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第5話:【結・神社の更地と、オアシスの強さ】


ドゴォォォン……と、深夜の境内に虚しい崩落音が響き渡った。

「……まったく、どいつもこいつも、僕の情緒をジェットコースターに乗せるのはやめてほしいな」

僕は手元でサラサラと消滅していく黄金のハリセンを見つめながら、息を整えた。

視線の先では、神社の歴史ある拝殿の木壁に、見事な人間型のサーフボードのごとき形でめり込んでいる白衣袴の男が、じゅわじゅわと愛の霊圧を燻らせている。

「おのれ千鶴……。初恋の感傷を吹き飛ばすほどの、あまりにも鋭利なフルスイング……。やはりお前の愛の打撃ツッコミだけが、俺の千年の渇きを潤してくれる……(がくっ)」

「嬉しそうに白目剥いて意識飛ばすな変態陰陽師ィィィ!!」

壁に挟まったまま恍惚の表情で気絶した暁に向かって叫びつつ、僕は周囲の惨状を見渡して、今度はリアルに血の気が引いた。

さくらちゃんの悪霊化による陰気と、暁の爆発的な情熱霊圧、そして僕の放ったフルパワーのハリセンの風圧。そのトリプルコンボの結果、実家の神社の古い石灯篭がいくつか粉々に消し飛び、境内の一部が文字通り『物理的な更地』と化していたのだ。

「……これは、参ったな。明日、お父さんに何て説明すればいいんだろう」

さくらちゃんを無事に救えて、最高の形で送り出せた。その胸の奥にある温かくて少しだけ切ない余韻を、実家の器物破損という冷酷な現実(経済的損失)が静かに削り取っていく。

僕が境内の真ん中で頭を抱えていた、その時。

ザッ、ザッ、と。

砂利を踏み締めて、社務所の縁側から歩み寄ってくる人影があった。

「…………」

現世のアンカー、陣内陸くんだ。

彼は、パジャマ姿のまま、両手に何かを持って佇んでいた。その目は、臨海学校の時よりもさらに深みを増した、完全なる『死んだ魚の目(漆黒の虚無)』を起動させていた。

「じ、陣内くん……。起きちゃったか。いや、これはね、その、不可抗力な霊的現象で――」

「姫宮」

陣内は僕の苦しい言い訳を完全にスルーし、無言のまま僕の前に立つと、右手に持っていた冷たい缶お茶を僕の手に握らせた。

そして、左手に持っていた、薬局で売っている中で一番強烈なパッケージの『トリプルアタック胃腸薬』の箱を、そっと僕のポケットに押し込んできた。

「陣内くん……」

「お前らが夜中の境内で『僕が同じ目に遭っても同じこと言えるの!?』ってガチのメロドラマ始めたあたりで目が覚めた。それから、神代の肉体に女の子が憑依して、お前らが満月の下で男同士(中身は少女)の限界突破ロマンスを繰り広げ、最終的にハリセンで拝殿がリフォームされるまで、全部特等席で見てた」

「……全部見られてたのか。これは、ちょっと立つ瀬がないな」

僕は静かに俯いた。陣内は僕の肩を、まるですべてを悟った老兵のような手付きで優しく叩いた。

「気にするな。お前らの初恋と前世の因縁、歴史の教科書3冊分くらい重すぎて、一般人の俺にはもうツッコむ言葉すら見つからねえよ。ただ一つ言えるのは、あの神代って男、お前のために自分の身体を差し出すとか、ガチで愛のイカれっぷりが天井抜けてんなってことだけだ」

 陣内の言葉に、僕は返す言葉もなかった。

 イカれてる、と思う。でも、そのイカれっぷりに今夜、僕は確かに救われた。それだけは本当のことだった。

呆れ果てたような、だけど僕の味方でいてくれる現世のオアシスの温かさが、僕の荒んだ心にじわじわと染み渡っていく。

「……あ。でも陣内くん、この境内の更地(損害)、お父さんにバレたら――」

「それなら心配ねえよ。神代がめり込む前に、お前の親父さんの寝室の周りに『絶対熟睡結界』を張ってんのを俺は見た。明日、神代が目を覚ましたら、あいつのバイト代から天引きで修繕させればいい。というか、あいつなら秒速で陰陽術使って元通りにするだろ」

