第3話:【混沌・限界を迎えた一般人の「真顔」】
どどどどど、と地響きが鳴り響く。
体育館の屋根が夜空(秋空)へと吹き飛んだステージの上では、三つの圧倒的な霊圧が完全に臨界点を突破しようとしていた。
「何を仰いますか、陰陽師の小僧。お姉様のウェディングドレス姿を一番近くで美しくお守りするのは、この私にございます!」
タマさんの背後から、美しい九つの尾が天を突くように広がり、空間の空気を白く凍りつかせる。
「あらあらぁ。前世の宿命だけでお姉様を縛ろうだなんて、やはり陰陽師は独善的ですねぇ。さあ、天界の風に吹かれて消え去りなさい」
ハヤテさんの広げた漆黒の羽から、目に見えるほどの鋭利な烈風の刃が幾重にも生み出され、暁の周囲を包囲していく。
「黙れ。千鶴の魂が今世でどのような器(男の体)に入ろうとも、その本質を最も理解し、愛しているのはこの俺だ。お前たちのような害獣どもに、千鶴の日常を語る資格はないッッ!!」
暁の琥珀色の瞳が狂気と純愛の炎で燃え上がり、彼の掲げた呪符から、空間を歪ませるほどの青い炎が爆発的に噴き出す。
バリ、バリバリバリ……っ!
三つの神話級の霊圧が正面から衝突し、体育館の頑丈なコンクリートの床が、凄まじい圧力に耐えかねて蜘蛛の巣状に割れ、メリメリと音を立てて【陥没】を始めた。客席の生徒たちは、ドレスの怪異による魅了の陰気と、三人の凄まじいプレッシャーの板挟みになり、もはや言葉を失って虚ろな目でステージを拝み続けるだけの生ける屍と化している。
「あかん、あかんって。威嚇し合ってるだけで体育館の総資産価値がリアルタイムで陥没してる。誰か、誰かこの身内の暴走を止めてくれ」
僕は純白のドレスの裾を必死に手で押さえながら、ステージの上で一人、頭を抱えていた。
ドレスの怪異も、あまりの身内の戦闘力の高さとカオスっぷりに「……え? 私の仕掛けた呪いの演劇、完全にジャンルが世紀末の覇権争いに変わってんだけど……」と、僕の胸元でガタガタと震え始めている。
その時、僕の目に、ステージの袖の暗がりに佇む、見慣れた一人の少年の姿が映った。
クラスの演劇の台本を片手に持ち、もう片方の手には『トリプルアタック胃腸薬』の箱を握りしめたまま、微動だにせず直立不動で佇んでいる男。
現世の唯一のアンカー、陣内陸くんだ。
「じ、陣内くん……。陣内くん助けて。突っ込んでよ。いつものキレキレの一般人リアクションで、この不条理な空間の空気を現世に引き戻してくれよ」
僕は救いを求めるように、ステージの袖の陣内に向かって必死に手を伸ばした。
彼がいつものように「おい姫宮!」と呆れ果てたツッコミを入れてくれれば、このお姉様たちや暁の暴走も少しは冷めるかもしれない。そう、一縷の望みをかけて、彼の顔を凝視した。
だが。
「…………」
陣内は、一言も発しなかった。
彼は、ただ無言のまま、ゆっくりと顔を上げ、僕を見つめてきた。
その目は。
死んだ魚の目とか、虚無の深淵とか、そんな生易しい言葉では形容できない、完全にこの世のすべての喜怒哀楽をパージした**【完全なる真顔】**だった。
一秒。二秒。三秒。
騒がしい劇場の真ん中で、そこだけが完全に音が【消滅】したかのような、重苦しく、そして圧倒的にリアルな『一般人の限界の間』が流れる。
陣内は、無言のまま、ゆっくりと自分の手元にある胃腸薬の箱を見つめ、それから力なく、その場にズサァ……と両膝を突いた。
「……無理だ、姫宮」
掠れた、今にも消え入りそうな声だった。
「俺の一般人としてのキャパシティは、前回のゲーセンの弁償(事務処理)の時点で、とっくに【蒸発】してたんだ……。今日、俺がここに来たのはな、ただ普通に、クラスの奴らと焼きそばを食うためだったんだよ……。なんで俺、文化祭のステージで、世界の破滅をかけたお前のハーレムのスコア係(記録係)をやってなきゃいけないんだ……?」
陣内はガタガタと震える手で、自分のポケットから『進路希望調査票』を取り出すと、虚ろな目のまま、そこにペンでカチカチと『保健室登校への切り替え願い』と書き込み始めた。
「俺……もう、突っ込まねえよ……。お前ら全員、一回ガチの国際医療機関でカウンセリングを受けてくれ、マジで……。俺は今から、不登校の書類を貰いに行って、現世の戸籍を抹消してくる……」
「オアシスがガチの精神的限界で機能停止した……」
唯一の現実の錨(陣内)が、不条理すぎる過剰濃度の怪異愛の前に、完全に膝を折ってしまった。
僕の普通の青春(文化祭)が、そして僕のたった一人の大切な一般人の友達の心が、このままじゃ完全に【崩壊】してしまう。
ステージの上がいよいよ青い炎と烈風で真っ二つに裂けようとした、その瞬間。
ピキィィィン――。
僕の魂の最深部で、オアシスの瀕死の姿にブチ切れた『ツッコミ姫・千鶴』の絶対防衛システムが、怒髪天を衝く勢いで強制起動した。




