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第5話:【結・神社の更地と、オアシスの強さ】


気がつけば、僕は旧校舎の三階、埃を被った古い洗面台の前に立っていた。

合わせ鏡は元の静けさを取り戻し、不気味な霧も完全に消え去っている。事件は、美しく解決した。

「…………」

僕の目の前には、パジャマ姿のまま、両手に何かを持って佇んでいる陣内陸くんがいた。

その目は、臨海学校の時よりもさらに深みを増した、完全なる『死んだ魚の目(漆黒の虚無)』を起動させていた。

「じ、陣内くん……。いや、これはね、その、不可抗力な霊的現象で――」

「姫宮」

陣内は僕の苦しい言い訳を完全にスルーし、無言のまま僕の前に立つと、右手に持っていた冷たい缶お茶を僕の手に握らせた。

正式に限界を迎えた手付きで、ポケットから胃薬を取り出している。

「お前が鏡の中に消えたあと、廊下の壁から九つの巨大な尾と漆黒の烈風が噴き出して、中からお姉様方の『男の器のお姉様最高』っていう濃厚な愛の音声ボイスが漏れ聞こえてきたあたりで、俺の一般人としての脳の全機能が停止した。頼むから一回、全員でカウンセリングに行ってくれ。俺の胃はもう更地だ」

「はは、見捨てないでくれよ陣内くん」

ボロボロになった現世の唯一のオアシス(陣内)に必死にしがみつきながらも、僕はふと、後ろで壁から這い出てきて、鼻からたらりと鮮血を流しながら正座しているタマさんとハヤテさんを振り返った。

「ああ……っ、はぁ……っ! この魂の細胞一つひとつを再配列するような完璧なスナップ……! お姉様に上下から同時に調伏していただけるなど、このタマ、生涯の誉れでございます……っ(ぽっ)」

「あらあらぁ、お姉様のハリセンの風圧でお布団が吹き飛びましたよぉ。でも眼福ですねぇ」

ハリセンでぶちのめしてしまったけれど。

男の身体のままでいい、今の僕が愛おしいと言ってくれた二人の言葉は、間違いなく本物だった。その温もりが、まだ僕の頬と唇に、心地よい残響として残っている。

僕は少し顔を赤くしながら、二人の大怪異に向かって、小さく頭を下げた。

「……タマさん、ハヤテさん。ぶちのめしといて何だけど……さっきは、ありがとう。すごく救われたよ」

「「え……」」

二人が、純粋に驚いた顔で目を丸くした。特にタマさんは、その琥珀色の瞳を大きく見開いて僕を見つめている。

「男の僕のままでいいって言ってくれて、嬉しかった。……だから、その、お礼って言ったらあれだけど。今度の日曜日、僕で良ければ、二人の行きたいところに、デート、付き合うから」

「お、お姉様からデートのお誘いをいただけるなど……っ! このタマ、最高のお召し物でお姉様を完璧にエスコートして差し上げます……っ(ぽっ)」

「あらあらぁ! 天界の最高のデートコース(お布団)を用意しておきますねぇ!」

「話聞いてた? お布団は禁止だって言ってるんだよ」

こうして、僕の性自認の葛藤は、お姉様たちの圧倒的な耽美全肯定によって最高の形で救われ、物語はカオスと甘やかしが限界突破する、次なる舞台――**第8章『タマとハヤテの、秋のデート甘やかし頂上決戦編』**へと突き進んでいくのだった。

*  *  *

 夜の帰り道、一人で空を見上げながら思った。

 タマさんは「今の僕が愛おしい」と言ってくれた。ハヤテさんも「男の体のままでいい」と言ってくれた。あの言葉は本物だった。だけど同時に、二人は僕がボロボロで帰ってきた瞬間から、ずっとその顔を見ていた。

 「よく頑張ったね、蓮」というタマさんの声。「お姉様のお着替えを……」という肉食系の言葉の裏で、目の下のクマをそっと見ていたあの目。あの肉迫は全部、僕を笑わせるためだったんじゃないか。

 胸の奥が、じわっと温かくなった。

 痛いんじゃなくて、温かい。それが少し、不思議だった。


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