第2話:【事件・お姉様方の怒濤のエスコートと、溶ける理性の境界線】
「……なぁ姫宮。俺、今すぐこのオシャレなお洒落スポットのコンクリートと同化して、一般人の戸籍を抹消したいんだけど」
日曜日の昼下がり。若者やカップルで賑わう最先端の商業ビルにある、ガラス張りの洗練されたカフェ。
対面の席で、陣内が死んだ魚の目を限界まで起動させながら、冷たいお水で胃薬を流し込んでいた。
「戻ってきてくれよ陣内くん。周りの一般人のお客さんからの『あの最高峰の美形二人に挟まれてる、なよなよした男の子は何者だ』っていう視線が痛すぎて、僕、もうライフがゼロよ」
僕はオシャレなメニュー表で顔を隠しながら、真っ赤になった顔を必死に冷まそうとしていた。
無理もなかった。
白のパンツスーツを完璧に着こなしたタマさんと、漆黒のドレスを揺らすハヤテさん。この世のものとは思えない二大麗人が僕の両隣に座っているだけで、カフェの一角が完全に別世界のランウェイと化していた。周囲のカップルや女子グループからの注目度がカンストしている。
「お姉様、お気になさることはありませんよ。有象無象の視線など、私の九つの尾で全て遮断して差し上げましょう。さあ、こちらをどうぞ」
タマさんがスッと椅子をスマートに引き、僕の前に美しく盛り付けられたパンケーキを置いた。その一連の動作があまりにも洗練されていて、宝塚のトップスターがエスコートしてくれているかのような、圧倒的な気品を放っている。
「お姉様がお口に運びやすいよう、あらかじめ小さくカットしておきました。さあ、私のお可愛いお姉様、どうぞお召し上がりくださいな」
「……ありがとう、タマさん……」
フォークを受け取ろうとした瞬間、タマさんの細い指先が、僕の手の甲にするりと触れた。
男の僕が聴いても身震いするほど低く甘い、極上のソプラノボイス。琥珀色の瞳が妖しく濡れていて、僕は内心で(無駄に男前すぎて僕よりよっぽど紳士やん)と独りごちた。
「あらあらぁ、タマばかりずるいです。お姉様、お口の横に生クリームがついてしまっていますよぉ」
間髪入れず、右隣からハヤテさんの柔らかい身体が、僕にぴったりと密着した。ハヤテさんはおっとりとした聖母の微笑みを浮かべたまま、僕の頬のクリームを長い指先で優しく拭い、あろうことかその指を自分の唇でペロリと舐めとったのだ。
「ん……とっても甘くて、お姉様の味がしますねぇ。さあ、お疲れのお姉様、次は私が特製のハーブティーをフーフーして差し上げますからねぇ」
「距離が近いな。左右からの同時多発お姉様アプローチのカロリーが高すぎて、僕の理性が静かに溶けそうなんだけど」
普通の男の子である僕の心臓は、それなりに騒いでいた。暁の愛が「世界を焼き尽くす烈火」なら、お姉様たちのこの甘やかしは「全身の骨を一本残らず抜きにくる極上の泥沼」だった。なよなよ男子の僕の腕力では、この耽美な包囲網から抜け出すことなんて到底できない。
「おい、そこの贅沢な悩みで顔面茹でダコになってる少年」
隣のテーブルから、陣内が完全に生気を失った声でツッコミを入れてきた。
「お前が怪異ハーレムのバブみに絆されて『あふぅん』って目をトロンとさせかけるたびに、周囲の空間の気圧がリアルタイムで歪んでんだけど。俺の胃壁、もうトリプルアタックの胃薬じゃカバーできない領域まで削れてんだけど」
「見捨てないでくれよ陣内くん。僕だって必死に理性のお札で自分をロックしてるんだから」
しかし、お姉様たちの「至上の甘やかし」は、カフェの注文程度で終わるはずがなかった。
「ふふ……お姉様。パンケーキでお腹が満たされた後は、あちらのブティックへ往きましょう」
タマさんが僕の手首を優しく握り、恍惚とした表情で僕を見つめた。
「男の器になられたお姉様を、私好みの最高にお美しきお召し物でコーディネートできるなど、正に合法的な至福……。さあ、試着室という完全なる密室で、この私が直々にお姉様のお召し替えを手伝って差し上げます……っ(ぽっ)」
「試着室という狭い密室にお姉様と二人きりで入るなど破廉恥です、タマ! お姉様をおめかしさせるなら、私の漆黒の羽で優しく包み込み、そのまま天界のお布団へ――」
(紳士的なデートのフリして初手から密室で一線越える気満々なんだな、この人たち)
衣服がはだけるシチュエーションを察知した瞬間、僕の優しくなよなよした魂の奥底で、前世の『伝説のツッコミ姫』の防衛システムが、一線の侵入を感知してオート起動した。
ピキィィィン――。
「――おい待てコラお姉様怪異共、デートの目的地を秒速で押し入れ(夜這い)に設定し直すなやボケナス第一形態ィィィ!!!」
大気を引き裂く、ドスの利いた関西弁の爆裂。
一瞬の迷いもなくツインドライブで物質化した二振りの『黄金のハリセン』が、僕の両腕の筋肉をプロの格闘家並みに駆動させ、タマさまとハヤテさんの美しい顔面へと同時に一直線に振り抜かれた。
――パコォォォォォンッッッッ!!!




