第2話:【事件・お姉様方の『日常』の死守と、ストーカーの帰還】
体育館の特設ステージ。
幕が上がり、僕たちのクラスの演劇がスタートした。
スポットライトを浴びてステージの中央に立つ僕は、純白のウェディングドレスを身に纏い、羞恥心で顔を真っ赤に染めていた。
ドレスの持つ『魅了の陰気』と、僕の魂に眠る『千鶴姫のカリスマ』の相乗効果は凄まじく、客席を埋め尽くす全校生徒は、もはや劇の内容そっちのけで「う、美しすぎる……」「姫宮、神か……」と、虚ろな目で僕を拝むように見つめている。
(……これは、まずいな。ドレスの怪異のせいで、全校生徒の理性が秒速で溶解してる。早くこの劇を終わらせて着替えたい)
僕がドレスの裾を震わせ、今にも泣きそうになりながらセリフを口にしようとした、まさにその刹那だった。
パリィィィィィン!!!
体育館の巨大なガラス窓が、全方位から同時に【破砕】され、強烈な妖気と漆黒の烈風が館内に吹き荒れた。
「――お姉様! なんと罪深きお美しさ……っ! 純白の器に身を包まれたお可愛いお姉様を、このような有象無象の目に晒すなど、このタマ、断じて許せるわけがありませんね!」
割れた窓から優雅に舞い降りたのは、白のスリーピースのパンツスーツをキリッと着こなした、銀髪の妖狐・タマさんだった。その切れ長の琥珀色の瞳はいつも以上の気品と色気、そして「男の器のお姉様を合法的にエスコート(拉致)する」という狂信的な輝きで爛々と濡れている。
「あらあらぁ。お姉様が男のお体で恥ずかしがっていらっしゃるのが見えないのですかぁ? お姉様の初めての文化祭を邪魔する不届き者は、私がまとめて天界の風でお掃除して差し上げますねぇ」
漆黒の羽を大きく広げ、凄まじい暴風を纏ってステージの天井に佇むのはハヤテさんだ。アパートから僕の霊気の乱れを察知し、お姉様たちの癒やしと防衛の本能が限界突破して乱入してきたのだ。
「タマさんハヤテさん? なんで学校のステージに不法侵入してくるんだ。僕の普通の青春(文化祭)が秒速でオカルト大決戦に塗り替えられてしまう」
僕はドレス姿のまま、額に手を当てて立ち尽くしていた。
「――そこを退け、害鳥、あるいは野狐」
ドォォォォォン!!!
体育館の分厚い屋根が、一瞬にして青い炎によって跡形もなく【消滅】した。
ぽっかりと開いた秋空の下、漆黒の狩衣を翻し、地殻変動を起こすほどの苛烈な霊圧を放ちながらゆっくりと降臨する男がいた。
神代暁。
京都の出張から大急ぎで戻ってきた天才陰陽師は、ドレス姿の僕を見つめた瞬間、その圧倒的な顔面国宝級のビジュアルを、限界突破した激情と独占欲でドロドロに染め上げた。
「千鶴……! 俺の千鶴のウェディングドレス姿を拝めるのは、この世で俺ただ一人だァァァ!! そのドレスの怪異ごと、お前の周りの有象無象(生徒)を今すぐ空間ごと【消滅】させて、俺の領域(結界)へ連れて行く!!」
「京都のお土産(爆破予告)が重すぎるんじゃないか……」
僕の喉から、反射的にゴリゴリの関西弁ツッコミが漏れた。
しかし、暁の放つ「俺の千鶴=俺の嫁」という宿命の激情に対し、タマさんとハヤテさんが一歩も引き下がらずにステージの前に立ちはだかった。
「陰陽師の小僧。お前はお姉様を愛する資格などありませんね。お姉様が今、この現世で『男の器』として、必死に普通の高校生の日常を紡ごうとされているのが分からないのですか」
タマさんがスッとパンツスーツのポケットから手を抜き、九つの尾を逆立たせて暁を睨みつける。
「そうですよぉ。お姉様がどれほどこの文化祭を楽しみにしていたか、私たちは一番近くで見ていたのです。前世の宿命だけでお姉様を縛り、傷つける不審者は、私が丸ごと天界の風で消し飛ばしますねぇ」
ハヤテさんも笑顔の目を一切笑わせず、凄まじい烈風の刃を暁へと向けた。
それぞれの愛の方向性で、僕の「主権」と「日常」を巡り、ステージの上で二大怪異とお留守番陰陽師による三つ巴のガチバトルが勃発しようとしていた。




