスの脳頭頂部にクリーンヒットした。

「くっ!」

常闇の主は、まるで時速500キロの剛速球を正面から喰らったかのように激しくスピンしながら夜空へと吹き飛んだ。けれど、僕の魂のフルスイングはそれだけでは止まらない。

「あと身内のストーカー陰陽師もお前やァァァ!! 勝手に一人で盾になって死にかけて、シリアスな悲劇のヒロイン気取っとんちゃうぞゴラァ!! お前が嫉妬のたびにビッグバン規模の爆破を平気で起こすから、現世の不動産価値がリアルタイムで【陥没】しとんのじゃワレェェェ!!!」

――パコパコォォォォォンッッッッ!!!

「ぐふぅっ!? 魂の……連撃ごほうび……っ! やはりお前の愛の打撃ツッコミだけが、俺の千年の渇きを……っ(がくっ)」

壁にめり込みながら白目を剥いて意識を飛ばす暁を見送りつつ、僕はハリセンを肩に担いで、夜空で光の粒子に変わりかけている常闇の主を冷ややかに見下ろした。

「……っ!」

完璧な打点の一撃をまともに喰らった常闘の主は、漆黒の巨体を激しくスピンさせながら夜空へと吹き飛んだ。だが――消えない。成仏しない。境界線の向こう側でその黒い霧が再び凝固し始め、深淵のような瞳がゆっくりとこちらを振り返った。

「……面白い。千年前と同じ魂で、千年前とは違う答えを出そうとしているのか、千鶴姫」

 常闇の主の声から、怒気が消えていた。残ったのは、底知れない静けさだけ。それが逆に、さっきの怒号よりも何倍も恐ろしかった。

「今日のところは退こう。お前のそのハリセンでは、俺を滅することはできぬ。だが……また来る。次に会う時は、もう少し本気でいかせてもらおう」

「ちょっと待ってくれ。今のって今日は本気じゃなかったってことか?」

 常闇の主は答えなかった。ただ漆黒の霧を纏ったまま、境界線の向こう側へと静かに溶けていく。その背中は巨大で、冷徹で、まるで世界の終わりの一歩手前みたいな圧倒的な存在感を残したままで、消えた。

 静寂。

 どんよりと歪んでいた空間がガラガラと音を立てて崩壊し、僕たちの周囲には、いつもの見慣れたアパートの裏手の静かな路地裏と、新年の幕開けを告げる除夜の鐘の音が静かに戻ってきた。

「はぁ……はぁ……っ。撃退は、した。でも倒せてない……」

 超銀河級ハリセンが光の粒子となって消え、僕はその場にペタリと座り込んだ。膝が笑っている。世界を救った実感より先に、「次がある」という重さだけが、じわじわと全身に染み込んでくる。

 そこへ、さくらちゃんがフワリと隣に降り立った。神様としての後光はすでに収まり、いつもの少し垂れた優しい目元に戻っている。だけどその表情には、僕の知らない何かを抱えているような、静かな翳りがあった。

「さくらちゃん……」

「蓮くん、一つだけ教えておくね」

 さくらちゃんは僕の隣に静かに腰を下ろし、夜空を見上げながら、ゆっくりと口を開いた。

「神界が、少しずつ揺れてるんだ。常闇の主みたいな存在が現世に出てこられたのも、その歪みのせい。私がこっちに来られたのも、本当はそれが理由の一つでもあって……」

 彼女は少し間を置いて、それから僕を真っ直ぐに見た。

「次に何かが来る時、私も一緒にいる。だから蓮くん、それまでちゃんと普通に生きてて。コンビニのアイスも食べて、陣内くんに胃薬を渡されて、ちゃんとコタツでぬくぬくしてて」

 その言葉は、脅しでも宣言でもなく、ただ静かな約束だった。

(……この子も、そういう顔をするんだ)

 胸の奥が、また静かに締め付けられた。10章の暁の言葉の時と、同じ場所が。

 その感情に名前をつける前に、背後から陣内くんの声が聞こえてきた。

「はぁ、はぁ、はぁ……っ! 終わった……ほんまに終わった……」

 右手の超銀河級ハリセンが光の粒子となって消え、僕は肩の力を抜いてその場にペタリと座り込んだ。

怪異たちの愛が戻り、世界が救われた。その胸の奥にある温かくて少しだけ切ない余韻が、静かな夜空に心地よく広がっていく。

そんな僕の隣で、パジャマ姿のまま佇んでいた陣内陸くんが、ガタガタと震える手で『トリプルアタック胃腸薬』の空き箱を見つめながら、ゆっくりと膝を突いた。

その目は、もはやこの世のあらゆるオカルト大決戦を特等席で実況させられた完全なる『虚無の深淵(死んだ魚の目)』を起動させていた。

「……なぁ姫宮。俺、今から人生の防犯カメラのデータをハッキングして、今日の記憶を一般人の戸籍ごと【消滅】させてきてもいいか……? 一般人の俺には……もう世界の破滅をかけたお前のハーレムのスコアを記録するだけの胃壁が残ってねえんだよ……」

「見捨てないでくれよ陣内くん。君がそうして一般人の限界をリアルタイムで実況してくれないと、僕の日常のアンカーが完全に引きちぎれちゃうから」

僕は陣内のパジャマの裾を掴み、引き止めた。

前世の因縁を現世の日常の力で力ずくでもぎ取り戻した、大晦日の大決戦。

しかし、激重な愛の重力ボケの包囲網は、僕に息をつく暇すら与えてくれない。数日後に控えた新学期、僕の性自認と平穏な高校生活をさらにめちゃくちゃにかき乱す、新たなるカオスの幕開けがすぐそこまで迫っていることには、この時の僕はまだ気づいていなかった。


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