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第9章:秋の文化祭・美貌のドレスと主権を巡る三つ巴 第1話:【日常・恐怖の文化祭と、魅了のドレスの罠】


「凄いな……。本当に学校中がお祭り騒ぎだ」

校舎の窓から中庭を見下ろし、僕は小さく目を細めた。

十月半ば、秋晴れの空の下。私立高校の校庭や廊下は、色とりどりの看板や装飾、出店の準備に追われる生徒たちの活気で満ち溢れていた。全校生徒がそわそわと浮き足立つ、一大イベント――『秋の文化祭』の開幕である。

実家の神社でのお化け騒動や、お姉様怪異たちとの嵐のようなゲーセンデートを経て、ようやく訪れた「普通の男子高校生」としてのまばゆい青春のイベント。怪異の因縁も、前世の重い宿命も関係ない、ただの高校生としてこの賑やかさの中にいられることが、僕は嬉しくて仕方がなかった。

「……なぁ姫宮。お前、その『純粋無垢な少年の輝き』みたいな顔すんのやめろよ。俺、そのキラキラしたオーラの反動で、この後とんでもない規模の天変地異が学校を襲うんじゃないかって、さっきから生きた心地がしてねえんだけど」

隣の席で、クラスの出し物(演劇)の台本を丸めて頭を抱えている陣内が、完全に生気を吸い尽くされた顔でジト目を向けてきた。

「失礼な! どんだけ僕のフラグ体質を信用してんのさ! ほら見てよ、神代(暁)くんだって、政府の緊急任務とかで今週は丸ごと京都に出張してて不在なんだよ? あの歩く爆破予告がいないんだから、今回の文化祭は100%安全な普通の青春で終わるに決まってるだろ?」

「お前がそうやって力強くフラグを建築するから、俺の胃壁がリアルタイムで【崩壊】の危機を迎えてんだよ……。頼むから、俺が文化祭のシフトを無事に定時退社して、普通の焼きそば食って帰れるように祈っててくれ」

陣内はガタガタと震える手で『トリプルアタック胃腸薬』を冷たい缶お茶で流し込んだ。一般人としての彼のキャパシティは、新学期早々すでに限界の向こう側に達しているようだった。

だが、僕たちのそんなやり取りを遮るように、教室の入り口から悲鳴に近い女子生徒の声が響いた。

「ちょっとみんな、大変! 劇で使うヒロインのウェディングドレス、衣装部屋から持ってきたんだけど……これ、何だかすごく変なの……っ!」

衣装担当の女子たちが、青ざめた顔で一つの大きな衣装ケースを運び込んできた。

その瞬間、教室の賑やかな空気が、一瞬にしてひんやりとした不穏な冷気へと【溶解】していくのを、僕の調伏の一族としての肌が敏感に察知した。

(……何だろう、この冷たい霊気は)

ケースの中から取り出されたのは、レースがふんだんにあしらわれた、息を呑むほどに美しい純白のウェディングドレス。

けれど、その白さはどこか不自然で、見る者の魂をじっと吸い寄せるような、禍々しいまでの『魅了の陰気』を放っていた。

「うふふ……綺麗でしょう? さあ、私を着て……。私を着れば、世界中の誰もがあなたの美しさに傅き、狂い、全てを捧げるようになるわ……」

風もないのにドレスの裾がサラサラと揺れ、僕の耳元に、妖しく艶やかな女の声が直接響いてくる。

(怪異だ……! 着た人間を絶世の美女に変えて周囲を狂わせる、『魅了のドレス』の罠や……!)

これに一般の女子生徒が触れたら、学校中が欲望で暴走する地獄絵図になってしまう。

僕が危機感を募らせ、「みんな、そのドレスに近付いちゃダメだ!」と叫ぼうとした、まさにその時だった。

「大変! ヒロイン役の麻美ちゃんが、急な腹痛で保健室に運ばれちゃった! 衣装のサイズがぴったりな人、他に誰かいないの!?」

「ええっ!? でもあのドレス、めちゃくちゃ細身だよ!? クラスの女子じゃ誰もウエストが入らな――」

ガタッ、と。

クラス全員の視線が、一斉に、教室内で最も線が細く、「なよなよしてて可愛い」と評判の、僕の体型へと集中した。

「……え?」

「姫宮くん……。君しか、いない……!」

「待ってくれ。僕は男だ。現世ではいたってピュアな男子高校生なんだけど。なんで演劇のヒロインのドレスの代役を僕がやらなきゃいけないんだ。陣内くん助けて」

僕が必死に隣の席を見つめるが、陣内は**【一瞬の真顔の間】**を置いた後、そっと目を逸らして自分の席の引き出しに胃薬の箱をしまい始めた。

「無理だ姫宮。俺はクラスの輪(社会性)を乱してまでお前を庇うだけのメンタルは残ってねえ。……お前がドレスの生贄(身代わり)になって、演劇が穏便に終わるのを祈るわ」

「オアシスが秒速で干上がったな……」

女子たちの圧倒的な団結力とパワーによって、僕は叫ぶ暇もなく試着用のスペースへと引きずり込まれてしまった。

――そして数分後。

「……できた。完璧すぎる……っ」

試着室のカーテンが、静かに開け放たれた。

その瞬間、ざわついていた教室内が、水を打ったような静寂へと【消滅】した。

鏡の中に映っていたのは、なだらかな肩のライン、柔らかな長髪、そして純白のレースに包まれた、現世のあらゆる美の概念を過去のものにするほどの、国宝級の美女。

なよなよした僕の少年の美しさに、ドレスの持つ怪異の「魅了」の力、そして僕の魂の最深部に眠る前世の「千鶴姫」の圧倒的なカリスマが、最悪の化学反応を起こしてハイブリッドされてしまったのだ。

「……はぁ。なんで僕、こんな格好してるんだろう」

僕が男の体としての羞恥心に頬を赤らめ、小さくため息を漏らしたその瞬間。

ドレスの怪異の霊圧と、千鶴姫の美貌の波動が、学校の敷地を越えて天界とアパート、そして遥か京都の空へと、地響きを立てて拡散していった。

僕のささやかな「普通の青春(文化祭)」が、このドレスの出現によって、世界を巻き込む大混沌の坩堝へと叩き落とされるまで、残りわずか数分。


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