第3話:【奇跡・どうしても会いたくて、神様になっちゃいました】
「おのれ……千鶴姫! 千年経ってもなお、我が闇を拒むというのかッ!」
常闇の主の泥のように濁った怪音が、激しい怒りと共に境界線の空間を激しく震わせる。
僕の全身から噴き出した黄金の霊圧と、右手に物質化した巨大な日常奪還型ハリセン の放つ聖なる輝きに、ラスボスの禍々しい漆黒の霧がジュワジュワと音を立てて【溶解】していく。
「千鶴……お前、本当に、俺のために……っ」
背後で血を流しながら膝を突いていた暁が、見たこともないほど琥珀色の瞳を激しく潤わせ、胸を押さえて喘いでいた。その顔は、命の危機だというのに「千鶴が俺のためにキレて覚醒してくれた」という極上の喜悦と純愛の熱でドロドロに蕩けかかっている。
「勘違いするなストーカー。君が僕を置いて勝手に一人で消えようとしたから、前世の僕(千鶴姫)がブチ切れて勝手に手が動いただけだ。泣くほど感動してる暇があったら、その顔面国宝級の回復力でさっさと立ち上がってくれ」
涙目で怒鳴り散らしながらも、僕は黄金のハリセンを構え直した。
だが、千年の怨念を宿したラスボスの底力は、僕の覚醒したばかりの霊圧をもジワジワと押し返し始める。常闇の主がその巨大な影の腕を再び掲げると、引きちぎられた石畳の隙間から、底なしの暗黒が津波となって僕たちを包み込もうと迫ってきた。
「ハァ、ハァ……っ! これは、やっぱり重すぎるな……っ! 突っ込んで正論を叩き込むための『間』すら、この空間の陰気に吸い取られていく……っ」
タマさんの九つの尾の結界も、ハヤテさんの漆黒の羽も、周囲の闇を食い止めるだけで完全に限界を迎えている。
ボロボロの暁、動けないお姉様怪異ズ。常闇の主の冷酷な影の手が、僕の喉元へと容赦なく伸ばされる。
「終わりだ、千鶴姫。今度こそお前のその現世の魂を、我が常闇の深淵へ引きずり込んで――」
万事休す。誰もが世界の終焉を覚悟した、その絶対絶命の瞬間だった。
キィィィィィン――。
不気味に凍りついていた漆黒の空間に、世界のシステムを根底から書き換えるような、神聖で、どこまでも温かい「鈴の転がるような音律」が響き渡った。
直後、ドロドロに濁っていた闇の天井を真っ向から引き裂き、天から一本の巨大な、まばゆい『桜色の光の柱』が、僕たちの目の前へと真っ直ぐに突き刺さったのだ。
ブワァァァッッッ!!!
真冬の大晦日の戦場だというのに、吹き荒れていた呪雪の冷気が一瞬で【消滅】し、空間全体が、鼻の奥がツンとするほど優しくて懐かしい、満開の桜の香りで満たされていく。
「な、何だこの光は……っ!? 我が闇の衣が、ただの桜の香りに焼き尽くされていく……!?」
常闇の主が初めてその漆黒の顔を驚愕に歪め、激しく光の柱から飛び退いた。
眩しさに目を細めながら、僕と、そして壁にめり込みながらも目を剥いたタマさんたちが見つめる中、その神々しい桜色の光の柱の中から、サラサラと光の粒子を翻して、一人の少女がゆっくりと舞い降りてきた。
純白の神々しい衣を纏い、朧気だったかつての姿からは想像もつかないほどの、圧倒的な大神としての神威を放つ少女。
だけど、その優しく垂れた目元と、僕を見つめる愛らしい眼差しは、間違いなく僕のよく知っている『彼女』だった。
「……さくら、ちゃん……っ!?」
忘れるはずがない。あの満月の夜、男の身体の暁の肉体を借りて、僕と静かに魂の口づけを交わして世界の境界線の向こうへと美しく成仏していったはずの、僕の現世の初恋の女の子。
サクラの神としての奇跡の光を背負い、さくらちゃんは古い桜の木の下で微笑んでいたあの頃のように、はにかむような満面の笑みを浮かべて僕に言った。
「うん、そうだよ蓮くん! 久しぶりだね」
彼女は神様としての絶対的な霊圧を現世のサイズに微調整しながら、僕の目の前へフワリと着地すると、人差し指を頬に当てて、これ以上ないほど可愛らしく小首を傾げた。
「あのね、蓮くん。私、天界へ行ってからも、どうしても蓮くんに会いたくて、蓮くんの隣にいたくて……想いの引力だけで頑張って修行してたら、神様になっちゃいました(にこ)」
純愛の執念で神の座にスピード出世するなよ……
僕の喉から、現世の時空を歪めるほどの驚愕のツッコミが漏れた。
「何が神様になっちゃいました(にこ)や!! 成仏してからまだ数日しか経ってへんやろがい!! どんなチート枠の人事異動を天界で巻き起こしとんねん! 宗教の開祖の歴史を秒速で更地にするレベルの爆速昇進やぞ!!」
「ふふ、蓮くんのそのキレキレのツッコミ、やっぱり世界で一番大好きだよ」
さくらちゃんはヤンデレ気味なほどに純度の高い笑顔を崩さないまま、その神聖な指先を、僕の手元にある黄金のハリセンへとそっと重ねた。
ステージの袖では、パジャマ姿の陣内くんが、最強の胃薬の箱を握りしめたまま**【完全なる真顔】**で天を仰いでいた。一般人の彼の脳細胞は、初恋の幽霊が神格化してラスボス戦にチート乱入してきたという異次元のプロット展開を前に、一般人としての思考機能を完全に停止(有給申請)させているようだった。
「さあ、蓮くん。お待たせ。……私たちの現世の普通の青春を邪魔する意地悪な大妖怪さんは、私たちが一緒に、ツッコミの力でお掃除しちゃおうね」
成仏したはずの初恋の少女が、全宇宙最強の「サクラの神」として現世の僕の隣へと降臨した。
戦乱の前世の因縁を、現世の純愛の力で根底から再配列するための、奇跡の反撃がここから始まろうとしていた。




