第11章:千年の怨忌と、降臨せしサクラの神 第1話:【決戦・常闇の主の圧倒的な力と、宿命の男の盾】
新年の最初の鐘の音が響く中、世界は音もなく漆黒の闇へと塗りつぶされていった。
大晦日の境界線の最奥。降り注いでいた呪雪はドロドロとした黒い霧へと変生し、空間の至る所を墨汁のように【溶解】させていく。その闇の深淵から現れたのは、千年前、僕(千鶴姫)と神代暁の仲を引き裂き、国一つを戦火で更地にした全ての元凶――大妖怪『常闇の主』だった。
「……ようやく見つけたぞ、千鶴姫。そして、目障りな近衛の騎士よ……。今世こそ、その魂を我が闇の褥へと引きずり込んでくれよう」
地を這うような、泥のように濁った怪音が響き渡る。
発せられる霊圧の、あまりの不条理さに、僕の右手に物質化しかけていた黄金のハリセンがサラサラと光の残滓となって霧散した。ツッコミを入れることすら許さない、本物の「死」の気配。あまりの寒気に、僕の男子高校生としての身体は一瞬で硬直した。
タマさんの九つの尾が逆立ち、ハヤテさんの漆黒の羽が鋭利な刃となって空間を裂く。けれど、常闇の主が視線を一瞥させただけで、二大怪異お姉様たちの強固な霊圧の防壁がメリメリと音を立てて【崩壊】しかけていた。
「くっ、なんという陰気の質量……! お姉様、私どもの後ろへ!」
「あらあらぁ……。これは少々、天界の風でも吹き飛ばせないほど根が深い未練ですねぇ……」
タマさんとハヤテさんが息を呑む中、僕の前にスッと一歩を踏み出した男がいた。
神代暁。
白衣の袖を夜風に激しくはためかせ、指の間に数枚の漆黒の呪符を挟んだ彼の背中は、驚くほど広くて、そして神聖なほどに美しかった。
「下がっていろ、千鶴。――いや、蓮」
暁は振り返ることなく、低く、甘く、だけど千年の宿命を宿した凛とした声で僕に告げた。その切れ長の琥珀色の瞳には、いつものストーカーめいた狂気や下心は一滴も存在しない。あるのは、ただ僕を守り抜くという、近衛の騎士としての絶対的な純愛だけだった。
「千年前、俺はお前を守りきれず、千年の孤独の中で狂うほどにお前を求め続けた。今世でお前が男の身体になっていようが、現世の日常を愛していようが、そんなものは俺の愛の前には些事に過ぎない。二度とお前を離さない。今度こそ、俺のすべてを賭けて、お前をあの暗闇から守り抜くと誓う」
「あ……」
胸の奥が、ぎゅうううっと締め付けられるように熱くなる。
暁は前世の因縁という「縦軸の激情」をすべて呪符へと注ぎ込み、彼の肉体から、世界のシステムをリフォームする規模の青い炎が爆発的に噴き出した。
「急急如律令――爆ぜろ、常闇の主ッッ!!」
空間ごとラスボスを【蒸発】させるような、神代の秘術が炸裂する。青い炎の烈火が、常闇の主の漆黒の霧を焼き尽くさんと一直線に襲いかかった。
だが。
「……浅はかな。千年前から、何一つ成長しておらぬな、人間の調伏師よ」
常闇の主が冷酷に呟き、その巨大な影の手を軽く一振りした、まさにその瞬間。
ゴォォォォォッッッ!!!
宇宙の終わりを告げるような黒い衝撃波が、暁の放った青い炎を真っ向から押し返し、一瞬にして【消滅】させたのだ。それどころか、闇の波動は一切の減速をすることなく、防備の薄くなった暁の肉体へと容赦なく直撃した。
「――がはっ!?」
鮮血が、真白な空間に鮮やかに飛び散る。
天才陰陽師として無敵を誇り、どんな怪異も一瞬で星にしてきたはずの神代暁の身体が、紙切れのように激しく吹き飛んだ。石畳の上を何度も転がり、白衣袴を赤く染めて、彼は荒く息を吐きながら膝を突いた。
「あ、暁……っ!?」
僕は叫び、彼のもとへ駆け寄ろうとした。けれど、常闇の主の放つ圧倒的なプレッシャーの前に、足がすくんで一歩も前へ進めない。
タマさんの結界も、ハヤテさんの烈風も、ラスボスの放つ「静かなる異常」の前に完全に相殺され、周囲の空気が冷酷に凍りついていく。ギャグを挟む余地など一ミリもない、本物の絶望。
「……まだだ。まだ、俺は倒れるわけにはいかない」
暁は口元の血を袖で拭い、ガタガタと震える足で、再び僕の前に立ち塞がった。
彼の魂の領域が、常闇の主の陰気によってリアルタイムで【侵食】され、崩壊の危機を迎えているのが目に見えて分かる。いつもなら一瞬で世界を焼き尽くすはずの青い炎は、もう燻るように弱々しく爆ぜるだけ。
それでも、彼は呪符を構え直し、ボロボロになったその肉体を盾にして、僕を背中に隠し続けた。
「……泣くな。お前を悲しませる世界など、俺のこの命にも一寸の価値もない……。俺が死んでも……お前だけは、絶対に守る……っ」
血を流しながら、なおも微笑んで僕を見つめる暁。
千年前の戦火の光景が、目の前の悲壮な姿と完全に重なり合う。
(嘘だろ……。暁が、あの無敵の暁が、僕のために……本当に死んじゃう……っ!?)
戦場の袖では、パジャマ姿の陣内くんが、手にした胃薬の箱を握りしめたまま**【完全なる真顔】**で絶望の光景を見つめていた。日常の錨が、現世の平穏が、常闇の主の圧倒的な暴力の前に、完全に消し飛ぼうとしていた。