「現世の一般人なのに怪異の処理能力と割り切り方がプロフェッショナルすぎるよ陣内くん」

僕はポケットの最強の胃薬を握り締め、感謝を込めて缶お茶を一気に飲み干した。

こうして、僕の現世の初恋の未練と、暁の狂おしいまでの自己犠牲が交錯した『実家帰省編』は、美しくも切ない涙と、安定の拝殿大爆破、そして陣内くんの最強の胃薬オチと共に、無事に(?)幕を閉じた。

さくらちゃんが最後に残してくれた「蓮くん、ありがとう」という温かい温もりは、僕の胸の奥に、消えない大切な思い出として刻まれた。

そしてそれと同時に、男の身体のまま、暁という男の重すぎる愛をほんの少しだけ「愛おしい」と思ってしまったという、新しい魂の揺らぎを抱えたまま――。

「……ん。千鶴、お前のハリセンのおかげで、細胞の隅々までお前の愛(霊圧)がチャージされたぞ。さあ、夜這い境界線の本番はここからだ……!」

「壁から抜け出しながら第二形態に変身するような不穏なセリフ吐くなよ。陣内くん、もう一箱強い胃薬もらえるかな」

僕の、性自認と平穏がハイスピードで更地になっていく夏休みは、まだまだ終わる気配を見せないのだった。

境内が静まり返った後、暁は長い間、さくらちゃんの光が消えた夜空を見上げていた。

 鼻血の痕も、壁にめり込んだ傷も、全部そのままで。ただ、静かに、空を見ていた。

「……お前の神社の御祭神を、知っているか」

 不意に、そう言った。

「え?」

「姫宮神社に祀られている神だ。古い文献に残っている。元は人間だったと」

 暁の声に、いつものからかいも熱量もなかった。ただ、静かに、事実を置くように話していた。

「千年以上前、ある一人の人間を守るためだけに、この地で命を使い切った。それが縁となって、死後に神の位に就いた。今もここで、この場所に縁のある者を見守っていると、記録にある」

 僕は、思わず境内の奥にある小さな本殿に目を向けた。

 暁は、夜空から視線を下ろさないまま、続けた。

「さっきの光、気がついたか。成仏の光とは違った」

「……うん」

「魂が満たされて消えるのではなく、どこかへ向かっていく光だった。あれは」

 一拍、置いた。

「俺の見立てでは、神域に引き寄せられた魂の光だ。あちら側で、ちゃんと受け取られた」

 僕は、何も言えなかった。

「彼女がこの先どうなるかは、俺には分からない。だが」

 暁がようやく夜空から視線を下げ、境内の奥を静かに見た。

「強い思いを持ったまま逝ったものが、神になることは、ある。それがお前の神社の御祭神だ。彼女が何者になるかは、彼女が決めることだろう」

 それだけ言って、暁は黙った。

 僕も、黙った。

 夏の夜の風が、砂利を、静かに撫でていった。

*  *  *

 布団に入っても、眠れなかった。

 目を閉じると、浮かんでくる。炎の中で、千鶴姫と暁が口づけを交わす前世の記憶。千年前の、最初で最後の深いキスの光景。

 でも今夜のは、それじゃない。

 今夜キスをしたのは、現世の僕だ。さくらちゃんと。前世の因縁でも魂の引力でもなく、ただ純粋に好きだった女の子と、初めて触れた。

(……僕は、さくらちゃんのことが好きだったんだ)

 なのに。

 あの男の、震えた指先を思い出すたびに、胸が痛いんだろう。

 目の奥が熱くなる前に、布団を頭から被った。


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