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第3話:【ロマンス・艶麗なるお姉様の乱入と、贅沢すぎる全肯定】


「ほら、見てごらん。これがあなたが心の底で望んでいる、一番傷つかない世界……」

全方位の鏡に映し出される、美しい女の子の姿をした私(千鶴)。

綺麗な髪を風に揺らし、誰もが祝福するような「普通の女の子」として幸せそうに微笑んでいる。そこには、男としての戸惑いも、前世の重圧に怯える日々も、周囲の目を気にする苦しさも、何一つ存在しない。

「僕が……女の子、だったら……」

ぽろぽろと、目から涙が溢れて冷たい鏡の床に落ちた。

現世の僕は男だ。女の子が好きで、なよなよしていて、普通の青春を送りたかっただけの、どこにでもいる男の子。

そんな僕のちっぽけな現世の属性のせいで、周囲を巻き込み、みんなを困らせているんじゃないか。僕が普通の女の子として生まれていれば、誰も苦しまずに済んだのに。

「男の僕じゃ……誰も、真っ直ぐ幸せにしてあげられない……っ」

自分の現世の肉体に、その不条理な性別に、初めて涙を流して絶望する。

鏡の精の少女は、哀れむように目を細め、ガラスの手を僕の頬へと伸ばしてきた。

「そう、可哀想な迷子。だったら、その重い身体をここに置いていって?」

彼女の冷たい指先が僕の肌に触れ、意識が鏡の奥の幻影へと溶けていきそうになった、まさにその瞬間だった。

ブワァァァッッッ!!!

鏡の世界の冷気を一瞬で上書きするように、空間全体が、妖しくも甘い高貴なお香の香りで満たされた。

「――そこまでになさい、ガラスの小娘。わたくしの尊くもお可愛いお姉様を、そのような安っぽい偽物で惑わして良いわけがないでしょう」

パリィィィン! と鏡の壁を内側から、美しく艶やかな『九つの巨大な尾』で粉砕して現れたのは、和装に身を包んだ銀髪の妖狐・タマさんだった。その切れ長の琥珀色の瞳はいつもより深く、宝塚のトップスターのごとき圧倒的な気品と色気を放ちながら、妖しく濡れている。

「あらあらぁ。お姉様が男の体でこれほど健かに悩んでいらっしゃるというのに、強引に魂を奪おうだなんて野蛮ですねぇ。お姉様をお布団に包んで癒やすのは、この私の役目ですよ?」

漆黒の羽をバサリと広げ、空間の全方位に圧倒的な烈風を纏って微笑むのは、大天狗・ハヤテさんだ。

僕の霊圧の乱れ(危機の気配)を察知して旧校舎へ駆けつけてくれた二人の大怪異。その息が詰まるほどに濃密な「お姉様ズのオーラ」が一瞬で鏡の世界を支配した。

「タマさん、ハヤテさん……っ、なんで……」

呆然とする僕の元へ、タマさんがしなやかな足取りで近づき、僕の身体をその細い両腕で優しく、だけど逆らえない力強さで抱き寄せた。

「お姉様。鏡の奥の少女の姿も、前世のあのお美しき姿も、確かに素晴らしいものです。……ですが」

タマさんは僕の耳元で、男の僕でも身震いするほど低く甘い、極上のソプラノボイスで囁いた。

「私はね、現世で『男の器』に入り、なよなよと愛らしく悩みながらも、必死に日々を紡いでいらっしゃる、今のお姉様が愛おしくて堪らないのです。お姉様がその男の器のままで、私の作った肉じゃがを召し上がり、コンビニのアイスを半分こにして微笑んでくださる日常こそが、私の至上の宝物。前世の重き鎖など、この私が全て噛み砕いて差し上げましょう」

「あ……」

胸が、ドクンと激しく跳ね上がる。

間髪入れず、背後からハヤテさんの柔らかい身体が、僕を包み込むようにして密着した。ハヤテさんの長い指先が、僕の顎を優しく、耽美な手付きで上向かせる。

「そうですよ、お姉様。男の子のままでいいのです。男の体で傷つき、迷い、それでも前を向こうとする今のお体のままでいいのです。その全てを私たちが全肯定して、抱きしめて差し上げます。……さあ、頑張ったご褒美です」

「え、ちょっ――」

抗う暇などなかった。

タマさんの懃懃で艶やかな唇が僕の左の頬に、そしてハヤテさんのおっとりとした、だけど熱い唇が、右頬に重ねられた。

ん……っ、と、密閉された空間に響く、濡れた吐息の音。

お姉様たちの放つ「今、男の子として生きているあなたでいい」という絶対的な愛の波動によって、僕が現世の肉体に対して抱いていた葛藤も、性別の境界線さえも、跡形もなく、完璧な救済に塗り替えられていくのだった。


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