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第4話:【急転・日常を呼び覚ます、魂のフルスイング】


ハァ、ハァ、ハァ……っ!

凍てつく呪雪を突っ切って、僕は走った。

現世の街並みが歪み、コンクリートの道路が千年前の荒涼とした戦場の石畳へと作り変えられていく境界線の最奥。たどり着いたその場所は、世界の全ての色彩が【消滅】したかのような、不気味なほど真っ白な大空間だった。

渦巻く雪嵐のただ中に、彼らはいた。

「常闇の主の陰気、極限まで高まっていますね。ハヤテ、左翼の防衛線はお前に任せます」

「分かりました、タマ。お姉様が神域へお隠れになるまでの時間、この漆黒の羽に代えても稼ぎ出しましょう」

「……来るか。千年前の因縁、今度こそ俺の青い炎で、その根源ごと焼き尽くして還してやる」

漆黒の和装を翻すタマさん。

感情を消し去り、天界の守護者として羽を鋭く研ぎ澄ますハヤテさん。

そして、指の間に呪符を挟み、冷徹極まる横顔で戦場を見据える神代暁。

そこに転がっているはずのコタツも、すき焼きの鍋も、僕たちの笑い声もない。ただ、命を削り合うためだけに最適化された、冷酷な神話の戦陣がそこには完成していた。

彼らは息を切らせて乱入してきた僕に気づいたが、その琥珀色の瞳に宿る光は、どこまでも冷たいままだった。

「千鶴姫……なぜここへ。危ないと言ったはずだ。下がっていろ」

「お姉様、そこから動いてはなりません。今度こそ、私どもの命に代えても――」

前世の宿命。お決まりの裏設定。

呪雪のせいで現世の記憶を真っ白に塗りつぶされた彼らは、ただ自動人形ででもあるかのように、千年前の『主君を守る戦闘マシーン』としてのセリフを吐き出し、僕を日常の手の届かない深淵へと隔離しようとする。

その冷え切った空気に、僕のひ弱ななよなよ男子高校生としての心は、一瞬だけ恐怖で竦みそうになった。

誰も僕を見ていない。誰も、今の『姫宮蓮』を覚えていない。

だけど――僕の脳裏に、あの賑やかな六畳間の光景が、激しくフラッシュバックした。

タマさんが鼻血を流しながら作った肉じゃがの、じわっとした温かい味。

ハヤテさんがお布団を用意して「赤ちゃんのように甘やかすのです」と微笑んでくれた、あの贅沢なバブみの泥沼。

暁が「お前が幸せそうだったから止めなかった」と、夕日の中で見せてくれた切なすぎる引き算の愛。

そして、自分の胃壁を更地にされながらも、一本の冷たいお茶を僕に握らせてくれた、陣内くんのあの最高の【真顔】。

(……そんな、そんな馬鹿みたいに重い前世の裏設定だけで)

(僕たちの、あの愛おしくて不条理な現世の日常を、終わらせてたまるか!!!)

胸の奥の熱い感情が、怒濤の霊圧となって僕の右腕へと流れ込む。

ピキィィィン――。

僕の魂の最深部で、日常を毟り戻すための『ツッコミ姫・千鶴』の絶対防衛システムが、全宇宙最高火力のテンポで強制起動した。

「――おい待てコラ身内一同ォォォオオオ!! 前世のクソ重い裏設定の雰囲気にばっかり100%引っ張られて、現世の僕とのコタツの電気代の割り振りを綺麗サッパリ忘れてんじゃねえぞボケ共ォォォアアアッッッ!!!」

大気圏を突き破るような、ドスの利いた関西弁の爆裂。

一瞬の迷いもなく物質化したのは、前世の怨念すらも物理的に論破する、眩い黄金の輝きを放つ『日常奪還型・超重量ハリセン』だった。

僕は制服のローファーで石畳を激しく蹴り上げると、上着を翻し、タマさん、ハヤテさん、そして神代暁の脳頭頂部へと、神速のスナップを利かせた三連撃を一直線に振り抜いた。

――パコパコパコォォォォォンッッッッ!!!

「「「ぶふぉっ!?」」」

世界のシステムが軋むような、完璧な打点の大爆音。

インフレした破壊の霊圧ではない。そこに乗っているのは、昨日までの生活感、アパートの家賃の請求書、買い溜めした胃薬の質量、すなわち**【僕たちが確かに現世で生きていた、絶対的な思い出の正論】**だった。

「まずはお前や変態ストーカー陰陽師ィィィ!! すき焼きのネギを俺にもくれとか言うて箸伸ばしとった数時間後の顔がそれかワレェ!! 切ない顔して無言でカッコつけてる暇があったら、アパートの更新料の書類に今すぐ判子押しやがれボケナス!!」

「それとお前らやお姉様怪異共ォォォ!! 何が『現世の仮初めの日常など忘れ』やねん!! 先週ゲームセンターで太鼓のゲームの面を物理的に【粉砕】して、陣内くんに弁償代(修繕費)を万札で事務処理させた記憶を、雪のせいでノーカウントにしようとすなゴラァァァ!!!」

一息で、全宇宙を論破するマシンガンツッコミを叩き込む。

完璧な打点と生活感の正論によって脳髄を物理的に文字通り激しく揺さぶられた三人は、頭から盛大に霊力の火花を散らしながら、真っ白な雪空間を綺麗にスピンして吹き飛び、戦場の壁(空間の歪み)へとズブズブと並んでめり込んでいった。

パキィィィィィン!!!

三人の頭上から、現世の記憶を縛り付けていた呪雪の氷の結界が、ガラスのように小気味良い音を立てて木っ端微塵に【破砕】されていく。

「はっ……! あ、あらあらぁ……? わたくし、なぜパンツスーツではなく、こんなお通夜のような暗い和装を……? はあぁぁんっ、お姉様のこの、魂の細胞を現世の家賃のリアリティで再配列する完璧なスナップ……間違いありません、私の愛おしいお姉様です……っ(ぽっ)」

壁のクレーターから鼻血をたらして這い出てきたタマさんの琥珀色の瞳に、あの限界突破したドMな狂信の輝きが秒速で戻ってきた。

「あらあらぁ! 脳のニューロンが一瞬で現世のお布団のフカフカさに引き戻されましたよぉ! お姉様のツッコミ、やっぱり最高ですねぇ」

ハヤテさんも頭から火花を散らしながら、いつもの目が笑っていない聖母の微笑みで生還してくる。

そして、壁に挟まったまま自分の唇を指でなぞっていた暁が、カッとその目を限界まで見開いた。

「千鶴……! お前のハリセンによる強制リプレイによって、今、俺のハードディスクから現世のすき焼きのネギの味が100%復元リカバリされたぞ……っ! ああ、怒った顔も実に愛しい、さあ、その制服のまま俺の――」

「記憶が戻った瞬間に下心までトップギアで起動させるな変態ストーカーァァァ!!」

僕のキレキレのツッコミの残響が、真っ白だった境界線の空間を激しく震わせる。

三人の目が、現世の「姫宮蓮」を愛おしそうに見つめる、あのいつもの優しい眼差しへと完全に上書き保存セーブされた。

日常の錨は、僕のこの右手ハリセンで、力ずくでもぎ取り戻したのだ。

だが、僕たちがいつものカオスな空気を取り戻したその瞬間、境界線の最奥の空間が、ドロドロとした漆黒の闇によって激しく【溶解】し始めた。


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