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第2話:【事件・宿命の男の「無言」と、一般人の補給停止】


「……千鶴姫。常闇の主を迎撃する陣、すでに完了しております。どうか、私どもの背後からお動きになられぬよう」

ハヤテさんのおっとりとした、だけど完全に感情の消え失せた声が、冷え切った六畳間に響く。

タマさんもハヤテさんも、コタツに入ったまま微動だにしない。ただ、境界線の向こうから迫る敵だけを見据えている。呪雪の力によって現世の楽しい記憶を白く塗りつぶされ、千年前の冷徹な戦乱モードへと強制退行してしまったお姉様たち。

その時、アパートの古びた玄関の引き戸が、静かに開く音がした。

ガタリ。

いつもなら、「千鶴ーーーッ! 新年の既成事実を朝まで上書き保存セーブしに帰ってきたぞォォォ!!」と、神社が物理的に消滅するレベルの爆音霊圧と共に乱入してくるはずの男。

「あ……暁、くん……?」

僕はコタツから這い出るようにして、縋るような思いで玄関を振り返った。

実家の神社の結界更新を終えて、大晦日の今日、東京へ戻ってくるはずだった天才陰陽師。彼なら、このお姉様たちの異常事態を、いつもの規格外の超パワーでなんとかしてくれるかもしれない。

けれど、そこに立っていた神代暁の姿を見た瞬間、僕の淡い希望は一瞬で凍りついた。

「…………」

暁は、**【急に完全な無言】**だった。

いつもなら僕を見つめた瞬間にドロドロの薔薇色に染まるはずの顔面国宝級の美貌は、今はまるで精巧に作られた大理石の彫刻のように冷たく、昏い。ブレザーの肩には、外から連れてきた呪雪が白く降り積もっている。

彼は僕を笑わせようとも、強引に抱きしめようともしなかった。

ただ無言のまま、その美しい指の間に漆黒の呪符を数枚、静かに挟み込む。そして、僕の現世の姿(制服を着た男子高校生・姫宮蓮)など視界に入っていないかのような、冷徹極まる眼差しを向けてきた。

その琥珀色の瞳が映しているのは、ただ一つ。千年前の、守るべき主君としての「千鶴姫」の幻影だけ。

「暁、くん……。冗談、だよね……。いつもの『千鶴愛してるぞォォ!』ってやつ、やらないのか」

僕の声が震える。

だけど暁は何も答えない。ただ冷たい目で僕を静かに見つめ、静かに呪符を構え直すだけ。下心も、嫉妬の熱も、僕を現世に繋ぎ止めてくれていた「重すぎる愛のボケ」さえも、この雪の中に完全に消滅してしまっていた。

(お前まで……お前まで前世の顔に戻ってしまうのか)

アパートの住人全員から、僕の知っている「優しさ」が消え去った。

だけど、本当の絶望は、怪異の呪いだけではなかった。

脳裏にフラッシュバックしたのは、数日前、冬休み前の終業式の日のことだ。

『……あぁ、同じクラスの姫宮か。何か用?』

教室の窓際、荷物をまとめていた陣内陸に声をかけたとき、彼は僕を見ても胃薬を取り出さなかった。

それどころか、**【完全に他人のような、静かで無関心な目】**で、僕をただの「ちょっと顔の知っている程度のクラスメイト」として一瞥したのだ。

『俺、これから塾の冬期講習あるから。じゃあな、良いお年を』

そう言って、彼は普通の一般人として、静かに教室を去っていった。

僕のせいで胃壁を削り、文句を言いながらも、一本の冷たいお茶を差し出して僕を現世に繋ぎ止めてくれていた、世界でたった一人の大切な友達。

その陣内の心からも、僕たちと過ごしたあの不条理で愛おしいカオスの記憶が、綺麗に削ぎ落とされてしまっていた。

怪異たちの愛が前世の宿命へと先祖返りし、一般人のオアシスが僕の存在を忘れて現世の向こう側へと去っていく。

日常の補給が、完全に停止した。

誰も僕を見ていない。誰も、現世でなよなよと悩みながら生きている『姫宮蓮』という男の子を、認識してくれない。

「いやだ……こんなの、いやだよ……っ」

コタツの横で、僕は一人、ポロポロと涙を流して床にくずおれた。

静まり返った部屋の中で、外の雪がしんしんと降り積もる音だけが、僕の孤独を嘲笑うように響き続けていた。


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