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第4話:【急転・半拍遅れのブチ切れハリセン】


サラサラと、夜空へ溶けて消えていった眩しい光の残滓ざんし

さくらちゃんは、最後に世界で一番綺麗な笑顔を残して、世界の境界線の向こう側へと旅立っていった。

「さようなら、さくらちゃん。……バイバイ」

僕は夜空を見上げたまま、袖で何度も涙を拭った。

胸の奥に残るのは、寂しさだけじゃない。僕の淡い初恋を命がけで繋ぎ止め、自分のすべてを投げ打って叶えてくれた、目の前に立つ男への、言葉にならないほどの熱い感情だった。

男の身体のままで交わした、静かな口づけ。

あの日、千年の孤独の中で狂うほどに僕を求めた騎士と、現世の僕。その二つの魂が、初めて歪みのない純粋な形でお互いを受け入れたような、そんな奇跡のような余韻タメが、静まり返った境内に心地よく満ちていた。

僕はゆっくりと視線を下げ、まだ意識が戻りきらずに佇んでいる暁を見つめた。

彼がいなければ、僕は大切な初恋の思い出を、化け物としての拒絶の記憶へと上書きされるところだった。僕の涙を止めるためなら、陰陽師としてのプライドも命も、すべてを秒速で更地にできる男。

(……ありがとう、暁。君のその重すぎる愛に、僕は確かに救われ――)

 彼の手をそっと握り締めようとした、その刹那。

*  *  *

「――はっ!」

暁の切れ長の琥珀色の瞳が、カッと見開かれた。

肉体の主導権が完全に彼へと戻る。彼はハッと息を呑むと、己の両手を見つめ、それから信じられないほどの神速で自分の唇を指先でなぞった。

「千鶴……! 今、俺の肉体に他者の魂が宿っていた間のログを、脳内で完全再生リプレイした……っ!」

「え? あ、うん。暁、本当にありがとう。君のおかげで、さくらちゃんは――」

僕がまだ涙声のまま感謝を伝えようとした、まさにその瞬間。

暁の顔面国宝級の美貌が、見たこともないほどの狂気と、どす黒い下心、そして限界突破した純愛の霊圧によってドロドロの薔薇色に染まり変わった。

「……素晴らしい。俺以外の女の魂が混ざっていたとはいえ、肉体的な神経伝達物質は100%俺のもの……! つまり今世におけるお前とのファーストキス、そのあまりにも甘美な唇の弾力、吸い付くような粘膜の温度、すべてを我が脳の特等席ニューロンに永久保存(ハードディスク書き込み)したぞォォォ!!」

「…………」

一瞬で、胸の奥が静かに冷えていくのが分かった。

「あああ千鶴! 他人の魂越しでこれほどの悦楽なのだ、中身が完全に俺になった今、改めて朝まで神社が物理的に消滅するほどの濃厚な愛の既成事実を上書き保存セーブしてくれようぞォォォフォーーーーッッ!!」

ブワァァァッッッ!!!

暁の身体から、僕への情熱が宇宙の法則をリフォームする規模で爆発し、神社一帯の気温が一瞬で50度くらい跳ね上がった。白衣をはだけさせ、般若もドン引きするレベルのガチ恋スマイルで僕の腰に飛びかかってくるスパダリ。

――ピキィィィン。

僕の魂の最深部で、極上のシリアス空間を秒速でドブ水に沈められた『ツッコミ姫・千鶴』の絶対防衛システムが、怒髪天を衝く勢いで完全強制起動した。

「――待って暁」

静かな、それでいて有無を言わせぬ声が、僕の喉から落ちた。

一瞬のブレもなく物質化した『黄金のハリセン』が、僕の右腕の全筋肉をトップギアで駆動させ、暁の無駄に整った顔面のド真ん中へと一直線にスイングされた。

――パコォォォォォンッッッッ!!!

境内の全ての空気を爆縮させるような、完璧な打点の本本日一番の大爆音。

「ぶふぉっ!? 魂の……神撃ごほうび……っ!?」

顔面を完璧にクリーンヒットされた暁は、この世の何よりも幸せそうな顔で血と鼻血を同時に噴き出しながら、時速400キロの弾道ミサイルと化して垂直後方――神社の拝殿の頑丈な木壁へと一直線に弾け飛んでいった。

ズドォォォォォンッッッ!!!

「……涙を返してほしいな。僕のピュアな初恋の涙、ちゃんと返金してくれる? この変態ストーカー陰陽師」

黄金のハリセンを構えたまま、僕は静かに彼を見下ろした。

魂のレベルで彼を愛おしいと思った気持ちは本物だったはずなのに、彼が喋った瞬間に右腕が自動で撲殺打撃を繰り出してしまう。

僕の現世の平穏と純潔のデッドラインは、感動的な純愛の裏で、本日も一寸の慈悲もない暴力によって死守されるのだった。


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